第10話 幼馴染との会話3

「――それで、冒険者とは話がついたの?」

「さあ、どうでしょう。下手を打てば問題が起きるだけですので」

 どちらでも同じだと言わんばかりの態度で、ジズエルは珈琲を傾けた。

「お嬢様たちは面倒が嫌いなんですよ。けれど、目的のために障害物を排除するだけでは、ただの災害と同じ。それをわかっているからこそ、最短距離でかつ、次善策を考えて、相手に配慮する方法を選択する。ただ、面倒だからこそ、二度目は許さないでしょうね」

「なんか……学校での騒動が、どんどん薄れてくんだけど」

「良かったじゃない」

「いいのかなあ」

「――で、目的は王宮ね?」

「おそらく、としか言えません。私も直接は聞いていませんし、それなりに時間がかかるだろうと、そう言っていましたから」

「ああ、学校は卒業する気なのね」

「今のところは、そのようです。ご両親の望みというのも、たぶんありますね」

「それ。それそれ。この騒動って、親御さんには連絡行かないの? 行くと思うんだけど」

「連絡が行っても、おそらく笑うだけですよ。――そうしろと、出立前に話されていましたから」

「最初から問題を起こす気じゃないの……」

「もちろん、それなりに警戒はしています。特に、どこかの誰かがご両親を暗殺しようなどと、行動に出た場合は、関係者の関係者くらいまでは全員、ひどいことになるでしょうね」

「ひ、ひどいことって、どんくらい?」

「一般市民までが、屍体の博覧会を体験できますよ」

「……あたしからも、進言はしとく」

「助かります」


 ジズエルとしても、こちらに来てまだ三日目で、これほど進展するとは思っていなかった。

 そして、彼女たちはこうなるだろうと、予想もしていて、現状はその予想から大きく外れてはいなさそうだ。

 ……いや。

 あるいは、そう思わせるほどに、状況への対応力が高いのか。


「あら、これまたタイミングが良いわね」

 小さく笑い、軽く手を挙げたリミは、しかし、そのまま大きく目を見開いた。

? ――まさかジズ」

「どうでしょう。偶然であることを祈りますか?」

 だとしたら、できすぎだ。

 そしてジズエルも、こういう偶然をここ数年で何度か見てきたが、本人たちからの返答は曖昧なものばかりで、確証を得ていない。


 反応してこちらに来たのは、ギルドマスターのサァコである。


「リミ? 珍しいじゃない、外に出てるだなんて」


「……災難だったようね、サァコ」

「いいえ、災難はたぶんこれから。えっと、どういう集まり?」

「あたしは学校の教員」

「昔馴染みよ、気にしないで座りなさい」

「そちらの男性は?」

「――はあ? ジズ、あんた、冒険者ギルド内で誰にも捉えられなかったわけ?」

「ええ、気配を隠していましたから、難しいかもしれませんね」

「うん?」

「災難の元凶の、執事よ」

「もっとも、冒険者ギルドは私のところのお嬢様ではありませんが」

「……まさか」

「そう、うちも被害は受けてる。受けた上で、彼女たちとは敵対しないと決めたわ。仕事の話で悪いけれど、冒険者ギルドがどう判断するのかは知らないし、意見はしないけど、全面戦争に発展するから気を付けなさい。私はやるわよ、あいつらを敵に回すくらいならね」

「正直、そこまで言える理由がわからない」

 本当に正直な人だと、ジズエルは微笑む。

「見ていただけでは、わかりませんよ。リミはその立場上、顔を合わせて言葉を交わせば、それを感じ取ることができますが――いえ、逆にそんな感覚があるからこそ、今の立場なのかもしれませんね」

「なによ、変人だって言いたいの?」

「そんなリミだからこそ、私も惹かれたのですよ」

「口説くなら夜にして」

「ではそのように」

 マーナは嫌そうな顔をしている。のろけ話を聞く趣味はないのだ。

「実際に、あるいは現実に、私でさえわからないことばかりです。しかし、では、その中でわかっていることは何か。それを考えた時、おそらくリミの感覚が最も核心に近い現実を捉えている」

