ぐーたらおししょーは、勇者の力を借りる。

 

 元の崖下まで、どうにか走って戻ったティーチは、上に向かって大声を張り上げた。


「スート!」


 しかし、声を掛けても反応がない。


「き、きっついっす……」


 ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐きながら追いついてきたアーサスが、汗を拭いながら膝に手をついている。


「体力ねーな、お前」

「逆になんで、汗も掻いてないんすか!? あんな視界の悪い岩場を走ってきたのに!」

「大したことねーだろ」


 受け答えしつつ、ティーチは顎の無精ヒゲをさする。


「しゃーねぇ、駆け上るか。魔物にでも襲われてたらヤベェ」

「この崖を!?」

「そうだよ」

「出来るわけないじゃないすか!」

「いや出来るだろ!? どんだけ軟弱なんだよ、お前!」

 

 さすがにティーチは、呆れた目をアーサスに向ける。

 というかここで言い合いしている場合ではない。


「え、嘘でしょ? 僕がおかしいんすか!?」

「ったく、じゃあ後で迎えに来てやるから、ちょっと待って……」


 ろ、と言いかけたところで、ガサリと上流の茂みが音を立てた。


「……あーもー、次から次へと!」


 現れたモノの姿を見て、ティーチは舌打ちしつつ黒い木刀を引き抜く。


 ズルリ、ズルリ、と爛れた肉を引きずりながら現れたのは、ゾンビウルフだった。

 どうやらブレイヴの言う通り、呪詛の影響が大きいようだ。


 この辺りでは死霊系の魔物はほとんど見かけないはずである。

 おそらくは、呪詛の気配に引き寄せられた彷徨(さまよ)う怨念が、死んだ狼の死骸に取り憑いたのだろう。


「厄介だな……」

「な、何でっすか?」


 自分も剣を引き抜きながら、アーサスが問いかけてくるのに、ティーチは淡々と応える。


「木刀じゃ切れねーだろ。この手の魔物は倒すのに難儀するんだよ」


 ティーチがやるなら基本は撲殺、魔法や斬撃で首を落とす以外の手段としては、後は聖水や塩くらいしかないが、あいにく今は持っていない。


 他は、聖魔法あたりで浄化することになるが、もちろん使えない。


「け、剣貸しましょうか? それか、僕がティーチさんに武技を撃つんで【纏鎧】します!?」

「いや直接やれよ!?」

「無理っすよ! めっちゃ怖いじゃないすか!」


 性格が今までと真逆すぎる。

 そりゃ『腰抜け』の称号をもらっても仕方がない。


「うわぁ!!」


 言い合っている間に、こちらに狙いを定めたゾンビウルフが飛びかかってきた。


 ティーチとアーサスは、左右に分かれて避ける。

 川の方に跳んだアーサスがバシャン、と腰まで水に浸かると、グルル、とゾンビウルフは嫌がる様子を見せた。


 ーーーああ、水に含まれた聖気か。


 基本的に、この辺りは清らかで水が美味い。

 土地そのものに聖の加護が強いと、ブレイヴが言っていたので、水の中に溶け込んでいるのだろう。


「アーサス! お前しばらくそこに浸かっとけ!」

「ど、どうしてっすか!?」

「そいつが水に近づけねーからだ!」


 闇属性の技は、死霊系の魔物には逆効果のはずだ。


 グルァ! と再び飛びかかってきたゾンビウルフを木刀で叩きつけて、水に落とそうとしたが、やはり生身の膂力ではそこまで吹き飛ばせない。


「上に言ったら塩がある! それで追っ払う!」

「みみ、見捨てるんすか!?」

「そこに居たら襲われねーって言ってんだろ!?」


 と、ティーチが怒鳴ったタイミングで、上から何かの気配が降ってきた。


「おっ、とぉ! 今度はなんだぁ!?」


 崖の上から降ってきたのも、ゾンビウルフだった。

 鈍い音がさらに崖の上から聞こえて、さらに三匹が降ってくる。


「おおお、おししょー!!」


 崖の上から、鎧を纏った姿で顔を覗かせたスートが、両手でそこそこ長い木の棒を握り締めて、カチカチと歯を鳴らしている。


「スート、無事だったか!」

「そ、そいつら気持ち悪くて無理ですー!! 倒して下さーい!!」

「……どいつもこいつも」


 とりあえず彼女の無事を確認出来たので安堵しつつ、ティーチが木刀を構えたのと逆の手で頭を掻くと。


『なぁにチンタラしてんだ!?』


 と、ぽよんぽよんと崖を跳ねながら降りてきたブレイヴが、のしっとこちらの肩の上に乗った。


『一匹だけだったなら、とっとと倒せよ!』

「方法がねーんだよ! お前がマトモな姿なら苦労しねーのによ!」


 彼は勇者なのである。

 聖属性の力なら浄化出来るのだ。


『ったく……じゃ、力貸してやるよ』

「出来んのか?」

『ちょっとくらいならな。……行くぞ、《聖気付与(セントプチ)》!』

 

 ぴかーっとブレイヴの毛玉の体が白く光り、ゾンビウルフの攻撃をいなしたり躱(かわ)したりしていたティーチの体が、淡い輝きを纏う。


 ほんの少しの聖属性の魔力を付与する、加護魔法だ。

 ティーチはそれを黒い木刀に吸い込ませると、【纏鎧】した。


「《|鏡纏身(ヴェイルド・アップ)》ーーー〝手甲(ガントレット)〟!!」


 吸い込んだ聖気が少なすぎて、全身は鎧えないが、ギュルン! と姿を変えて二つに分かれた黒い木刀が、白地に黒い縁取りを持つ両手甲に変化する。


「っしゃ、やるぞ! ……避けろよ、アーサス!」

「へ!?」


 半身に構え、左の手のひらを前に突き出して腰を落としたティーチは、即座に地面を蹴る。


 飛びかかってきたゾンビウルフの腹に手を添えると、勢いを利用して水の方に思い切り押し込んだ。

 

「せっ!」

『ギャン!』


 その直後に、後ろから別のゾンビウルフが不意打ちしてくる気配を察したティーチは、そのまま体を捻って正面から両手で受け止める。


 そして後ろに倒れ込むように体を逸らし、さらに魔物を川にぶん投げた。


「うぇええええ!?」


 バシャバシャと水をかき分けて、落ちてくるゾンビウルフをアーサスが慌てて避ける。


 水に落ちたゾンビウルフは、黒い靄のようなものを体から吹き上げながら、悲鳴と共に動かなくなる。

 水の聖気で、迷える魂が浄化されたのだ。


 大きく身を逸らした姿勢から、グッと体を起こしたティーチは、さらに次々と跳び掛かってくるゾンビウルフの額に、振り下ろすような鉄槌を叩きつけて額を砕き、最後の一体の顎を突き上げる。


 そして、頭を上空に跳ね上げて腹を見せたそいつに対して、両手を腰に構えて。


「破(ハ)ッ!!」


 残りの聖気を込めた両手の掌底を撃ち込んで、その魂を浄化した。

 

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