第11話 社交パーティ

 十六人ほどのパーティを、果たして多いと呼ぶべきかどうか、シルレアとキーメルはよくわかっていない。

 立食形式で、雑談がメイン。挨拶回りが必要ないのは、彼女たちだけではない。貴族連合の中でもそれなりに顔を見る間柄なのか、彼らも挨拶をして回るようなことはなかった。


 注目はされている。


 部屋の隅にいるリミとサァコは、グラスを片手に様子を見守るが、会話こそないものの、誰しもがこの場に紛れ込んだ異分子、少女二人に意識を向けている。

 そして。

 当事者でもあるモーリー家の当主にも、意識が向けられていた。

 何かが起こると、それをわかっているのだ。


「こんにちは、リミさん、サァコさん」

「あら」

「ケイン、久しぶり。今日も当主のお付き?」

「ええ」

 おそらく、この場でもっとも年老いており、権力を持っている家名の――孫にあたるのが、このケインだ。二人も立場上、それなりに付き合いがある。

「こっちきていいの?」

「部外者だからね、私は」

 ケインは肩を竦める。

「実務はおじい様の仕事だ。私は知識を得るだけで、何もできないのが現状でね」

「あらそう?」

 柔和な外見に騙されてはいけない。

「てっきり、今日で片付けるつもりだと思ってたけれどね」

 この男は、頭の回る貴族だ。

「なんのことかわからないね」

「そう」

 さて、どうなることやら。

 できる限り、部外者でいたいものだ。


 料理は美味いが、しかし、護衛が多すぎる。

 誰もが騒動を耳にしているからこそ――か。


「――やあ」

 そして、始まりは彼から。

「うちの娘が、世話になったようだな」

「あら、あなたがモーリー家の? 気にしないでいいわよ――子供のすることだもの、感情的になるのは大人の対応じゃないものね。けれど、だからって許されるわけじゃない。ただ子供は、その教訓を生かせないだろうから、誘導は大人の役目よ」

