「好きです。付き合ってください。」


 卒業式の日、散りかけた桜の木に挟まれて告白されたあの日をきっといつまでも思い出すだろう。

王道の告白シーンだ。妄想で何度も思い描いた景色が実際に起こっている。

高校のマドンナ。マドンナという表現も古臭いが、それくらい多くの生徒、先生に愛される人間だった。愛嬌も可愛らしさも申し分ないほど足りすぎている桜子に告白された運命の日だった。


3月8日、レミオロメンには一日足りなかった。


 肩までの黒髪が靡いて、少し潤んだ瞳でじっと僕を見つめる頼りなさそうな顔が可愛くて、僕が守らないといけないと思った。一人っ子の僕が誰かを守らないといけないと思ったのはあの日が初めてだった。


 桜が散って、夏が来て、僕らが進学して少しだけ大人になっても、桜子の愛らしさは変わらないままで、僕だけが大人の階段を登り続けるような感覚に襲われていた。いつまでも変わらない桜子を少し怖いと思った僕がいた。


年月が経っても桜子は美しく、あどけなく、永遠に少女のような愛おしさを纏う存在だった。


僕が社会人になってもスマートフォンの待ち受け画面に映る桜子は美しいままで、僕の時間だけが進んでいった。


暖かい春の日差しの中、桜子と昼寝をしたあの狭いワンルームも、暑い中アイスを半分こしあった夏も、少し秋めいた季節に散歩をしたことも、冷たい風に吹かれ、身を守るように二人で急いで帰った日も嘘じゃないと思えるくらい鮮明に思い出す。


「ごめんね。」




電子音が響く。

「心拍音上昇!心臓マッサージは続けてください!」

薄く開いた目で状況を確認する。慌ただしく動く看護師と医師。心配そうに僕の手をにぎる、母親…… ?


どうしてこんなことになっているんだろう、桜子はどこにいるんだろう


「さ、さくら、こは、どこ」


途切れ途切れにしか出てこない言葉が、いかに僕の喉が動いていなかったか実感させられる。乾き切った喉から出る名前は、嘘でなく真実であるはずなのに、桜子の姿は見えない。動かない腕と足の痛みが現実を思い知らす。


どこに、永遠を誓った桜子はどこに。


体の疲れに耐えきれず、瞼が落ちていく。


「SAKURAKOウイルスに感染した方で目を醒ます男性は特に珍しく……。」


医師の声が最後に聞こえた。ような気がしただけかもしれない。




桜子は隣で微笑んでいた。冬の雪に似合わない徒桜が咲き誇る中、手を握って公園のベンチに座っていた。


「私が怖い?」


泣きそうな顔で僕に訴えかける。怖いはずがない。僕は目の前のか弱い女の子を笑わせたくて、楽しませたくて仕方がないのに。


「そっか、優しいんだね^^^^くんは。」


自分の名前も思い出せないほど桜子との時間が大切で、このまま永遠になればいいのにと思う。でも、でも何かおかしいことに気づく自分もいる。


冬の寒さの中、桜が咲き誇ることがあるだろうか。桜子とは一体いつ出会ったのか。この公園はどこなのか。自分を待つ人間がいるんじゃないだろうか。


「どうして私以外の以外のことを考えるの……?」


桜子の不安な顔が見える。



目を覚ます。


点滴に繋がれ、心電図が見える。母親が泣いている。


「ごめんね、ごめんね。」


涙を流す両親に驚く。


今までの思い出は嘘で、ウイルスのせいで見た夢だったと知る。


徒桜の中、微笑む桜子を思い出す。夢であったと言われても信じられるほど美しい彼女だった。


こちらこそごめんなさい。




きっと桜子が待っているからまた早く飛び降りないといけないのだから。

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