私が好きな先生の好きなもの
私は先生が好きで、先生は私の波形が好き。だから、放課後になると理科室へ先生に会いに行く。
理科室の扉を開くと先生は眉一つ動かさずに「来たね」と一言。もう少し嬉しそうにして欲しい二割、そういうところがかっこいい八割。ああもう好きって感情が喉元から出かかったので慌てて口元を抑えて、少し駆け足気味にマイクに近づいて、溢れ気味だった思いを歌にして吐き出す。今日はラブソングを歌おう。とびっきり甘々のやつ。
ひとしきり歌って私の気持ちも少し落ち着いた。先生はパソコンをかたかたさせながら満足そうに頷いている。先生は声の波形を眺めるのがとっても好き。いわゆるフェチってやつ。かなり変態チックだけど、私の波形を見るときだけご機嫌でにこにことしている先生が、普段の仏頂面とのギャップもあってとても可愛くて好きだから気にならない。
私の声の波形が先生の性癖にとても刺さった理由は知らない。だって、先生の説明を真剣に聞こうとしても頭に入ってこないんだもん。整えられていない無造作な髪が個性的で素敵だなとか、シュッとした顎のラインが綺麗だなとか、波形の話をするときだけ少年みたいに目が輝いて可愛いなとか、そんなことしか考えられなくなる。仕方ないよね恋してるんだもん。
でも、先生はそんなこと気にせず夢中に話してくれる。多分、先生は私の波形に恋してるんだろうなって思うと結構ジェラシー。波形じゃなくて私を見て欲しい。自分で言うのもなんだけど、結構可愛い方なのに。おしゃれにも力入れてるし、最近は美容に気を使うようになったし、そして何より女子高生っていう圧倒的なブランドまである。なのに先生ったら、髪型変えたのにも気づかないくせに、波形を見て「喉の調子悪い?」とか言ってくる。もっと気づくところあるでしょ、この鈍感。でも好き。大好き。
そんなに良いのかと、私の波形を見せてもらう。でもやっぱり何がいいのかさっぱりわからない。私のなんかより先生の波形の方がよっぽどチャーミングだ。
「そんなことはないよ」
先生は少し呆れたように言った。
「じゃあ、私と先生の合わせたらどうなるの?」
私が好きな波形と先生の好きな波形が合わさったら、二人とも好きな最高の波形になるんじゃないかと思った。
でも、先生は首を横に振った。
「ちょっとでも変わってしまうと駄目なんだ。それに僕たちのは合わせた方がむしろ悪くなるんだ。うん、今の君のが良いんだよ」
残念だけど、今の私が良いと言われると悪い気はしない。むしろ嬉しい。思わず「好き」って言いそうになる。でも、我慢。先生に迷惑かけたくないから。
そうやって、私は恋心を抑えながら先生とあっていたけれど、好きって気持ちはどんどん溢れていって、私の体が爆発寸前になるくらい先生への「好き」でいっぱいいっぱいになってしまった。もう、無理。
気づいたときには先生にキスをしていた。でも、唇の感触とか唾液の味とか全然覚えていない。私の意識は少し離れたところでキスをしている私達を見つめて、「あーあ、やっちゃった」と冷ややかな視線を送っていたから。
先生は何も言わなかった。照れも怒りも驚きもしていなかった。いつもの能面のような無表情で、私はどうしたらいいのかわからなくなって、理科室を飛び出した。やっぱり先生は私のことなんかどうとも思っていないんだってはっきりとわかってしまった。先生は何もしていないけど、何もしていないから振られたんだってわかった。
次の日、気まずい思いをしながら理科室の扉を開けると、先生は眉一つ動かさずに「来たね」と一言。まるで昨日のことなんてなかったみたい。そっちの方が私としても良かった。先生と結ばれないなら、せめて先生との時間だけは変わらず過ごしたいから。
でも、駄目だった。先生はいつもと変わらないはずなのに、私もいつもどおり振る舞っているはずなのに、ボタンをかけちがえたみたいな違和感があって、好きって気持ちがなくなってしまっていく。
ああ、「ちょっとでも変わってしまうと駄目なんだ」ってこういうことなんだ。
私はもうここに来ることはない。だって、先生は私の波形が好きで、私は私のことも好きかもしれない先生が好きだったから。
もう、好きな人はここにいない。
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