傷跡

五丁目三番地

なんて贅沢



午後21時30分のスーパー。赤と黄色の安売りシールが貼られたお惣菜を手に取って気に入ったものからカゴに投げ入れる。菓子パンもアイスも緑色の買い物カゴに溜まっていく。蛍の光が流れ始めた店内で会計を済ませ、帰り道を急いだ。右手にパンパンのビニール袋が2つ。重心は右に傾いたまま、早歩きでマンションへ。エントランスホールを走り抜けてやっとの思いで我が家の玄関にたどり着いた。両足で靴を脱ぎ捨ててリビングまで一直線。ソファに食料を置くとボスンとクッションが凹む音がする。服を脱ぎ捨ててパジャマに着替えて冷蔵庫から2リットルの天然水を取り出しテーブルにセットすれば準備は完璧である。テーブルの上にスナック菓子、ドーナツ、クリームパン、牛乳、カップラーメン。パズルみたいに隙間無く並べて写真を1枚。

「いただきます」

 一人暮らしの家に返事のない声が広がる。テレビには駆け出しの芸人がバラエティーで爪痕を残そうと頓珍漢な返しで必死になっている。くすりとも笑えないままスナック菓子が空になる。食べる、よりも詰めるに似た作業を私は今日も続けている。菓子パンに手をつけて牛乳で流し込む。甘い味に飽きると半額シールの貼られたお惣菜を咀嚼してまた菓子パンの袋を開けた。食物が胃の入口まで上がってくると吐き気が湧き上がってくる。ゴクリ、ゴクリ、水をパンパンの胃に水を入れる。吐きダコの消えない左手を突っ込んで嘔吐反射を促すとさっきまで美味しく噛んでいた食べ物たちが吐き出されていく。あれはクリームパン、これはアイス、カツ丼も目視で確認できた。また水を飲んで吐き出す。涙と鼻水がダラダラと顔を汚していった。呼吸が荒くなる。こんなにしんどいのにまた食べて吐いて苦しくなることを繰り返してしまう。

「バカみたい……」

トイレの床に座り込んで慰めのない独り言を呟いた。頭では分かっているはずなのに。結局閉店間際のスーパーで金を使って吐いて無駄に自分を傷つけて虚無感に襲われる日々から抜けられない。

「はぁ。」

トイレの扉を開けてリビングへ戻ると駆け出し芸人は体を張って笑いを誘っている。テーブルに食べ散らかしたゴミが私に似て惨めに見えた。明日も仕事だし、朝は来る。きっと体重は増えている。それでも死ぬ訳には行かないし、醜い体じゃ生きていけない。腫れて赤くなった吐きダコが私を笑っているように見えた。低血糖でクラクラして眠気がどっと押し寄せる。ベットに倒れ込んで一日がやっと終わっていく。明日も同じことの繰り返しだと知っている。それでもいい。食べものだけが私を癒して私を殺す。いつか死ぬなら好きに食べて吐いて苦しんで、それから、それから。また明日も生きていく。

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