愛弟子は、ぐーたらおししょーがいない間に襲われるようです。


「あれ……? どちら様ですか?」


 魔物避けの水を撒き終えたスートは、振り向いた先にいた黒い鎧の男に声をかけた。

 その直後に違和感を覚えて、警戒心が首をもたげる。

 

 ーーーえ……? いつから、村の中に?


 村人じゃない人は門の鍵を持っていないはずだし、そもそもスートが知らない人間が……門番がわりのおししょーに来訪を伝える役目を負っている自分が知らないのは、おかしい。


 つまり。


 ーーー侵入者!


 そう思い至ったところで、黒鎧の男がニィ、と笑みを浮かべ、殺気が膨れ上がり……姿が掻き消えた、と思った瞬間、スートは後ろに跳んでいた。


 手にしていた桶が、強い力で引っ張られるような感覚とともに指からもぎ取られ、破壊音が響き渡る。


「ほぉ、避けるたァ驚きだなァ……?」

 

 手にした直剣を叩きつけて桶を割り砕いた黒鎧の男が、ニヤニヤと笑ったままゆっくりと剣を持ち上げる。


 緊張と驚きで、ドクドクドク、と心音が高鳴り、全身を震わせているような気分を感じながら、スートは男を睨みつけた。


「いきなり、何するんですか! 誰ですか、貴方は!?」

「ケケケ、ビビってんなァ? 良い顔だァ……オレはカイン王国軍・第一傭兵部隊所属〝黒蠍クロサソリ〟のアーサス様だァ!」


 アーサス、と名乗った男が頭上に剣を持ち上げると、その刀身に紫の光が宿り、徐々に収束して色濃くなっていく。


 それは、戦士が使う《武技アビリティ》……魔力を込めた攻撃。

 

「愉しめねェから、いきなり死ぬなよォ……? ーーー《闇刃ダースラ》ァ!!」


 斜めに放たれた紫の剣閃に対し、スートはとっさに両腕を突き出す。


「ーーー《防げ》!!」


 スートの目の前にパァ、と広がった白い輝きが広がり、全身を隠す透明な盾が形成される。


 白魔術の初歩である結界防御魔法だ。

 闇の剣閃とぶつかり合ったそれが、パリィン! と甲高い音を立てて砕け散るが、同時に剣閃も威力を殺されて煙のように消滅する。


 パタパタとはためく袖口から、呪玉をはめた腕輪が覗いた。

 白魔道士の杖の代わりになる、【武具トランサー】と呼ばれるものだ。


 おししょーが普段でも持ち運べるように、と与えてくれたものだった。


「やるなァ! 楽しくなって来たぜェ!?」


 ケケケ! と声を上げるアーサスを見て、スートは混乱していた。


「国の、兵士……」


 彼がそうだというのなら、それはつまり、正式に即位したブレイヴの……おししょーに自分を預けた勇者の、配下ということになる。


「それなら、何で私に攻撃してくるんですか!?」

「命令だからだよォ!」


 アーサスが放ったのは、完全に、こちらを殺すつもりの攻撃だった。

 すると、抵抗されるのが楽しいのか、歪んだ愉悦に満ちた顔をしている敵が再び剣を構える。

 

「テメェと、さっき山に消えてった男をぶっ殺しゃ、任務完了だァ……逃げるなよォ? もし逃げたら、そうだなァ……村を、焼き払っちまうかなァ!?」

「!」 


 何でブレイヴの部下が、こんなに卑劣な男で、しかも自分を殺そうとするのか。

 その上、おししょーまで。


 全然理由が分からなかったが、スートは唇を噛んで意識を切り替えた。


 ーーー私が逃げたら、村の皆が。


 殺される。

 それは、ダメだ。


 せめておししょーが戻ってくるまでは、この剣士の相手をし続けないといけない。


 これでも、盗賊や魔物を、相手にしたことはあるのだ。

 一人じゃなくて、頼りになる仲間たちと一緒で、自分は足を引っ張るばっかりで、何の役にも立てなかったけど。


 強い魔物を相手にする緊張感に比べたら、まだ大丈夫なはずだ。


 あまりにも久しぶりの戦闘に震えそうになる足を叱咤しながら、スートは自分の武具……【防御の腕輪】に魔力を込めて、命じた。


「ーーー《纏身トランス》ッ!!」


 それは、魔法を行使する媒体になる以外の、武具のもう一つの能力。

 細かい理屈は全然分からないけど、戦うための鎧を出現させることが出来る力だった。


 キン! と剣同士がぶつかるような金属音が鳴り響き、全身が白い光に包まれる。

 1秒にも満たない間に光が収まると……スートは体に軽装鎧と腕につける小盾、そして腰に鞘に収まった小剣を纏っていた。


「ほっほォ! 《纏身》まで出来るのかよ!! こんなド辺境で、良いオモチャに会えたぜェ!!」


 全く動じた様子もない相手を睨みつけながら、スートは小剣を引き抜いた。


「負けません! これでも私は、おししょーに鍛えられてるんです!」


 おししょーに預けられた後。

 スートの、全く成長しない補助魔法の練習を眺めながら、彼は言ったのだ。


『お前さ、ちょっと自分に補助魔法掛けてみ?』


 言われた通りにしてみると、他人に掛けるよりも数倍強く、その魔法は使えた。


 驚くスートに、おししょーは……無精ヒゲが、不潔さでなく色気を感じさせるチャランポランな男は。

 前合わせの『ジンベー』というらしい服の胸元に片手を突っ込み、もう片方の手で顎を撫でながら、片目を閉じた。


『お前の才覚は、もしかしたら白魔導士ヒーラーじゃなくて聖騎士パラディンなんじゃねーか?』


 そんな風に、笑いながら。


『やったな、スート。魔法はからっきしだが、剣なら俺でも、ちょっとは教えてやれるしよ!』


 スートの才能を、自分のことのように、喜んでくれたのだ。


 ーーーだから、負けない。おししょーがいないなら、その間は私が、村を守らないと!


 そんな決意とともに、スートは小剣と盾を構えた。

 

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