つみき
あんちゅー
好きなんだよ
今日の午後2時40分頃。
突如大きな木が生えてきました。
簡素な言い方ですが、それ以外に形容出来ませんので、ご了承ください。
高さは憶測ですが、8000mを超えます。
木の直径がおおよそ900m弱。
その程度の直径でこれほどの長さを支えるのは難しいかもしれませんが、木自体の揺れなどは観測されていません。
場所は太平洋側のある海水浴場です。
周辺には民家があるものの、砂浜から海にかけての範囲で生えているため近くの民家に実質の影響や被害といったものは今のところでていません。
また、海水浴シーズンでは無いため観光客等の被害も今のところ確認されていません。
公の発表はまだですが4つ県をまたいだ先からでも確認できる大きさですので、遅かれ早かれ注目が集まってしまうことでしょう。
こういった情報はSNS等で瞬時に情報が拡散していきますので、多目的で多くの国民がその辺りに押し寄せて来ると思われます。
周辺の交通網が混乱し、各所で通行止めや事故が多発。また公共交通機関の麻痺等が予想されます。
いち早く解決策の提示、周辺自治体への周知とともに民間人の被害が起きないように注意喚起を行います。
また、その木がどういったものなのかという検証も進めていただかなければなりませんので調査機関及び人員への要請を行いました。
「怖いねぇ、それ。なんの木?」
それを調査してもらっています。
「それで僕は何すりゃあいいの?」
端的に言って、別段やることはありません。
私達がやるべき事はやっておきます。
また、緊急記者会見等の面倒事に関してはいつも通りに影武者を立てますので、あなたはテレビを見ていてくだされば結構です。
「はぁ、助かるよ、ほんとありがとね」
それでは、私はこれで失礼致します。
「いつもありがとねー」
--男はさ、そう言ってバスローブを脱いで奥の寝室に歩いてったよ。
この女はそれを知ってて無視してやがる。
「すみません、いま研究所の方から電話があって、なんか御神木保護組合?みたいな連中が張り込んでて近寄れないらしいんですけど、どうしましょう?」
県警本部に連絡して現場の指揮の確認と、周辺自治体への応援要請をお願いします。
「あ、華香さんお疲れ様です」
お疲れ様です。
「すいませーん、弁当もってきました」
「あ、それこっちにお願いしまーす」
「ねぇ、ダメ?まだ起きない?」
「なんでこの時間に寝てられるのあの人?」
「まぁ今日は有給っすからねぇ」
「華香さん、あ、あの、すみません。私あの近くに親戚がいて、心配でその」
どうぞ、連絡してあげてください。
必要なら今日は半休とって頂いて大丈夫です。
「すみません、ありがとうございます」
「華香さぁーん、避難人員受入要請の書類宜しくー。マスコミ対応と記者会見用の配布資料は作っとくわ」
ありがとうございます
「しかし、ほんとこういうことあんだねぇ
つか、木ってなによ笑えてくるわ」
そうですね、幸い被災者等の報告はありませんし。今はまだ状況を見て進めていく方向で構わないと思います。
「まぁ、この後も頑張り過ぎないようにね」
はい、お心遣い感謝します。
「硬い硬い」
申し訳ありませんが、私は次の会議がありますので、皆さん休憩は取りつつ対応に当たってください。
「はい!」
--相変わらずこいつらはこの女頼りかよ、情けねぇの
まぁ、まだ動けてる方ではあるか、これから会う連中に比べりゃ
「それでさぁ結局どうなの?危ないの?危なくないの?」
まだ状況がわかっておりませんので軽率な発言は控えさせていただきます。
「それくらい分かるだろ」
「倉内さんうるさいよ。いちいちピリピリしてるとまた血圧上がってこんどは死ぬよ?」
「うるせぇよボケナス」
「それで?実質どうなの?」
はい、何も分かってないというのが実情ですが、あの大きさのものですからそのうち木が自重に耐えかねて折れてしまう可能性は十分考えられます。
その場合は甚大な被害が予想されます。
海側に落ちれば津波などの危険性。
陸側に落ちれば民家の倒壊や地震、二次災害での火災など、それこそ多くの被害が出る可能性があります。
「だからこそ、あの木の様子を見て静観してるのではなく、積極的な木の伐採計画を立てることが大事ってことだね」
はい、その通りです曽谷野さん。
「しゃしゃり出やがって、ガキが」
「ほんと話したがりね」
「それならさぁようやく出番だよね?」
出番ですか?
