第21話 カナタとマヨイ5

 二人を見送ってから、シルレアは羽織っていた黒色の外套コートを脱ぎ、そのまま自分の影の中へ落とした。

「それにしても、本当に剣なのね」

「はい、教官殿に勧められて」

「あれは面白半分でしょうに……」

 いいけれどねと、シルレアは両手に剣を作った。

 聞けば、創造系列ではあるものの、組み立てアセンブリではないらしい。

「マヨイはあと。あんたはめんどくさい」

「はあい」

「あら素直ね」

「面倒ってことは、習得にも時間がかかるってことだろうと思いまして」

「よろしい。まず大前提よ、カナタ」

「はい」

「この剣の扱い方は、ある火系術式を突き詰めた男が使っていたの」

「火を、突き詰めたのですか?」

「そう。あらゆる一切を除外して、火だけを追求した。二十を過ぎた頃にはもう、全身を火に転換して、それを元に戻すくらいのことはできてたから、あいつの強さってのはそのあたりにもあるんだけど――基本は、ある。それを教える」

「しかし、それをどうするかは、ぼく次第である、と?」

「そうよ。状況への対応も、人が違えば、やり方も違う。よくキーメルが言ってるでしょ? 同じ結果を出すのは簡単だけれど、どうやるかはそれぞれ違う」

「はい、それは痛感しております」

「ん。基本の構えは二つ。抜きなさい」

「はい」

 左右の腰にある剣を、それぞれ抜いた。

 慣れろと言われてげてはいるものの、こうして両手で二本持つのは初めてだ。

「左半身」

「はい」

 正面、シルレアが同じ恰好をするので、それを見て同じ姿勢を取ればいい。

「まず一つ目、左手を逆手で持ち替えて、切っ先は正面のまま――ああ、軽く腰を落として、右手は下に落としたままでいい」

 軽く、重心を落とす。

「右の腰くらいに握り手を持ってきて、ちょっと相手に肩を突き出す感じで。そこに、顔の横くらいの高さで、右手。突きをする前の状態くらいの意識で、こっちも切っ先は前へ。この時、剣同士は限りなく水平になるように」

「……感想をよろしいですか」

「窮屈」

「はい、そう感じます」

「そうよね。構えを解いて、ちょっと離れて。――マヨイ、正面」

「う……」

「大丈夫よ、行動の確認も含めて、ゆっくり動くから、素手で受け流してみなさい。それに合わせるから」

「ゆっくりですよ!?」

「安心なさい、キーメルとは違うから」


 ただ、その踏み込みは遅くなかった。


 もちろん、それをゆっくりだと認識できたのは、もっと速い踏み込みを知っているからであり、続く攻撃は剣の表面が目で見えるほどだったので、かなりの加減をしているようだった。

 事実、マヨイもこの速度なら思考時間が持てるなと、そう感じるほどである。


 初手は逆手で持った剣の、突きだ。

 それ以外の行動はできないんじゃないかと、外側に回るような動きを取れば、死角。

 足元から上へ、左の突きを隠れ蓑に、右の剣が来ていて、一歩だけ背後へ距離を取った。速ければたぶん、反応できなかったかもしれない。


 そうしたら、今度は左の突きが


 何故だ? ああそうか、最初の一撃は突きではなく、ただ間合いを詰めていただけなのかと、腕を伸ばしていなかったんだと、今度は逆側に回避し――だからこそ、見えた。

 左手が、逆手から順手へ替わる。

 追撃があると思ってしゃがめば、頭上を左の剣が通り過ぎ、目の前に剣の切っ先があって驚きながら、大きく距離を取れば。


 気付く。


 シルレアの姿が、左右を逆にして、今度は右半身でこちらを見ていた。

 ――同じ構えだ。


「攻撃と防御」

 ゆっくりとシルレアが構えを解けば、マヨイは大きく吐息を落とし、全身を弛緩させた。

「二本あることの利点はそこね。いや、利点なんてものは、本人が決めるものか。実際に私が知ってる男は、こういう方法を選んだ。つまり、攻撃の始点と終点を、同じ形に持っていく。まあ、終点とは限らないけれどね」

「右半身、左半身、どちらの場合でも同じ構え、ですか」

「そうよ。で、もう一つの構えは、両方を順手にするだけ。この場合は、切っ先が前後になる。乱戦の場合はそっちの方が良いかもしれないけど、まあ、状況によって使い分けが必要だったと、そういうことなんでしょうね」

