閉店

弱い人だった。

自分の弱さを人のせいにして可哀想な自分が好きな人だった。


「妹が鬱で死んじゃって。俺も希死念慮あるから辛いんだ。でも結ちゃんと話してるとすごく楽しい。」


閉店後、レストランの締め作業をしながら店長は言った。その日はたまたま予約でいっぱいで、団体客も多くて、いつもよりも暗い夜だった。


窓から見下ろすと飲み込まれそうな暗闇に街灯が一筋の線を光らせていた。今の店長にとって私はあの街灯なんだろうと薄ぼんやり思った。左手のダスターの冷たさで職務を思い出す。またテーブルに目を落とし汚れを拭いた。幸い横目で見た店長は背中を向けながら作業をしていた。私の束の間のサボりは気づかれなかったようだ。


2階のファミリーレストランには似つかない静寂と機械音だけが残って妙に心地よかった。つい店長の独白を忘れてしまうほどに。


「ごめんね、忙しくて疲れてるのに変なこと言っちゃったね。」


レジ締めを終えた店長がじゃらじゃらと硬貨を仕舞いながら言った。声に反応して顔を上げると視線がぶつかった。


好意的な目をしていた。たかがアルバイトの大学生に。体温の混ざった生ぬるい視線だった。


幼い子供に見えた。縋る先がなくて迷子になってしまった小さな男の子なんだと分かった。


「店長。私今日で辞めます。」


「え、どうして。」


反射で出てしまったものは仕方がないからダスターを置いて、バックヤードのロッカーに向かった。荷物を取って、制服も着替えないままフロアに戻る。


店の入り口から立ち尽くす店長に声をかける。


「店長!」


「結ちゃん急にどうしたの、俺」


「私、店長のこといい人だと思ってます。だからこれ以上店長のこと可哀想な人って思いたくないので。お疲れ様でした。」


弁明か釈明か、どっちにしろさして興味はないから遮って最後の挨拶を残した。


ピンポーン


営業は終わったのに入店音が虚しく響いてビルを出た。


可哀想で惨めでどうしようもない可愛い人。

救って、なんて目で言わないでほしかった。ちゃんと言葉にできる勇気がある人だったら、いくらでも教祖になって孤独の地獄に蜘蛛の糸を垂らしてあげたのに。


ヘッドフォンをつけてロックバンドを歌わせる。


セックスじゃなくて愛が欲しいってちゃんと言えばいいのに。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傷跡 五丁目三番地 @dokoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