殺意
ああ、だめな日だ。
カフェでコーヒーを飲んでいるとき、コンビニ帰りの夕方、朝駅に向かう道中。
ランダムに残酷にその予感は訪れる。
やって来る間隔は分からなくてもやってきた感覚は分かってしまう。これは私にしか分からない。
この殺意を受信した日は前の殺意以来止めていたたばこを買って、意識が落ちる量のアルコールを買い込む。両手にずしりと響く三円の価値があるビニール袋を持って帰路を急いだ。ただの資源ごみにも価値がつけられる世の中であたしにはいくらの値札が張られるんだろうか。
葬式でおでこに値札が張られたあたしの前で焼香する母親の顔が見たいと思った。空っぽの胃に7パーセントのアルコールがしみて、たばこの煙が肺に届くまでゆっくりゆっくり吸い込んだ。二缶目、三缶目でピンク色に髪を染めたシンガーソングライターの曲をかける。
「今までのウソ 全部ばれても あたしのこと好きでいてね」
ひどいわがままだと思う。それでもあたしが今まで吐いてきたウソは到底好きでいて、なんて縋れるほどかわいいものじゃない。
もう七年前になるのに義父としたセックスが脳内をえぐる。雨の音と揺れる緑色のカーテンが鮮明に映る。
「ママには内緒だよ。」
中学校三年生の4月、あたしは殺された。母のハイヒールの音が響いて赤い靴底が嫌いになった。男の怒鳴り声で今でも涙が出る。
悔しい。どうして加害者は数年で世間になじんで生きていけるの。
15歳のあたしが泣いている。大丈夫じゃない。大丈夫になりたいのに。
どうしていつまでもあたしが引っ張られらなくちゃいけないの。
ピントが現在に戻る午前三時。消したままのテレビに映るあたしは中学校の制服は着ていないし、太ももに手は置かれていない。そこにあるのは空き缶と泣きはらした目の22歳のあたしだけ。少し平静を取り戻しても、思うのは殺意。
あいつが死ななきゃあたしは幸せになれない
あたしは死にたくない。それならあいつを殺すしかない。本当に刺し殺したらあいつのせいで捕まってしまうことすら悔しくて悔しくて泣けてくる。雨が降ると外に出られないのも離れるためにわざわざ引っ越したのも全部、あいつのせいなのに。
一生解決しない苦しみと殺意が蠢いて全身を駆け巡る。最後のアルコールで流してとどめて落とした。明日も生きていかなくちゃいけない。泣いて叫んで飛ばして消してそれでも何か月か後には発作みたいに苦しむ。
誰も救えないならあたしがあたしを救うしかない。
「あー。殺す。」
いつまでもゴミに引っ張られるわけにはいかない。いつかあたしがあいつを殺せるまで生きてやるしかないのだ。
落ちていく意識をかろうじて留めながらベットに倒れる。緑色のカーテンが夢に出ないことを祈って眠る。
葬式であいつのおでこに三円の値札を張って終わりにするんだ。その日の夢には入学式で笑うママがあたしに手を振っていた。
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