「……、……なんだ、その反応は」

「なにが?」

「自分が悪いとは思っていないようだな?」

「筋は通してるでしょう? それに、やりすぎてもいない」

 シルレアは笑う。

「――大人が相手なら、容赦も必要なさそうね」

「貴様……」

「じゃ、そろそろ始めましょうか」


 シルレアが両手を合わせて、二度ほど叩くと、すべてのテーブルが頭上に上がり、広間の隅に積みあがった。次に椅子が一瞬にして消え、テーブルのそばに。

 残った一つに、シルレアは腰を下ろす。

 ちなみに、皿を片手に食事をしているキーメルの椅子は、動いていない。

 術式で移動させたのがシルレアならば、それを術式で防いだだけだ。


「さて、まずは用件を聞きましょうか。できれば本題を、結論から」

「貴様らの行動は目に余る、親を人質に取らせてもらった」

 応じたのは、杖をついたご老人である。

 ケインの祖父であり、貴族連合の中でも、上位三名に入る権力者だ。

「あら、なんのために?」

「脅迫、足枷、どうとでも言え」

「ふうん? じゃあ、あなたを殺しましょう」

「ふん……」

「できないと思ってる?」

「貴族全員を敵に回す気があるなら――」


 直後、老人の耳が飛んだ。

 何が起きたのかわからない。痛みが訪れるのが遅いのは、目の前の出来事への理解が遅いからであり――そして、周囲もまた、認識が遅れた。

 だって。

 シルレアは、椅子に座ったまま動いていない。

 キーメルはまだ食事中だ。


「敵に回す気がある?」


 シルレアは言う。


「親を人質に取った時点で、もう敵でしょうが。何を言ってるの?」


 そこでようやく、事態を理解して、周囲の貴族が老人のそばへ――そのざわめきを、シルレアの言葉が消す。


「ああ、ここにいる全員が同じことができるのよね? じゃあ、全員敵か」

 そうよねと、問いかける。

「だって、そこのご老人が心配で、近寄っているんだものね?」

「――ゲートル!」

「はい」

「このガキを殺せ!」

 ため息が一つ。

 けれど、何かを言う前に。

「おじい様、もうやめにしませんか」

「口を出すなケイン!」

「古いですよ、そういうやり方は」

「黙って見ていろ!」

「やれやれ……では、そのように。しかしゲートル、私からは、何もしなくていいと、伝えておくよ」

「……?」

「そうね」

 シルレアは、立ち上がって。

「雇い主が死ねば、従う必要もないでしょ。命じた人間が一番悪い」

 といっても、相手が老人とはいえ、簡単に殺すつもりはない。

「ほんと、面倒な作業よね。こういう見せしめは、私も好きじゃないんだけど」

 ゆっくりと、近づく。

 貴族たちは、その歩みを避けるよう、距離をあけた。

「ゲートル!」

「ふむ、では優しい私が抑えておこう」

 腰にある剣を抜こうとする手首を、いつの間にか隣にいたキーメルが掴み、ひょいと持ち上げるようにして、男を宙に浮かしつつ、仰向けになるよう床に落とす。

 その胸部に、足を乗せた。

「まあ見ていろ、お前にできるのはそれだけだ。いいか、目を逸らすなよ?」

 すでに結界が張られており、出入りは不可能。声も漏れなければ、覗き見もできない。


 ここに呼び出した時点で、もう、彼らは詰んでいる。

 相手にしなければ、こうはならなかったのにと、――後悔しても遅い。


「本当は王宮に出入りがしたかったんだけど」

 軽く足払いをかけて老人を転がしたシルレアは、まず、手の指を折るところから始めた。

「この展開だと、あんたたちを黙らせるくらいしか、成果がないのよねえ……」


 指から手、手首、腕と、順番に骨を折っていく。

 肩を砕いてからは、ナイフを取り出し、折った順番に切り落としていった。


 まるで、魚をさばく職人のようだ。


 だんだんと、悲鳴が聞こえなくなってきて、キーメルはため息を一つ。

「面倒なことだな。よくよく考えてみろ、私たちは親を人質に取られて、怒っているわけではない。親は子を守るものだが、この場合は逆だな。身内を標的にされたから、身内を守ろうと動いているだけだ。――では、貴様らが私たちにできることはなんだ?」

 問いかけは、果たして聞こえているのだろうか。

「金を奪う、立場を奪う、住居を奪う――どれも特に困らないし、現状が示す通り、私たちは報復できる。学校から追い出す? 結構、追い出されても困らない。だが、やられたらやり返す。ただそれだけのことだ」

 つまり。

「今後、私たちに手を出すなよ?」

「こんなクソ面倒なこと、二度はごめんよ」

 立ち上がったシルレアは、肩から先がなくなった老人を見下ろし、流れた血液と一緒に傷口も火で焼いた。

「まだ生きてるわよ? 利用価値、あるんでしょ?」

「――ご配慮、感謝します」


 そうして、彼は、ケインは両手を広げながら位置を代わった。


「さあ皆さま、おじい様の腰ぎんちゃく諸君、――これでようやく、権力にしか拘らないクソ貴族を一掃できる」

 その言葉に。

「本当にようやくだ……」

 発端であるはずの、モーリー家の当主も賛同した。


 それから続くクーデターの流れを軽く聞きながら、額に手を当てて考えていたリミは、近づいて来た二人に声をかける。

「もう帰るの?」

「用事は済んだもの」

「じゃあこれだけ。――順序は?」

「ほう」

「あら、成功かどうかは聞かないのね。順序はこれが一番最初」

「お前たちは同時進行だが、それ以前に裏帳簿などの証拠集めは済んでいた。もちろん、学校で騒動を起こした時には、ケインに話を通している」

「ある種の強迫ね。見ての通り、利益も用意したから」

「結果がこれだな。王宮へ行くのには、まだ時間がかかりそうだ」

「わかってたことでしょ。これで過ごしやすくなるから、いろいろできそうね」

「まったくだ」

 ではなと、軽い挨拶と共に出ていく二人を見送って、ため息が一つ。

「サァコ、私たちも行きましょ」

「え、あ、あ、うん……」

 ――まったく。

 これだけのことをしておいて、彼女たちは気負ったところがない。

 まるで、ただの日常だと言わんばかりの態度だ。

 関わったが最後、か。

「……化け物」

 ああその通り。

 サァコの見解は、まさに、あの二人のことを正しく表現していた。


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