第22話 転生者と転移者

 思いついたというか、単にそれは、キーメルが思い出しただけだ。

 しかし、すぐ実行に移すあたり、昔から性格が変わっていないなと、シルレアはため息を落とす――が、キーメルに言わせれば、本題を先に済ます癖が治っていないシルレアの台詞ではない。

 それは、ジェルーゴ王国領にある、人気のない山奥であった。

 猫の爪とぎ、というパーティのリーダーが、師と仰ぐ人物がいる場所だ。


 少し寒い地域だが、しかし。


「あら」

 庭というには広すぎるし、特に手入れがされていない場所に、彼らはいた。

「いたの、あんたたち」

 見覚えのある顔だ。それもそうだろう、パーティのリーダーと、副リーダーの女性がいた。

「確かエリナと、クロウだったかしら。戦神のスキルが使えなくなったから、慌てて訓練をしに来たの?」

「――何をしに来た」

「あらら」

「ふん、貴様はすぐ嫌われるからな」

「あんたほどじゃないわよ」

「そうか? なあに、貴様の師匠とやらを見にな」

「俺かよ、面倒はごめんだぜ。つーかお前ら、俺のことは話すなって言っただろ。何のために隠居してると思ってんだ」

 がりがりと頭を掻く、色素がやや薄い髪にブルーアイ。その顔立ちもどこか――いや、あるいはその立ち振る舞いも。

 どうなんだと、視線を送れば、シルレアが顎で示す。

 ならばと。

「そう身構えるな、ただの挨拶だとも」

 一歩、近づきながら右手に拳銃を組み立てアセンブリ、軽く手を挙げる気軽さで銃口を向け、二秒。

 二秒待ってようやく、二発を撃った。

「――銃だと!?」

「反応が遅いぞ傭兵、ナイフも抜けんのか」

「傭兵、軍人程度じゃ、犬を相手にはできないでしょ」

「対一ならばな」

 言って、キーメルは拳銃を紙吹雪にして消した。

「貴様がこちらに来たのは、いつだ?」

「待ってくれ、そう、……待ってくれ。先に教えてくれ、あんたは、なのか?」

「違うわよ」

「ふむ、貴様が知っているのが、どの犬なのかは興味はあるが、長生きしていたのならばおそらくグレッグだろうな」

「こいつはね、――


 今度こそ、彼は絶句した。


 改めて、外にあるテーブルと椅子に案内され、彼は腰を下ろし、ゼダと名乗った。

「ズィーダと呼ばれていた頃もある。こっちに来たのは、おおよそ12年前だ」

「アメリカンね?」

「――そうだ」

 二人は座らず、近くにいたエリナとクロウを手で呼び、座らせた。

「私たちは子供からだったけれど、そっちはそのまま?」

「少し若くなっている気もするが、それほど大差はなかったな」

「事情を」

「こっちに来て、国に保護されたよ。ほかは六人くらいいたんだが、どいつもスキルが使えるって喜んでたな。――無邪気なもんだぜ」

「共通項は?」

「わからんな。話は合わせたが、数人は別の世界から来ているような雰囲気もあった。俺も含めて、年齢は若く見えたぜ。そのあと、どうなったのかは知らねえな」

「ふうん……」

「12年か、私たちが産まれた時期とそう変わらんな。で? 貴様はどうした」

「隙を見て、逃げ出したさ。どう考えても利用されるのはわかっていたし、――仕組みを理解する前も後も、俺はスキルなんて代物には、不信感しかなかったからな。聞けば、戦神系のスキルが使えなくなったんだろ? そいつらもそうだが、どうしてその可能性を考えないのか、不思議で仕方がねえよ」

「ああ、お前たちもそうだったのか。……ふむ」

「次は賢神かしこかみだけど、もうちょっと先になるでしょうね」

「何故だ?」

「世間的に、今度は賢神の祝福を受けた連中が幅を利かせるようになるからよ。それがピークになった頃、殺しに行くつもりだから」

「おいマジかよ」

「冗談を言っても仕方ないでしょう。そんなことより――たぶん、あなたがいた世界と、私の世界は違うわよ」

「違う?」

「歴史がおそらく、違う。そもそも私が死んだ時には、傭兵なんぞ、いなかったからな」

「だが、俺はあんたを知っている。知ってるっつーか、半ば伝説みたいに聞いてたんだが……」

「あら、偉くなったわね?」

「知らなかったのか? 私はお前よりも充分に偉いぞ」

「チッ」

「ははは……俺ら傭兵の中で、軍人を相手に階級呼びをする時、絶対に、中尉だけは避けた。まあ相手も、それを理解していたけどな。――中尉殿、それは、あんたを示す言葉だ」

