ぐーたらおししょーと愛弟子は、勇者から事情を聞く。
「疲れた……」
ティーチは、村娘の報告で血相変えて駆けつけてきた村人たちにある程度事情を説明して、お引き取り願った。
もちろんブレイヴが体を奪われたなどということは、言わない。
アーサスは服を剥いて、魔法や武技の使用を封じる【抗魔の鎖】を巻いて庭に吊るしてある。
それは、まさかこんな辺境で役に立つ時が来るとは思ってもいなかった、ブレイヴが昔置いていった魔導具だった。
あのクズに関しては、仮に領主に連絡をとっても『無罪釈放』という結果が目に見えている、とブレイヴが言うので、処遇は後で決めることになっている。
その後、ティーチはブレイヴとの話し合いの場所を家の中に移すと、椅子に腰掛けた。
「本題に入る前に……何でお前は、わざわざ魔物を集めて俺とスートを引き離した?」
食卓の上に毛玉ブレイヴを置いたティーチが肘をつくと、さっき大ケガが癒えたばかりだというのにお茶を淹れ始めたスートに注意される。
「おししょー、お行儀が悪いですよー!」
「いいだろちょっとくらい……疲れたんだよ」
久々に全力で運動したのだ。
せっかく頑張ったんだから、そろそろおっさんと呼ばれてもおかしくない年齢でもあるし労って欲しいところだ。
「疲れてるのは、お行儀悪くていいことにはならないんですー!!」
「分かった分かった」
母親か、と思いながら、仕方なく体を椅子の背もたれに預けて、ティーチは改めてブレイヴに目を向ける。
「で、何でだ?」
『別にありゃ、オレやウィズが襲わせたわけじゃねーよ。勝手に発生してんだ』
ウィズはスートだけを襲わせたが、あの状況ではそうするしかなかったという。
『逆に、アーサスのザコ助に『二人揃ってから襲え』とか言ったら、おかしいだろーがよ』
「そりゃそーだが」
『それに、スートが【
実際、それがあるまではスートは、不利ながらも大した怪我をしていなかったようだ。
「あの人形の紋って結局何なんだ?」
『ありゃ、〝転移の印〟だよ。距離が離れてても、そいつを使えばオレの力がどこにでも届くっつー代物だ』
「ほー、便利だな」
『今の状態じゃ防御魔法一回が限界でな……ウィズが癒しの魔法を打ったのを届けるくらいは出来たが』
本当のギリギリになるまで、使いたくなかったらしい。
『まぁ、この毛玉に宿ったら多少はマシに力を使えるようにはなった。元と比べたら微々たるモンだが』
「じゃ、最初から適当なモンに宿って、そうしときゃ良かっただろ。そこらの木とか」
『動けなくなんだろうが!! 魂の定着がそんな好き勝手出来てたまるか!!』
「いや知らねーよ……」
正直、魔法の理屈なんぞ専門で学んでいない限りはさっぱり理解できないものである。
『テメェがコレを連れてきてくれて、助かったけどな。じゃなきゃ、スートに憑依するしか手がなかったトコだ』
「ええー!? それは困ります!! おししょーのお世話が出来なくなっちゃう!!」
『重要なのはそこじゃねーだろ!?』
ブレイヴが大声を張り上げると、お茶を置いたスートがビクッとしたので、ブレイヴが慌ててぷにぷにと謝る。
『いや悪い。……なんか調子狂うな』
「良いカッコし過ぎたからだろ」
ニヤニヤと笑みを向けてやると、ブレイヴが三白眼でこちらを睨んでくる。
『うっせーボケ。めんどくさいからって魔王退治について来なかったテメェに言われたくねーんだよ!!』
「ははは、そいつは違いない」
ティーチは笑顔を消さないまま、軽く無精ヒゲを撫でた。
まぁ軽口の類いであり、別にこちらにしてもブレイヴにしても、心の底からそう思っているわけではない。
「で、本題だが……魔王は倒したんじゃなかったのか?」
『倒したよ。事の起こりは、それが罠だった、ってことだ』
「……罠?」
『魔王ってのは、どうやら元人間らしくてな。『魔王を倒したヤツが魔王になる』らしいぜ?』
「初めて聞いたぞ、そんな話」
ティーチは、思わず真顔になった。
それが本当なら、勇者が魔王を倒したら次の魔王が勇者だということになる。
しかし、ブレイヴの話には続きがあった。
『オレも初めて知った時はビビった。んでも、本来なら【勇者の剣】で倒されたら魂ごと力が世界中に散って、しばらく大人しくなるはずだったんだ』
再び力が寄り集まるのはそこそこ時間がかかり、条件としては、勇者の死体に集まって別の魔王として復活するらしい。
