Divorce me

 決していい付き合いじゃなかった。胸を張ってそう言える。


 僕の一目惚れから始まった。白い肌、肩までの黒髪、ぱっちりした目。利発的な笑顔が可愛かった。最初は外見だけだった好意は内面にも及んで付き合うまではあっという間だった。今思えばそこが幸せのピークだったように思う。


 初デートでも旅行でもバイト終わりに会っても彼女は可愛かった。笑う顔が、怒る顔が繋ぐ手の体温すら愛おしいと感じた。夜一人で眠る前、愛おしさと幸せで苦しくなる。そんな幸せをずっと続けたくて必死だった。僕の好きはだんだん一方通行になった。

 好きへの正しい返答はありがとうなのだろうか。


 喧嘩が増えた。彼女にも事情があったが、酒に酔うたび態度は変化して口論になる。酔いが覚めれば謝るがまたその日のうちに飲んで喧嘩を繰り返す。酔った時の暴言は時たま心を抉る。もうやめてしまおうかと思うたび、彼女の潤んだ目が射抜く。

「愛してるよ。」

そんなことを言われたら、僕だって愛しているのに。タイミングがずるいのだ。あなたが放つ言葉は酒に酔わされた心にもない言葉なのか、それとも本心からの言葉が酔いに後押しされて流れ出ているのか。ならば毎回の愛しているが嘘になってしまう。彼女を信じていたかった。


 彼女は加減を間違えた。いつもの喧嘩のはずだった。愛している、が少し遅かった。僕だって耐える限度はある。いつもの喧嘩で終わらせて明日も同じ1日を繰り返そうと思わせないほどの言葉だった。期待するのをやめた。


 居心地が悪くなった。会っている間もメッセージを交わす間もヒビの入った氷の上で割れてしまわないように恐る恐る立っているような、お互い顔には出さないがピリついた空気が常に漂っていた。楽しくなかった。本当はこうなりたくて喧嘩を繰り返したのだろうか。もっと良い二人になりたくてずっと一緒にいるためのぶつかり合いだと思っていたのにそれすら違っていたのか。もう信じられなくなっていた。


 最後に会ったコーヒーショップ。彼女は静かに言葉を待っていた。

「また繰り返すでしょ。もう僕疲れちゃった。ごめんね。」

こんなこと言いたくなかった。ずっと一緒にいたいと思ったあの日の僕と彼女から離れたいと願う僕ではあまりにも多くのことが変わってしまった。彼女の手の震えがテーブルから伝う。今日に限ってお揃いのブレスレットをつけるのか。あげて以来、今日まで付けてこなかったくせに気持ちの表れだと言いたいのだろうか。

「そうだね。ごめんね。疲れさせちゃったね。」

眉を下げて困った顔で笑う。

あぁ、可愛くない。あんなに愛しいと思っていた目の前の女性になにも思えない。脳の中心がすっと冴えて冷えていく。そうだ。僕は疲れたんだ。振り回されることに愛情は思うように返してこないくせに、不必要な悪態ばかりついて僕を蔑ろにした彼女が憎くて仕方がない。変わったのは彼女ではなく僕だ。だがそんな僕に変えたのは彼女だ。今こんなに僕の気持ちを苦しめる彼女はたった今から僕の愛を失う。


「愛してたよ、あおいちゃん。」


 顔が上がり、目が合った。彼女は泣いていた。黒髪の毛先を濡らし、頬を使って流れる涙はいつかの僕と同じものだ。後悔して泣き喚けばいい。僕からの愛情を惜しんで縋ればいい。それでも僕は帰らない。彼女からの愛情が振り回すことだと気付いたから、僕もそれに則って伝えていこうと思う。大嫌いだ。憎むことを愛だと教えてくれてありがとう。

 バイバイ、さよならお元気で。ホットコーヒーの湯気はもう揺れ去って消えていた。

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