ラッキーストライク

 自分は未練たらしい人間だと思う。ついでに言えば面倒な人間である。他人に反対される恋愛ほどのめり込んでしまうし、自分の理解者は彼しかいないと思い込んで生きてしまう。離れてすぐは寂しさで潰れそうになるくせに三ヶ月もすればコロリと忘れてしまう。


 話を今に戻すとしよう。今現在がその寂しさのピークである。心臓が早鐘を打ち、体が冷えては暑くなる。今も玄関の鍵はかけてもドアロックはかけず、恋人の帰りを待っている。今日は帰らないと宣言されたことは覚えているのに期待して縋っているのだ。明日のデートの予定は些細な失敗で消え失せた。作られるはずだったしょっぱい卵焼きと鮭のおにぎりは私の頭の中で浮かんでは萎む。外階段を上がってくる足音が扉の外から聞こえてきたらいいのに。彼が置いて行っていたはずの洋服たちは彼の背中を追って帰ってしまって、嫌に空っぽな部屋に成り果ててしまった。あまりに長く一緒にいたから自分の半身がすっかりいなくなったみたいだ。


 あなたがいない間に野良猫と少し仲良くなったよ。会社の上司が私に間違えてあなた宛の書類を渡してきたよ。あなたが好きそうなミカンのお酒見つけたんだ。買おうとしたけど2度と一緒に飲めないかもしれないことを思い出して棚に戻したよ。いまだに指輪もブレスレットも外せてないよ。

 こんなメッセージを打って送信ボタンを押しかけた。数分迷って、やっぱりやめる。なんだかしつこい女に成り果てたようで自分が気持ち悪くなった。


 「早いうちに引っ越すべきだな、うん。」


返事がない部屋で独り言をわざと大きく言ってみる。決意は強く、愛情は深く。おばあちゃんからの教えである。彼を思い出す時間を減らしていく。


 思い出の中の愛情はすでに腐り落ちて縋っても意味がないことを思い出す。それでも過ごした時間は正しく存在していた。間違えた選択を思い出す。いくつもの分岐点で彼を傷つけたこと、傷ついたこと、それでも幸せだったこと。切り捨てて先に進む覚悟と寄り添って傷つく覚悟のどちらが大きいのか考えては諦める。でも今日はたくさん働いたから眠る選択肢を取ることにした。


 きっと夢の中でも考えてしまうんだろう。


私の柔らかいところの寂しさに寄り添ってあげるために、寝る前の一服には彼が残したタバコを選んであげた。茶色いフィルターに唇をつける。私怨を込めて吐いた紫煙は窓の隙間からするりと逃げた。

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