『これ以上面倒ごと持ち込んで来るんじゃねぇ、このクソ勇者がッッ!!』〜ぐーたらおししょーは世話焼きの愛弟子に甘やかされて、平和に暮らしたい〜

メアリー=ドゥ

ぐーたら男と、白魔導士の少女の出会い。

 

 ーーー俺は、別に大した奴じゃない。


 きっとこれから先、何を成し遂げることも出来ない、ただの凡人だろう。

 だが、そういう奴にしか出来ないこともある、と……彼女を見て、そう思った。


『君には、パーティーを抜けてもらうよ』


 勇者が発した声が、耳の奥に残っている。

 目の前で憔悴しょうすいし、うなだれる少女が……投げかけられた、その言葉が。


 先ほど、勇者に戦力外通告を受けたばかりの白魔導士の彼女に、声をかける。


「なぁ、スート」


 しかし、少女は顔を上げない。

 

 『頑張るから!』と食い下がる彼女に、はっきりと拒否を突きつけた時。

 勇者……ブレイヴは、彼の方が辛そうな顔をしていた。


 そして彼女に背を向けてその場を去ると、少し離れたところで見ていた自分に、こう言い置いた。


『彼女を頼むよ、ティーチ。……初歩の治癒魔法と補助魔法しか使えないあの子を、この先の戦いに連れて行くのは危険過ぎるんだ』

『相変わらず、小賢しい奴だよな。お前はよ』


 ブレイヴに対して、ティーチはそう皮肉を投げかける。


 彼がわざわざ生まれ故郷であるこの村まで戻り、彼女に身寄りがないことを伝えてきた時から、こうなるような気はしていたのだ。


 ブレイヴとティーチは、幼馴染みだった。

 彼は魔王を倒すために村を出、ティーチは誘いを断って村に残ったーーーそういう、間柄だった。


『……君くらいしか、思いつかなかったんだ。彼女を預けられる相手が』


 少しバツが悪そうなブレイヴに、ティーチは軽くため息を吐く。


 仲間の命を『守るために別れる』という冷静な判断と、強い意思。

 策を弄し、他人の行動を先まで見通す、視野の広さ。


 そうした資質を兼ね備えた上で、本質では冷酷になり切れないのが……パーティーから外す相手の、身を寄せる先まで世話をしてしまうのが、この男なのだ。


 面倒ごとを持ち込まれても、結局はこちらが折れるしかない。


 それが分かっているから、嫌味の一つでも言いたくなっただけだ。

 コイツの言葉は全て本心であり、だからこそタチが悪い。


『預かってやるよ。俺みたいな凡人でも、それくらいは出来る。……きっちり魔王、倒して来いよ』

『ああ』


 まだ勇者と呼ばれる前のブレイヴに『一緒に村を出ないか』と誘われたティーチは、断った。

 

 自分のような平凡で自堕落な男では、ついて行ったところで遅かれ早かれ、コイツの足を引っ張ることになるだろうと思ったからだ。


 だが、拒否した本当の理由は言わなかった。

 その時にブレイヴが見せた寂しそうな顔に対して、後ろめたさを感じなかった訳では、ない。


 だからこれは、その借りを返すだけのことだ。

 

