愛弟子は、ぐーたらおししょーの風邪を心配する。

  

「ど、どうしましょうブレイヴさんー!!!」


 崖下を覗き込んでスートが叫ぶのに、毛玉のブレイヴはうるさそうにプルプルと身を震わせた。


『落ち着けよ、スート。うるせーな』

「だだだ、だって、おししょーが川に落ちたんですよぉ!!!」


 朝野宿していた場所で起きて、鎖に繋いだアーサスを連れて山道を進んでいた時のことだった。


 突然、アーサスがおししょーに体当たりをしようとしたのだ。

 それをあっさりと避けたは良いものの、敵はそのまま崖から下に飛び込んだのである。


 おししょーは、手にしていた逃亡防止用の縄を引っ張ったが……縄が少し古かったのか、アーサスの重みと、おししょーの膂力で崖の淵に擦れて、ブツン! と切れた。


 すると『ちょっと待っとけ!!』と言い置いて、おししょーは落ちた相手を追って崖下の川に飛び込んだのである。


「こんな山の中で濡れちゃったら、風邪を引いてしまいます!!」

『いや気にするとこ、そこじゃねーだろ!!』


 おししょーの体調を気遣うスートに、ブレイヴがツッコんでくる。


『あのお人好し野郎、自殺する敵なんか放っときゃ良いのによー……』


 ぶつくさと文句を言うブレイヴだが、お人好しさで言えばおししょーに負けずとも劣らないのを、スートは知っている。

 

「でも、ブレイヴさんも飛び込もうとしてたじゃないですかー! 思い留まってましたけど!!」

『うるせーな!! この体で飛び込んでも助けられねーし、スートを放っていけねーだろ!? あのバカが行ったんだから!!』

 

 全然スートのツッコミを否定出来ていないのだが、それに関しては触れないでおく。


「で、どうしましょう!? 追いかけますか!?」

『動くなって言われたろ。川沿いを下って行くにも視界がそう利かねーんだから、すれ違う可能性のが高い。おとなしくしとけ』

「でも!」

『でもじゃねーの!! 両方動いたらいつまで経っても合流出来ねーの!!』

「違います! ーーーおししょー、めちゃくちゃ方向音痴なんですよ!? 流されたところから、戻って来れますか!?」

「あ」


 ブレイヴも、それに気づいたようだった。

 そう、おししょーは知ってる場所ならある程度は大丈夫なのだが、壊滅的に地図を読むのが苦手なのである。


 一回、今から向かおうとしている隣街……領主の街との間にある……に、村で必要なものを買い付けに行った時に発覚したのだ。


 いつも使っている道が土砂崩れで塞がっていて、迂回路を通ろうとして迷い、一ヶ月も帰って来なかったことがある。

 その時、スートは生きた心地がしなかった。


「どうしましょう!! どうしましょう!!」

『ん〜……』


 何にも思いつかないスートの肩の上で、プルル、と少しの間、悩むような仕草を見せたブレイヴはやがて、ぽむ! と体を手を打つように弾ませる。


『そっか。つまり、迷いようがないくらい、確定でこっちの位置が分かれば良いんだよな?』

「え? 何か方法があるんですか?」

『先ずは目印だ。焚き火を組んで『煙リ草』を放り込もう。そんで、とりあえずスートは【纏鎧】してくれ』

「な、何でですか?」

『煙に気づいて寄ってくる魔物対策と、それも目印だ。魔力の波動が大きけりゃ、見つけやすいだろ』

「なるほど!!」


 やっぱりブレイヴは賢い。

 昔の印象とのギャップはあるけど、何かが起こった時にはすごく頼りになる。


『ティーチの【感知の呪玉】も起動するしな。何か起こったと思って急ぐだろうし。……あの野郎は、やりゃ出来るのにやろうとしねー典型だからな』

「おっしゃる通りですー!!」

 

 スートは、荷物を降ろして焚き火の準備をしながら答えた。


『こっちから宝珠の気配を探知出来りゃ、大声を上げるなり何なりで縄でも垂らして引っ張り上げりゃ合流出来る。……川に落ちたくらいじゃ死なねーと思うが、問題はアーサスを連れて帰って来た時だよな……』

「そうですねー……」


 確かに、こちらに協力するつもりがないだろう彼を連れて、崖から引っ張り上げられるだろうか。


『ま、そこら辺はアイツが来てから考えりゃ良いか』

「ですね!! ついでに物干し用に枝を結んで準備しときましょー!! 乾かさないといけないですからねー!!」


 ちょっとウキウキしながら手早く準備を整えていくと、ブレイヴが小さく笑う。


『スートは、本当にアイツの世話をするのが楽しそうだな』

「好きです!! おししょーも褒めてくれますし!!」


 えへへ、と笑ったスートは、全ての準備を終えた後に《纏身トランス》の魔法を行使した。

 

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