ぐーたらおししょーと、魔物の群れに萌える弟子。


「おししょー!! 超大変です!!!」

「どうした?」


 ある日。

 バァン! とドアを開ける大きな音を聞いて、また居眠りをしていたティーチは揺り椅子から慌てて体を起こした。

 

 スートはそれにはツッコまず、再び声を張り上げる。



「ーーー村の外が、魔物でいっぱいですぅ!!!」



「何だと!?」


 彼女の言葉が本当なら、一大事だ。

 一気に目が覚めたティーチは、立ち上がって壁に掛けていた黒い木刀を手に取ったが、スートの言葉には続きがあった。


「めちゃくちゃ、可愛いです!!」

「…………は?」


 ポカンとして彼女の顔を見ると、ショートヘアで八重歯を見せる笑みが可愛い少女は、焦った様子もなく、心なしか興奮して頬を紅潮させている。


「か、可愛い……?」

「はい!! 外でわちゃわちゃしてるコ達、毛玉スライムなんですよー! めっちゃ可愛いんですー!!」


 きゃー! と頬に手を当てて目を閉じ、くるくると回るスートに、ティーチは思わず深いため息を吐いてしまった。


「なんだよ……焦らすなよ」


 毛玉スライムとは、弾性の高いボールのような体に、ふわふわとした毛皮を纏う、最下級の魔物である。


 毛並みの色は個体ごとに違い、攻撃手段は体当たりだけで、火に弱い。

 しかも当たられても、せいぜい柔らかいまりをぶつけられた程度の威力しかないため、正直ほとんど無害な魔物だ。


 無害といっても、雑食性なので中に入ると畑や倉庫を荒らされる為、駆除はしなければならないのだが……ぴょんぴょんと跳ねる様は彼女の言う通り、可愛らしい。


「連中、村の柵は越えられねーだろ。放っといたら散るんじゃねーのか?」


 言いながら外に出ると、柵の前に毛玉スライムの群れがいた。

 柵の周り全部を埋め尽くすような、群れが。


「いやいや、いくらなんでも居過ぎだろ!?」

「めっちゃ可愛いでしょう!!」

「呑気なこと言ってないで、ちょっと倉庫からスライム用の【避け水よけみず】と【撒き餌まきえ】取ってきてくれ……あったよな?」

「ちゃーんと常備してますよー!!」


 スートは跳ねるような足取りで、少し離れたところにある、村の守り手用の倉庫に走っていった。

 実質、今はティーチ専用で、管理しているのはスートだ。


「やれやれ……」


 後ろでくくった黒髪を掻きながら、ティーチは、黒い木刀で肩をポンポン、と叩く。


 数匹程度なら木刀で追い払って終わりなのだが、軽く百匹を超えているのでそういうわけにもいかなかった。

 閉めた門の前までわちゃわちゃしているので、開けて外に出ることも出来ない。


「何だってまた、あんなに集まってきたんだ? 豊穣祭の残飯目当てか?」

 

 スートを待つ間に、松明たいまつ用に置いてある布を巻いた木の棒を手に取ると、ティーチは油壺につけた。


 そして、入り口横の棚に置いてある木の札を手に取る。

 簡単な『火の紋』を刻んだ【火付け札】と呼ばれるそれを松明の先端に添えて、呪言を口にした。


「〝燃やせ〟」


 ボッ、と布が燃え始めたところで、二つの革袋を抱えたスートが戻ってくる。


「こっちが水で、こっちがエサですー」

「餌はくれ。避け水は、バケツに入れて薄める。少しずつ柵の周りに撒いてってくれ」

「はいはいさー!」


 【避け水】は、いわゆる魔物避け。

 聖職者が作る【聖水】ほど万能ではないのだが、連中が作ったものを買うと高いので、辺境の村なんかでは普通に使われている。


 特定の魔物が嫌がる臭いを持つ草を、茶のようにして沸騰した水で煮出した汁だ。

 

 【撒き餌】は逆に、魔物を惹きつける香りを持つ餌だ。

 こちらは、とある木を乾燥させて砕いたものを残飯と混ぜて使うのだが、魔物を惹きつける理由はいまいち判明していない。


 効果そのものは劇的なので、とりあえず、魔物を移動させるのに重宝する。


「いっきますよー!!」


 ティーチは【撒き餌】の袋を腰に結んで黒い木刀を腰巻きに差すと、バケツに水をあけて薄めたスートとともに柵に向かう。


「はーい、ここはダメですよー!」


 ニコニコと彼女がひしゃくで水を撒いた瞬間、パッとその場にいたスライムたちが散った。


「せー、のッ!」


 グッと膝をたわめて跳躍したティーチは、自分の背丈の倍ほどある柵を飛び越えて、空いた空間に着地した。

 そのまま、松明を軽く振る。


「ほーれ、火だぞー。燃えるぞー」


 毛玉スライムは、毛皮を纏っているが本体は液体に近く、焼けると溶けてしまうのだ。

 ピーピーと鳴きながら、スライムたちは慌てて火の粉から逃げていく。

 

「んじゃ、柵はよろしくな」

「はーい。でもおししょー、その絵面、なんか動物を苛めるダメな大人みたいでカッコ悪いですね!!」

「お前は俺をなんかけなさんと、気が済まねーのか?」


 別に気にはしないのだが、満面の笑みで軽口を叩くので、たまに面食らうのだ。


「飛び起きた時のおししょーは、カッコよかったですよ! 後、顔もカッコいいですよ! その無精ヒゲ剃ったらもっとカッコいいです!」

「フォローになってねぇよ」


 むしろバカにされている気さえする。


 まばらな無精ヒゲに触れたティーチは軽く口を曲げてから、毛玉スライムたちを火で追いつつ、撒き餌を袋から一掴みして、パッと本来の住処である山の方へ向けて撒いていく。


「ほーれ、エサだぞー。戻るぞー」

「晩ご飯までには帰ってきてくださいねー!」

「おー」


 撒き餌に群がってきた毛玉たちを見つつ、さらに遠くに餌を撒きながら、ティーチはうなずいた。


※※※


 そんな二人の様子を、村から少し離れた高台から、遠見の魔法によって一組の男女が眺めていた。


「行ったわね……」


 フードを目深に被って顔の見えない女の言葉に、横に立つ軽装の黒鎧を纏った騎士がケケケ、と嗤う。


「こんなまどろっこしい事、する必要があんのかァ……? 村ごと焼き払えばいいじゃねェか」

「陛下のご命令は、あの師弟の抹殺よ。村は陛下の故郷……もし2人以外の住民に手を出せば、貴方の命が私が狩り取る。覚えておきなさい」


 女の冷酷な視線に晒された黒騎士は、軽く肩をすくめた。


「おっかねぇな……奴らを殺す理由は?」

「貴方が知る必要はないわ」

「扱いが軽いねぇ」


 黒騎士の軽口に付き合う気は無かった。

 女が軽く目を細めると、黒騎士は視線を逸らす。


「ただの冗談だよ。魔王殺しの英雄様がたに、逆らう気はねーさ」

「行きなさい。まずは、スートからよ。ーーー実行は、ティーチが山に入ってから。誰にも感づかれないようにね」

「ケケケ……女を嬲り殺すのは久々だなァ……!!」


 黒騎士が高台を飛び降りて姿を消すと、女はそのまま監視を続けた。


 あの2人を殺す理由など、女自身も知らない。

 ただ命じられたから、適当な刺客を見繕って連れて来ただけである。


 楽しそうに【避け水】を撒くスートを見つめながら、女はポツリとつぶやいた。


「ーーー全ては、ブレイヴ王のご意志のままに」

 

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