「どういう仕事だ?」

「ゾンビが多かったからな、戦力の基本は5.56ミリをばらまくミンチメーカーって機械だ。けど生きてる集落もある――それを護るのが俺ら傭兵の仕事だ」

「ふむ」

「――はは、つっても俺らは弱小だ。ヴィクセンと一緒にしてもらっちゃ困るがな」

「それならそれで、やりようはある。貴様、うちに来い」

「……なんだって?」

「そこにいる二人も一緒で構わん。戦闘指南役として働けば、飯に困らない程度には金をやろう。その二人は冒険者を続けるつもりか? なら、鍛えてやってもいい」

「あんたのところに? どこだ?」

「集落を作る予定でな、現在進行形で開拓はしている。こちらにも二人ほど、育てているヤツがいるんだが、私もシルレアも残念ながら、まだ学生だ」

「で、余計な面倒を持ち込む馬鹿がここにいるわけ。暇なんてありゃしない」

「まるで私が悪いような言い方はやめてもらおう」

「面倒を持ち込む馬鹿ってところを否定しないで大変よろしい」

「……いや、前向きに考えたいが、俺は指名手配食らってるんだよ、国から」

「どこの国よ」

「そりゃジェルーゴ……」

「なら問題ない。代行ではなく、国王と話はつけた。心配なら一言伝えておいてやろう」

「まあ、ちょっとした騒ぎにはしたし、私たちに手を出すような間抜けじゃないわよ」

「最初から拒否権など、ないがな」

「望まれれば応えるが、こいつらの育成が優先だぜ? これでも一応、認めちゃいねえが、師と呼んでくれてるんでな」

「問題ない。そういう育成を主体にして動くつもりだ。どうせ請われる」

「ふうん……?」

「それよりも、奥の方が少し騒がしいな?」

「ちょっとキーメル」

「なあに、そろそろあいつらにも、戦闘を経験させておきたい」

「はいはい、先に準備を」

「うむ」

 では任せると言って、キーメルはその場から消えた。

「術式か」

「あら」

「さすがに知ってるさ、かつてはそれなりにいた。スキルってのも結局、術式の劣化版みてえなもんだろ? 使う気も、使われる気もないね」

「うちの子はもう術式に手を伸ばしてるわよ」

「あれは学問だ、理解はできなくもないが、どうにも、使える気がしない――というか、一体なにを?」

「ここの土地ごと、場所を移動するのよ。厳密には、入れ替えね」

 シルレアが両手を合わせて音を立てると、一気に魔力波動シグナルが広がった。開いた手のひらに浮かんだ九本のナイフに似た何かは、上空へ浮かぶと、サイズを大きくさせ、弾かれるよう広がり、周囲に落ちた。

「今、キーメルが向こう側で似たような陣を敷くから、あっちとこっちの質量を誤魔化して、同一化して変換する」

「なるほどね」

「……師匠」

「なんだクロウ」

「わかるのか?」

「いや? まったくわからねえよ。だが、今の言葉のどこに魔術的な要素が存在したんだ? 彼女が言っていることは、ごくごく単純な、当たり前の、現実にある話だけで、それを理解できないってんなら、お前はどうかしてるぞ」

「……」

「あら、わかっているじゃない」

「わかった気になってることを、さも当然のように頷きはしねえよ。命を落とす失敗は、だいたいそこに直結する」

「安心なさい。シロハの街が近くにあるから、嫌になったらいつでも出て行けるわよ。指名手配に関しても、こっちで処理するわ」

「俺に、そこまでする価値はあるか?」

「それを決めるのは、あんたじゃない。もちろん、私やキーメルでもない」

「じゃあ誰が」

「そこの二人よ」

 言えば、エリナとクロウは驚いたように顔を見合わせた。

「私たちが?」

「そう、あんたたちが、師と呼び、どこまで求めるのか、それがその男の価値よ」

「どうだかなあ……ああそうだ、一つ質問が」

「なに?」

「俺は、俺か?」

 良い質問ねと、シルレアは小さく笑った。

「私たちの場合は、誕生だったから、以前と躰は違う。本人なのか、それとも記憶を複写されただけなのか。その答えはね、ゼダ、ものすごく単純で明快。――?」

「……そうか、そうだな。確かに愚問だよな、俺は俺だ。考えるだけ無駄」

「その通り。――ま、考察はするけれど、それはこっちの仕事だから」

「集落と言ったな?」

「魔術の研究者と、魔物の研究者。それから拾った子が二人いるだけで、今はまだ、開発途中ね。あとは医者と、鍛治師と……商人は後回しでもいいか。あとは農業の知識がある人物くらいは集めるつもり。――ただし、スキルを使わない連中に限り、よ」

「どうせなくなるから、か」

「そういうこと」

 さてと、シルレアは二度ほど足で地面を叩いた。

「じゃ、移動するわよ」

 彼らは立ち上がる暇さえなく。

 厳密には、立ち上がった瞬間にはもう、周囲の景色が変わっていた。


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