『ありがとう、ティーチ』


 そうして勇者は、他の仲間たちと……残していくスートを気遣う様子を見せながら、次々に礼を述べていく気持ちの優しい連中と……共に、再び旅立った。


 自らの意思で村に残ったティーチは、ゆっくりと立ち尽くすスートに近づき。

 残されてしまった彼女の肩を、ポン、と叩き、言葉を発したのだ。


「なぁ、スート。自分の不甲斐ふがいなさで、アイツの助けになれなかったのは、辛いよなぁ。俺も、お前と同じだ。……いや、少し違うかな」


 ティーチは、自分で自分に最初から見切りをつけた。

 食らいつく覚悟を持っていた分、スートの方がよほど根性があるかもしれない。


「だがどっちにしろ、アイツの走り抜ける速さに、お互いついて行けなかったことに変わりはねぇ。振り切られる中に含まれちまったのは、まぁ、仕方がねーことだ」

「……!」

「でもな、一緒に戦うばかりが『助け』じゃねーんだぜ? 凡人にゃ、凡人なりの支え方がある」


 人に対して何かを教えられるほど、ティーチは上等な人間ではない。

 だが、彼女と同じ目線で悩み、自分が得た答えを伝える程度のことは、出来るかもしれなかった。


 大したことがない人間だからこそ、出来ることが。


「アイツの生まれ育ったこの村を、一緒に守らねーか? ブレイヴがよ、俺たちがいるから大丈夫だと、安心して戦いに赴けるように」


 ティーチの発した言葉の中で、何か心に引っかかるものがあったのか。


 ふと目を上げてこちらを見たスートのうつろな瞳に、無精髭ヒゲを生やして黒い髪を後ろで括った、自分の顔が映る。


 そいつは、威厳もなくヘラヘラと笑っていた。


「自分の速さで、歩いたらいいじゃねーか。目の前にいる俺みたいな奴でも、この周りの魔物相手だったら負けない程度の強さはある。強くなろうと焦ってコケるよりは、俺と一緒に少しずつ強くなろうぜ」


 我ながらたどたどしい言葉でそう伝えると、ティーチはスートの、ショートカットの金髪頭を軽く撫でる。

 すると彼女は、小さく唇を震わせた。


「お前にはお前の強さが、きっとある。そいつを見つけて、ゆっくり育てて行こう」

「一緒、に……?」

「ああ。お前が良けりゃ、だが。どうだ?」


 軽く首を傾げて片目を閉じると、彼女の頬に涙が流れ、ひくっ、と嗚咽を上げる。


「う、ぇえ……!」

「おい!? な、なんで泣くんだ!?」


 見る間に滂沱の涙を流し始めたスートに、どうしていいか分からずティーチは慌てる。


「俺、マズいこと言ったか!? な、泣くなよ、なぁ?」


 しかし、スートの涙は止まらない。

 途方に暮れたティーチは、そのまま結局、日が暮れて彼女が泣き止むまで付き合って……それから、数年。




「おししょー!! 朝ですよ、おししょー!!」


 


 今日も元気なスートが、ガンガンとフライパンを打ち鳴らしながら寝室に現れる。


「起きてくださーい! ご飯できましたよー!! ぐーたらなおししょー!」

「やめろ……二日酔いの頭に響く……」


 昨日は豊作だったことを祝う村の収穫祭で、少々飲み過ぎてしまったのだ。

 だが、スートは音を出すのをやめなかった。


「おししょー! 口と顔ばっかりカッコよくて、中身がダメダメなおししょー! 起きないとこのまま続けますよー!?」

「お前、実は俺のこと嫌いだろ……!」


 満面の笑顔でフライパンを打ち鳴らす彼女に、観念したティーチは呻きながら身を起こす。


 スートを村に置いていった後ーーーブレイヴは、魔王を倒した。


 世の中には平和が訪れ、魔物達も少し大人しくなり。

 聖女として同行した王女と結婚し、王になるという彼が、村に挨拶に来た時に『一緒に都で暮らさないか』とスートを誘った。


 しかしブレイヴたちの誘いを、その頃すでにティーチの弟子を名乗っていた彼女は、断ったのだ。


『おししょーは、私が面倒を見てあげないといけませんから!』

 

 ニコニコと、八重歯を見せてそう告げるスートに何を思ったのか、彼らもそれ以上は誘いをかけず……ティーチは今も、彼女とこの村に暮らしている。


「起きたぞ……」

「顔を洗ってきてくださいねー! 冷める前にですよ!?」

「へいへい」


 トタトタと彼女が居間に戻っていくと、ティーチはクァア、とアクビをして、寝ぐせのついた髪を乱雑にくくる。


「二日酔いの朝くらい、ゆっくり寝てぇ……」


 世の中に平和は戻ったが。

 ティーチの自堕落な生活は、師匠に厳しい弟子のせいで、未だ完全には戻って来ない。

  

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