ぐーたらおししょーと愛弟子は、勇者と再会する。

 

 グルン、と白目を剥いて気絶した敵を前に、軽く手首を振った後、ティーチは【纏鎧】を解いた。


 いつもの『ジンベー』姿に戻って、黒い木刀を腰布に差して後ろを振り向く。


「スート、お待た……せ?」


 すると目に映ったのは、傷が癒え、自分の体を不思議そうに眺め回すスートの姿だった。


「何で治ってんだ? 自分で治したのか?」

「おししょー。あんな大ケガ自分で治せるなら、倒れてないですよー」

「そりゃそーか、ってじゃあ何でだよ」


 返事に思わず納得しかけてから、ティーチは思わず訊いたが。


「さぁ……? なんか、【身代わり人形】から光が出てきたんですよー。そしたら治りました!」

「意味が分からねぇ」


 あの人形は一度、命の危機から身を守るものだと聞いていたのだが。

 そんなティーチの疑問に、応えたのは意外な声だった。


『多分、ウィズが癒やしたんだと思うぜ』

「ほー」


 その名前には聞き覚えがあった。

 確か、勇者パーティーにいた賢者の女性がそんな名前だったはずだ。


 内容に思わずうなずいた後、ティーチは聞こえた声の主に思い当たって、眉をひそめる。


「……って、ブレイヴ?」


 なぜこんなところで、と思いながら周りに視線を走らせるが、姿は見えない。


「……どこに居るんだ?」

『テメェの足元だよ! 相変わらずトボけてやがんなテメェはよ!! ……あー、痛ぇ』


 言われて目を向けると、そこにちょこんと居たのは毛玉スライムだった。


 先ほどティーチの腰で揺れていた個体なのだろう、頭頂部らしきところの毛が少し千切れて不揃いになっている。

 その毛玉がプルプルと体を震わせながら、さらに言葉を重ねた。


『このクソボケ、人サマの毛を無理やりブッチ切りやがって! ハゲたらどーしてくれんだ!?』

「ぶ、ブレイヴさん……?」


 なぜか引きつった顔をしているスートが、恐る恐る話しかけると、毛玉は彼女を見て答える。


『おう、どした?』

「な、なんか喋りかたが違うんですけどー!?」

「いやそこじゃねーだろ!?」


 ティーチは、思わず声を上げた。

 確かにスートにしてみれば、あのイイ人ぶったブレイヴの顔しか知らないのだろうから、ショックではあるとは思うが……。


「まず、コイツがスライムになってることに驚けよ!」

『あ、そっか。スートと会った時はもう勇者サマしてた時だもんなー』


 どこか懐かしそうに言った後、毛玉になった彼は首をかしげる様な仕草でぷるりと揺れると、声色を作る。


『さっきの方が、僕の素の話し方なんだ。驚かせちゃってゴメンね?』

「やめろ気色悪い」


 英雄として祀り上げられていた時のブレイヴには、そう振る舞うことを架せられているのだろう、と我慢していたが……悪友の怖気立つ様な振る舞いは正直、苦手なのである。


 本性を知っていたら、嘘くさくて仕方がない。


『いやー、でも、素を出せるのも久々だからなー。こんな状況だが、ちっと楽しいんだよな』


 へへへ、と笑った彼は、村で一緒に悪さしていた時に戻ったかのような調子で言った。

 ティーチはバリバリと頭を掻いた後、プルプルと体を震わせている毛玉を、わしっと掴む。


 よく見ると、本来目などないはずの毛玉スライムに、三白眼が出来ているのが見えた。

 それは見慣れたブレイヴの『鋭くて勇ましい』などと評されていた目だ。


『ンだよ、ティーチ』

「何だよはこっちのセリフだ。一体、なんでそんな格好になってんだ?」


 事情は全く分からないが、分かることが一つだけあった。

 絶対に、何かややこしい事が起こっていることだ。


 ブレイヴは昔からトラブルメーカーで、破天荒で。

 そのくせやたらと人望だけはあって……それに見合う分だけ、性根の部分は、まっすぐな男だ。


 口が悪く誤解されることもあるが、曲がったことだけはやらないのが、本来のブレイヴという男なのである。


「あそこでぶっ倒れてるアーサスとかいう奴は、国に雇われた傭兵らしい。つまりお前の配下だ」

『おう、そーだな』

「いきなりスートが襲われたんだが?」

『そりゃ災難だったな……いや待て冗談だ握り潰そうとすんな悪かった!!』


 鷲掴みにした手に力を込めると、ブレイヴが慌てて謝罪する。


「スートが、襲われ、たんだぞ?」

『分かってる! 分かってる! だからなるべく弱そうで、しかもクズで、でも不審に思われなさそうな程度には力のあるヤツをウィズと一緒に選んで……』

「やっぱりお前の仕業か……」

『手に力入れんのマジやめろって!! 話をさせろ!!』

「ああ、話す気になったか?」


 ブレイヴの言葉に、ティーチは手を離した。


『おー怖ぇ……テメェなんか、スートのことになると人が変わってねーか? いつから、そんなんなった?』

「また話を逸らす気か? どーせ、あれだろ。なんか、言いづらいことがあるんだろ?」

『うっ……』


 指摘してやると、ブレイヴは、まるでスートをティーチに預けた時の様な調子で、バツが悪そうに目を伏せる。


 先ほどから、明らかにテンションが高かった。

 そういう時は、大体後ろめたいことがある時なのだ。


「どうせ話すんだから、さっさと喋ったらどうだ? 何が起こってるのか」


 ブレイヴは、少しの間沈黙した。

 決まり悪そうに目を泳がせながら、小さく口にする。



『あー、まぁ話すと長ーんだけどーーー結論を先に言うと、魔王に、体を乗っ取られた』



「……………………はぁ!?」

「えー!?」

『いやその、正確にはまだ奪われ切ってはねーんだけど、それも時間の問題っていうか……』


 スートも声を上げて前に身を乗り出すのに、ゴニョゴニョと口の中でつぶやいた後。

 覚悟を決めた様に、こちらとスートを交互に見て、はっきりと声を上げる。



「その、助けてくれ。……もう、ティーチしか頼れる奴がいねーんだ……」

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