「火の術式は上乗せですか?」

「汎用性が高すぎて、何をどう使うかは当人次第よ、マヨイ。実際、躰を火に転換するのだって、速度の問題だもの」

「速度?」

「空気っていうのは、壁だから。距離を稼ごうと思えば、どうしたって肉体じゃ傷がつく。だから火に転換したってだけの話よ」

「……それ、だけ?」

「ええ、それだけ。ほかに有効的な利用方法なんて、そうないでしょ?」

「攻撃を食らっても大丈夫とか」

「避ければいいじゃない」

 いいのだろうか。

 納得はできないが、少なくともシルレアの中では、それが当然らしい。

「そういえば、メェナさんに槍を教えたのも、先生だとお聞きしましたが」

「そうね」

「この双剣もそうですが、何故それほどお詳しいのですか?」

「んー……他人が作った技術形態に興味があったというか、覚えるだけの時間があったというか、理由そのものは大したことないんだけどね。これは私の癖なんだけど――基本的に戦闘をしようとすると、まず、相手に合わせるところから始めるわけ。大剣なら大剣を、槍なら槍を、同じ土俵で

 だったらそれは。

 もう最初から、相手よりも凌駕していることが前提じゃないか。

「剣なんかは、苦手分野ね。今でも折ることがあるから。そもそも、技の威力に耐えられる剣ってのが珍しい――ああ、安心なさいカナタ。そうなる前に、鍛冶屋の一人くらいは確保しておくから」

「確保、でありますか?」

「そう、ここで暮らす人員ね」

「じゃあ、集落っていうより、村?」

「いちいち逢いに行くのが面倒なだけよ。一応、あんたたち以外にも、それなりに戦闘ができる手合いも集めるし、そのうちリミから、訓練してくれってお願いがあるでしょうし」

「――あ」

「そうか、戦神のスキルが使えなくなったから、ですね」

「そうね」

「先生が殺したんですよね?」

「私は観察と、神を作った間抜けの封殺だけ。殺したくなるのを抑えるのが大変だったわねえ……」

「じゃあ、直接殺したのは、教官殿なんだ」

「二人だけ、でありますか?」

「ここから先、賢神かしこかみ系のスキル保持者が幅を利かすようになるでしょう? それがピークになったあたりまで、待ってあげるつもり」

「先生って、性格が悪――あだっ」

「あんたは一言多い」

 マヨイはうずくまって動かなくなった。これが本当に痛いのだ。

「とにかく基本を徹底なさい。応用なんてものは、実戦でいくらでも思いつくから。それと、攻撃と防御はどちらから思いついてもいいけれど、必ず逆を考えること」

「逆、でありますか?」

「そう。攻撃なら、それを防御するにはどうすべきか。相手じゃなく、自分よ。同じことをやられて、防御も攻撃もできないなら、それは習得とは呼ばない」

「諒解であります」

「それと、マヨイ」

「はい?」

「あんたには、針を渡しておく。威力と距離をまず考えて練習なさい」

「はい」

 渡された針は、シルレアが使っているものよりも太かった。

「棒手裏剣ほどじゃないけど、まあ、飛針とばりと呼んでる。長さと太さはそれぞれ違って、号数が太さ、番数が長さ。その飛針は標準的な、3番4号ね。さっき私が投げたのは、2番1号」

 見れば、確かにそれは細く、やや短い。

「ぎりぎり実戦で利用可能な小ささね。それと、だいぶ時間が作れるようになったから、マヨイには無手の接近戦闘術を教えてあげる。――えげつないから、私が許可した相手以外、仲間には使わないように」

「わかりました、けど、えげつない?」

「ん」

 ちょいちょいと、手で呼び、近づいてきたところで、左手で軽く頭を横から押しつつ、右手で腕を引き、ついでに足を払って転ばせた。

「んぇ!?」

「ごくごく簡単な体術でしょうに、何を驚いてるの」

「え、いや、なんか、――わかるのに抵抗できなかったから」

「あらそう。で、今のを実戦でやると、耳から鼓膜を殺して、腕をねじり切りながら、足を破壊するわけ」

「――げ」

「じゃ、早速やるから覚えなさい。カナタ、あんたも見ておくこと」

「諒解であります」

 さあ。

 地獄の始まりだ。


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