「私も言語化できてないわよ」

「口に出せば、どうということはない現実です。ただ、それを聞くと――サァコさんの用事に、とても気が重くなりそうですが、大丈夫ですか?」

「そうだった、用事があったんだった。貴族連合からご招待、パーティをやるから参加どうぞって――私と、リミに」


 瞬間、リミから殺意に似た威圧が発生した。

 しかし、それは自制され、何事もなかったように消える。

 驚いたのはサァコだけだ。


「な、なに?」

「大丈夫、モーリー家を今すぐ潰そうかと思っただけ」

「久しぶりだねえ、リミのそれ」

「あら、昔のあなたほどじゃないわよ」

「ヤなこと言わないで」


 彼らは幼少期、貧民街で育った。

 子供だけで群れて、裏切りが日常で、一つのパンに群がるほどの飢えを経験し、飲み水のための雨を待つ日を過ごす。

 ジズエルは暗殺者として、スキルを見込まれて拾われた。

 リミは全体を見通し、時には非情な決断を可能としながらも、身内を裏切らない精神を買われた。

 マーナはどこにでも紛れ込み、諜報員として自分を捨てられるところを好まれた。


 ――今は、それらの立場からは脱却しているけれど。

 今でも貧民街では、彼らの話を口にすると、嫌がられる。


「それでジズ、話の続き」

「よろしいのですか?」

「聞かない方が不安だもの」

「そう難しいことではありませんよ。対峙しただけで、わかることはそう多くありません。けれど、間違いなくわかっていることもある。つまり、わかるのはそれが、敵対が、現実になった時なんです。けれど、それがわかった時点で、もう終わりなんです」

「なるほど、ね。やってみないとわからない。でも、やったら終わり」

「それを理解すると、足が止まる。おそらく正解でしょう」

「背負っているものの大きさもあるんでしょうね」

「どうしますか、リミ。長い付き合いを望むならば、それなりに私も手伝いますが」

「それ、私が望まない場合は、手を切れるものなの?」

「お嬢様は気に入られておりましたよ」

「詰んでるじゃない……」

 ジズエルは笑顔のままだ。

「ええと」

「失礼、ジズエルです」

「うん、ジズエル。社交パーティで、何が起きるの?」

「そうですねえ、私は予想しかできませんし、同行するつもりもないのですが……どこまで加減するのかは、ちょっと想像できませんね」

「――加減?」

「彼らが持っているのは、権力です。それを使い、冒険者や暗部の手を雇い、命じることが本分でしょう。もちろんそれ以外もありますが――さて、権力が通じる相手と、通じない相手。この二つの違いはなんでしょうか」

 それは。

「リミには通じやすいですが、サァコさんには通じにくい」

「拠点があるか否か、ね」

「それに付随する責任もです――が、お嬢様にはそんなもの、ありませんから。仮にその社交界の貴族たちが何をどう要求しようとも、通用しません。あるとするのなら、最悪の状況で――つまり、うちの実家を人質に取ることですね。いやあ楽しみですねえ?」

「頭が痛いわ……」

「それ、貴族がよくやるパターンでしょう?」

「だから、それに対してどこまで加減するのか。面白そうですが、私は参加しません。それに、あくまでもこれらは私の予想です」

 そこで、一息。


「実際にはどうですか、お嬢様」


 二つほど離れた席に声をかければ、珈琲を飲み干した彼女は、キーメルは、腕を組んでこちらを見た。


「さて、どうだろうな」

「――っ、あんた、いつから」

「いつ? おかしなことを訊くんだな、リミ。ここはお前とマーナ教員が集まる以前に、私とジズエルの集合場所だが」

 そちらのギルマスとは初見だなと、視線を投げられた。

「冒険者になるつもりはないが、資格があると何かと便利だ。シルレアだけでなく、私も顔を出すから、考えておけ。それとパーティに関しては、こちらの想定通りだ。これで黙らせることができれば、私たちの足場もそれなりに安定する。対応はシルレアに任せるつもりだが、ブラッディパーティにならんことを祈れ」

「お嬢様、ケッセの動きは?」

「さて、どうだろうな。重鎮に声が届けば、私たちもやりやすいんだが……どうにも、スキルを使えないだけなのだが、これを証明するのが難しい。そうだろう、ジズエル」

「ええ。お嬢様も本気で運動できないことに、不満があるのでは?」

「私よりもシルレアだな。お前は知っているだろうが、あれは感情的だ」

「そうですね」

「ふむ、ではリミ。二人のガキは、いつ逢える?」

「うちで確保はしてるわよ」

「では、パーティ前に逢おう」

「一応聞くけれど」

「なあに、まずはサバイバルだ。根性を確認してから、基礎を教え込む。一年も経てば、スキルに頼っている連中なんぞ、相手にならんくなる」

「ねえ、そこまで断言できる理由って、なに?」

「ギルマスとしての質問か? なに、貴様らはスキルを使っている気でいるが、使わされているだけだ。技術とは本来、得るものだ。貴様らは借り物を使っているだけにすぎん」

「……その意味がわかんない」

「そうだろう? だから、証明が難しいと言っただろう。だがな、お前たちはいずれ知ることになる。水を飲むのにコップで運ぶのと、スキルで呼び出すのと、二つの結果に違いなど、ありはしない」

 どれほどの言葉を並べても、それを受け入れるには、実感するしかないことを、キーメルも知っている。

 そして。

 リミとサァコは、それを目の当たりにするのだ。


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