昔の英雄譚で魔王と勇者の話が幾つもあるのは、そういう事実があるのだと。
『だが、今回は悪い条件が二つ重なった。一つは、その話を知ってた魔王が自分の記憶と魂に保険を掛けていたことだ』
ブレイヴが倒した魔王は、弱体化する代わりに魂を二つに分ける秘術を行使し、完全に滅ぼされるのを逃れた、というのが真相だったようだ。
『道理で楽に倒せたと思ったぜ』
「楽だったのか?」
『……そりゃ、テメェがいねーのに倒せたんだから楽だろうがよ』
「いや、それ関係ねーだろ。俺はただの凡人だぞ」
『その黒い木刀、オレの横でぶっこ抜いといて、まだそんな事言ってんのかこのボケ!!』
「ぶ、ブレイヴさんも、少しお口が悪いです!」
ティーチの横にちょこんと座ったスートの言葉に、ブレイヴがまたしても言葉を詰まらせる。
なかなか新鮮で、しばらくはコレで楽しめそうだ。
と、思っていたら、さらに彼女が言葉を重ねた。
『ししょーはぐーたらする為に、いつもそうやって『凡人だから何も出来ませーん!』って言い訳するんです!」
「フォローになってねぇな……」
「する気もないですから!」
イイ笑顔でそう言われてしまえば、身の回りの世話を焼かれている身としては黙るしかない。
「……まぁいいや」
「良くないです!」
「いいんだよ。で、ブレイヴ。話の続きは?」
『そうやって自分をこっそり隠してたあの野郎は、普通の復活より早く力を集めた。そんで、もう一つ悪かったのは……』
ブレイヴは言い淀み、声を小さくした。
『王サマとして凄まじく忙しくて窮屈な生活を送ってたせいで、剣をずっと、部屋に置きっぱなしにしてたんだよな……』
勇者の力は……ブレイヴの木刀もそうだが……剣を手にしていないと固有の武技が使えない、という制約があるのだ。
勇者として魔王の力を弾くような加護に関しても同様に。
『そのせいで、少しずつ魔王が俺の体を使って暗躍してたみてーでな。なんか疲れが取れねーと思って、気づいた時には遅かった』
仲間たちはウィズを除いて洗脳され、力をほぼ取り戻した魔王は、その洗脳した仲間たちを使ってさらに自分の力を増幅させたらしい。
『そのせいで、世界中に呪詛と瘴気から生まれた魔物が大量にいる。特に、領地を与えたパーティー連中の近くがヤベェ』
「ってことは、この辺もか?」
この辺りは辺境で、隣国と国境が近いこともあり。
《土》のカノン、と呼ばれる勇者パーティーの紋術士が、領地を預かっているのだ。
『ああ、だからさっき報告するのやめとけって言ったんだよ。報告自体も無駄だし、魔物がうじゃうじゃしてるからな』
「なんでこの辺は無事なんだ?」
『この辺に剣と木刀が安置されてたのは、土地の聖気が強いからだよ。だから発生するのが毛玉くらいで済んでんだ』
「で、その状況を俺になんとかしろってことか……」
正直、荷が重い。
しかし、そんな事を言ってられる状況ではないのも、分かっていた。
「ウィズはどうしてお前と一緒に来なかった? いりゃ心強ぇのに」
『王宮はまだ完全に魔王に支配されてるわけじゃねぇ。オレは一緒に来いと言ったんだが、時間を稼ぐと言って聞かなかった』
「ちゃんと説得しろよ!」
『ウルセーな! アイツ頑固なんだよ!!』
「言い合いしてる場合じゃないですよー!!」
それはその通りだ。
さらに、ティーチには懸念があった。
「……村を俺が離れるのは、厳しいんじゃねーのか?」
領主の街はさほど離れていないが、王都に向かうとなると跳んで帰れる距離でもない。
いくら聖気に守られているとはいえ、今度は魔物を魔王が差し向けたら。
『……カノンを取り戻せりゃ、どうにかなる』
「どういう理由だ?」
「カノンさんは結界術が得意なんです! 村や街を守る結界を張ってもらえば、並大抵の魔物は侵入出来ないはずですー!!」
「なるほどな」
やるしかない、のは、嫌だが。
とりあえず次にやることは決まったようだ。
「領主の街に行くか。……だが元勇者パーティーの英雄が相手って、とことん荷が重いんだが……」
ティーチは、しょせん辺境から出たこともない、多少腕が立つだけの村人でしかないのだ。
こちらの面々は、見習い聖騎士と、力を失った毛玉勇者である。
しかしそんなティーチに、ブレイヴと顔を見合わせた後、スートが満面の笑みで応えた。
「おししょーなら、大丈夫です!!」
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