「こういう状況じゃ、出すしかないよね?
国防の要、緊急時災害救助を想定した国の隠してる取って置き。・・・・・・ロボをさ。」
いいえ、そういったものはありません。
「え、ないの?」
「バカかよ、んなもんがありゃぁ戦争になんて負けてねぇよ」
「やっぱりどれだけ優秀でもおぼっちゃんってことだな」
「ほんと彼のおじい様もお嘆きになってるんじゃないかしら?なんてね」
「そういうのあるって思ったからこの仕事やってるのにさぁ」
そういったものが存在するなら、そもそも他国からの非難の的になってしまいますし、武器を搭載すれば簡単に兵器になるものは条約違反です。
また、我が国に存在するということは多くの国で実現されているのと同義です。我が国の技術力は年々衰退していってますからね。
技術情報の開示、秘匿の可視化は現国際社会のモットーですので。
そういったロボットの類は今現在実用ベースには乗っておらず非現実的要素が多いのが現状です。
今開発中のものもまだまだ現場に送るには足りない要素だらけです。
曽谷野さんの期待もまた開発の原動力です。いつか必要な時のために今後は研究機関への開発費の援助をすることをおすすめします。
「え、ほんとに作ってる訳?」
「なんだまだそんなレベルなのか?一体どうなってんだよ、いつまでやってやがる」
お言葉ではありますが、倉内さんのご無理によって難航していると言っても過言ではありませんので。
「わーってるよ、とに。ばからしい」
「あら、何やったの?倉内さんあなた」
「うるせぇよおかまには関係ねぇだろ」
「あら、それは禁句よ。個の尊重こそ民主主義でしょう?」
「都合のいい民主主義の解釈はやめろ」
「時代遅れのじいさんね、ほんと」
ごほん。
いいですか?続けさせてもらっても?
--流石は各関係のご歴々、そこそこつけるべきけじめのつけ所は弁えてるわけか。このやり取りも要は一種のルーティーンだろうな。
しかし、まぁ、自分達じゃあ動かねぇ分、こういう無駄なやり取りこそを嫌ってそうだけどな、この女は。
「華香さん、お疲れ様でした。」
はい、お疲れ様です。
「とりあえずは謎の抗力で直立のままどんな刺激を加えても動かないとか言われても、なにそれ信じられねぇんだけど」
「化学だとか物理だとか、そういう次元じゃねぇ感じだよな。あの先生たちもカメラ越しで見る限りじゃ1番戸惑ってたように見えたし」
「そりゃあ出た結論が自然現象じゃあない。だもんなぁ、そりゃあ自然現象を専門にやってる先生方じゃあ限界だよ。」
「不思議なこともあるもんだねぇ」
最後の一人が扉を後ろ手で締め、その部屋で華香だけが自分のデスクで書類整理をしていた。
ただ、そこには彼女だけではないようで、彼女のものでは無い声が聞こえてくる。
--つは、全員帰ったみたいだな。
「静かに、まだ誰か残っているかもしれません。話すなら私の耳元で」
--でもよ、ちらっと周り見て見たけど人っ子一人いやしねぇよ
「そうですか、なら、どうぞ」
ふーと、一息ついて彼女はそう言うと、彼女の真後ろに黒いモヤが人型に出来始める。
モヤは人間のような手足を滑らかに動かし、華香のデスク横にあった椅子に座った。
--ほんとまぁ、こうまでデケェもんが出てくるとは思わなかったよなぁ。
「ええ、これまでギリギリで抑えきれていたものが、まさかここまで規格外のサイズで現れるとは思いませんでした。」
--さすが、何も言わなくても勘づいてたかい?
