ぐーたらおししょーと、愛弟子への贈り物
「今日のご飯は、シジミのミソスープです!!」
「おー、助かる……!」
食卓に並んでいるのは、勇者の仲間であるサムライからスートが作り方を習った、という調味料を使ったものだ。
これに淡水に棲む小さな貝を入れたものが、めちゃくちゃ二日酔いに効く。
香りが独特だが慣れると旨いこのスープは、ティーチの好物でもあった。
「お前は本当にデキる女だよなー」
「自分でマトモなご飯も作れないおししょーは、口だけでなく、もっとちゃんとした感謝を私に示すべきだと思います!」
「土下座でもしたらいいか?」
「そういうのじゃなくて!」
もー! とふくれるスートが何を望んでいるのか、よく分からなかったティーチは、ハハハ、と笑みを向けて誤魔化しつつ、ミソスープとパンの朝食を食べ終えた。
「ごちそうさんでした!」
「はい! あ、動けるようになったら薪割りして下さいね! 減ってきてるので!」
「へいへい」
と言っても、ミソスープの効果が現れるのはもう少し先だ。
揺り椅子にドサっと背中を預けたティーチは、大きく息を吐く。
その間にも、食器を洗ったりゴミを片付けたりと忙しく立ち働くスートを、ボーッと眺めた。
ーーー本当によく働くよなー。
別にやれと言った覚えもないのだが、彼女のお陰で家はいつも綺麗だし、食事は出てくるし至れり尽くせりである。
その視線に気づいたのか、数年経って背は伸びたものの、胸も短い金髪も相変わらずな彼女が首をかしげた。
「おししょー? 何見てるんですか?」
「いや……お前って、なんでここに居るんだ?」
「え?」
キョトン、とするスートに、ティーチは自分が覚えた疑問を淡々と続ける。
「ぶっちゃけ、俺みたいな自堕落な凡人と一緒にいても、楽しいこと何もねーだろ。ていうかお前、強くなりたかったんじゃねーの?」
彼女に請われるままに稽古などはつけているものの、正直もう、この辺りの魔物ではあまり相手にならない。
元々、大して強くもない魔物ばかりだからだ。
「でもおししょー、私がいないと余計にグータラするでしょ? 家も汚くなるし」
「いやだから、それはお前に関係なくね? 村を出て、冒険者の生活でもしてた方がよっぽど強くなれるだろって話なんだが……」
一日の大半を、ティーチの世話や家の掃除、家畜の世話をするような代わり映えのない生活をしているのだ。
そもそも強くなりたいから、弟子入りしたはずなのだが。
しかしスートは、んー、と首をかしげると、すぐにパッと八重歯を見せて笑みを浮かべた。
「私、楽しいんで大丈夫ですよ!!」
「は?」
いや、そういう話じゃねーんだけど。
と、ティーチが言う間もなく『よいしょ!』と洗濯物を入れた桶を持ち上げたスートは、さっさと外に出ていってしまった。
「ん〜……分かんねーなぁ……」
師匠になって数年、本当に全くもって、ティーチには弟子の気持ちが分からない。
確かにスート自身の言う通り、思い返してみても退屈そうな様子はなく、いつも楽しそうだ。
ーーーいやだが、こんなんで師匠とか呼ばれてて良いのか?
おししょー、と彼女の可愛らしい声で呼ばれるのは嫌いじゃないのだが……スートの方がよっぽどしっかりしていると、村の連中にも散々言われるのである。
師匠らしさも弟子の気持ちも、考えてもさっぱり分からない。
そもそも二日酔いで大して頭も回っていなかった。
「まぁ、良いか。……寝よ」
スートが洗濯に行ったので、しばらくは帰って来ないのを良いことに、ティーチは居眠りを決め込んだ。
そして夕刻近く。
二日酔いもある程度醒めて、スートに尻を蹴られたティーチは薪割りを終え、沈む日に目を細める。
村の周りを覆う魔物避けの柵、その入口近くの少し集落からは外れた場所に、ティーチの家はあった。
一応、魔物から村を守る役目を仰せつかっているからだ。
他の家を訪ねる時は少し不便だが、家の周りが広々としているのは良い。
割った薪を担いで、ティーチは家に戻った。
「戻ったぞー」
「仕事遅いですね!! もうご飯出来ますよー!」
「お前は本当に正直だな……」
台所から聞こえてきた声に、薪を下ろして頭を掻く。
確かにただ薪割りをしたにしては、時間が掛かったことは認めるが。
台所に向かうと、ティーチは手をエプロンで拭いていたスートに手を差し出す。
「ほれ」
「ん? おししょー、なんですかこれは?」
「人形」
不思議そうに首を傾げた彼女に差し出したのは、木片で作った人形だった。
その姿は、ちんまりとした二頭身の彼女自身だ。
「へぇー、可愛いですね!? どうしたんですかこれ!?」
「さっき彫った」
「へ!?」
小刀で簡単に彫り出しただけの品だが、幼馴染みのブレイヴに習った『守護の印』を刻んだもの……【身代わり人形】である。
「おししょー、手先器用ですね! こんなの作れるんですか!!」
「いや、しょーもないモンで悪いんだけどな……お前が、なんか感謝の気持ちが欲しいって言ってたから」
「!」
大したものでもないのだが、パァ、と顔を輝かせていたスートが驚いたように目線を跳ねさせ、こちらの顔を見上げる。
「え!? だからわざわざ!?」
「おー。飯、出来たなら食おうぜ。美味そうな匂いで腹減ってきた」
彼女の盛り付けてくれた二枚の皿を手に取って、ティーチは食卓に運ぶ。
ーーーていうか、あんなんで良かったんかなー……。
女性に贈り物などしたこともないし、感謝の気持ちを形にする、というのもよく分からなかったティーチである。
うんうんと頭を捻って、あの程度しか思いつかなかったのだ。
しょせんは凡人である。
しかし師匠らしいこともしてやれてないし、と、せめて実用性のありそうなものを選び、気持ち程度に可愛く作ってみたのだった。
皿を置いて待っていると、エプロンを外したスートが両手で人形を大事そうに持ちながら、とてとてと走ってくる。
「おししょー!」
「なんだ?」
「大切にしますね!! ありがとうございますー!!」
「お、おう……?」
八重歯が覗く満面の笑みでそう言われて、逆にティーチはうろたえた。
そこまで喜ばれると思っていなかったので、どう反応していいか分からず、頬をぽりぽりと指先で掻く。
ーーーまぁでも、喜んでるならいいか。
作ったものに素直に嬉しそうな反応をされて、悪い気はしない。
「後で紐通してやるよ。首から下げとくといい」
一応お守りなので、身につけておく必要があるのだ。
「はい! ありがとうございます!!」
ーーーいや、礼を言うのはこっちの方だったはずなんだが。
そんな風に思いつつ一緒に食事に向かって手を合わせてから、ティーチは焼いた肉を頬張る。
実際、スートの作る飯は匂いだけでなく、毎食、美味い。
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