「ええ、自然界において海に浸かり成長出来る植物は限られていますからね。
それに世界で一番大きい木はセコイア杉ですが、それらが海沿いに自生しているというのは聞いたことがありません。確かに杉などの常緑針葉樹は多くの環境に適応できるようですが、前例がないところにあれほど大きなものがあるのは不思議です。
まず、物理法則に従っていない時点で論ずるまでもないですけれどね。」
--まぁなぁあんな馬鹿でけぇのに、細っちくて気持ちわりぃよなぁ。
「ええ、そういうことです。
しかし、今回はどうして木の形だったのでしょうか?」
--まぁそういうこともあるよ。実際にこの星で生み出されたもんだ、この星にあるものの形をとって生まれてくるだろうさ。
それに規格ってのもおかしな話、星の上にあるものと同じってわけじゃねぇから、決まってもねぇしな。
「しかし、あれでは身動きも取れませんよ。合理性にかけるというか」
--はは、俺たちに合理性を求めんじゃねぇよ。そういうのは立派に自然に抗う生き物の考えることだぜ。
抗う必要のねぇ俺らには関係のねぇ話だよ。
「はぁ、そういうものですか」
--そうそう、人間様はよ、弱っちいんだから大人しく抗ってりゃいいんだよ。俺が守ってやるから。
「ええ、そうですね。それは安心してますよ。」
--バカ、俺が守んのはあんただけだぜ?
「それでも私の願いなら聞いてくれるんでしょう?」
--それは言いっこなしだよ。俺は何もいいもんじゃねえからよ。
「怪物、ですものね。」
--へへ。
モヤはそう笑うと霧散する。
「行ってらっしゃい」
--おおっとそうだ、あんたそろそろここ辞めるべきじゃねぇか?
「ふふ、言われずとも辞めようと思ってます。近いうちに」
--そうかい。はっ、まぁ、あんたの事だからよ、心配はいらねぇか。
じゃあ、改めて。多分明日の夜には戻れるんじゃねぇかな?
「はい、待ってますね。」
華香はそう言って手を振った。
およそ、2ヶ月ほど前になる。
神が出雲に集う旧暦の10月。
多くの神々が神事の神議を執り行うために出雲に集まった。
神議とはいうが、神々は毎年のように酒を飲み飯を食い騒いで踊ってを繰り返した。
当然のようにその時もそうなるだろうと思っていた。
しかし、一部の最高神たちはある決定を下した。
人の世の行く末を案じての事なのか、それとも単に人に飽きたのか。
それは多分神のみぞ知るっていうやつだ。
ともかく神は、世に怪物を放つ取り決めをなした。
怪物。
畏れを纏うもの。
人は古代より自然発生するそれらの存在に名を冠し、時には恐れ、時には敬い、時には退け生きてきた。
そんな存在を神は自身の手で作り放つこととした。
か弱い人間がそれに打ち勝てるわけもない。
「おい、其れはあんまりじゃねぇか?神様」
「汝には関係の無いこと。神の取り決めに口を出すことまかりならぬ」
「それでも」
「口を慎め」
神は俺を存在諸共握りつぶした。
俺が死ぬことは無い。しかし、神の手に潰された俺は存在がこの世から消えてしまう。
--助けて、助けてくれ。
消えかけの体で俺は助けを求めた。
無論消えかけのモヤのようになつた俺が誰かに見つけてもらえるわけもない。
仲間はみんな神に背いたからだと手を差し伸べてくれなかった。
人間は消えかけの俺を見ることなんてできない。
そんなこと分かっていたのに、俺は無性に腹が立った。
--ちくしょう、ちくしょう。人間め、俺はお前らのために神に逆らったのに。ちくしょう、こうなるならあんなことするんじゃなかった。
そう思いながら俺は最後の瞬間を迎えようとしていた。
その日は雨が降っていた。
寒いとか暑いとか感じない俺が、何となく寒いと感じていた。
多分心細さとか、消えてしまう虚しさとか、そういうものが自分の体温を奪って行ったように思わせたのだろう。
すっかり体もない俺でも、ご丁寧に体があるように感じさせてくれる。
--ありがてぇ話だよ。
「何がですか?」
--あ?なんだお前?
「華香美花といいます。」
--あぁ、それで?
「いえ、特になにも。偶然にも倒れているあなたを見つけたものですから。」
--なんで、俺はもう何かの影みたいなもんだ。認識できるわけ・・・・・・
「これならどうですか?」
--は?
その女は傘を放り出して俺の頭を抱えて胸に抱いた。
「これでも認識できてないと?」
--あっ、あったけぇ
「私、体温は高い方なので。」
--ほんと変な女だよな。
木みたいなやつまでもうすぐ。
まぁ、強そうではあるが、負けはしねぇよ。
--お前がババアになってこの世に未練なんてなにもなく死ぬまで、俺はあんたを守ってやるからよぉ!
つみき あんちゅー @hisack
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