開かれないアルバム

宮埼 亀雄

第1話

 引越しもひと段落して、新居のハンギングチェアに座り部屋の中を眺めるあたし。

 二階建て新築アパートのおしゃれな飾り窓からは遠く、街の明かりが観える。


 この椅子はアンティークショップで一目ぼれした品。あたしがおばあさんになるまで大事に使いたいと思った一品。


 だって歳をとり、何もしなくてよくなった時、この椅子に座り、フワフワと宙を漂いながら、読書するのって素敵なことだと思わない?


 そんな幸せ、数年前までのあたしには想像もできなかったんだもの。





 あたしは小児ガンだった。


 高校に入学する前から症状が現れはじめ、入学後も一向によくならないことから、病院で検査して小児がんであることがわかった。



「このダンボールで最後だよ」

 そう声を掛けたのはあたしの旦那様。


 医療従事者だから、あたしの病気のこともよく理解してくれている。

 あたしは本当に幸せ者だ。





「このダンボールって、前から大切なものを仕舞ってあったヤツだよね?」

 そう言い、一緒にダンボールの中を整理し始めると、懐かしい物達があたしを入院中の記憶へといざなってゆく。


「懐かしい~」

 入院中使っていた教科書やノートはあの頃の思い出と何も変わらない。

 あたしはこんなにも変わったというのに。あたしが古くなった分、ノート達も少しくたびれた感じがするけれど。


 そんな中から旦那様がボール紙の箱に入った本を取り出した。

 それはアルバムだった。


 あたしは、はっ! とする。






 旦那様が無造作にページをめくっている。


 それをあたしは咎めた。

「勝手に見ないで!」


 一瞬彼の動きが固まり、アルバムは箱へと戻された。

「ごめん」


 何故そんな事を言ったのか? 原因は全てあたしにあるというのに。それを全て受け入れてくれる旦那様の優しさに心の中で感謝する。





 病気で入院することになったあたしは、大きな総合病院の院内学級に転入することとなった。


 昔は不治の病と言われていた小児ガンも、今では七十パーセント以上の割合で完治可能だと、お医者様も言ってくださった。医療が進歩し、薬も良いものが開発されて、生命力が強い若年者には効果が期待できるのだという。


 しかし後遺症や、青春の大事な時期が長期治療となり、入院生活も長くて、例え完治しても、人生に暗い影を落とす記憶となることには変わりない。


 退院しても人生はそののちも長く続くのだから。





 どうして、あたしにこんな不幸が降りかかったのか?


 誰しもが通る道らしいけれど、あたしも入院して暫くすると心が重く沈み、死ぬことばかり考えるようになっていた。


 そんな時だった。彼女と出会ったのは。

 彼女はそう、小夜子と言った。苗字は残念ながら思い出せない。


 院内学級は学級とはいっても、年齢はまちまちだった。学級内に居る同じ歳の子は小夜子ちゃんだけだったから、あたし達はすぐに仲良くなった。





 あたしの名前、加奈子をカナと小夜子をサヨと呼び合い、時間があれば二人でおしゃべりばかりしていた。治療の苦しさや、将来への不安をきっと二人は紛らわせていたのだと思う。


 サヨちゃんには少し我侭な所があり、よく世話に訪れる母親に怒っている所を見かけた。

 だけどそんな気持ちもわかるのだ。


 薬の副作用、からだの不調、それに負けるものかと振り絞る気持ち。その連続。そんなものが虚しくなる瞬間。頑張るしかないのに、頑張れない自分にイラつく瞬間。


 治療で会えない時も、病室が離れていた時も、メールで話していたあの頃。





 やがて治療が順調だったあたしの退院の日が決まり「先に退院して待っているからね!」そう励ましたあの日。「退院したらまた一緒に遊ぼう!」とサヨちゃんは言った。


 病院職員の方々が手作りしてくれた退院祝い。嬉しかった。

 入院中の、院内学級で学んだ日々を記録してアルバムにしてくれていた。辛いことがあっても、この頃を思い出して頑張ってね! と寄せ書きには書かれている。サヨちゃんとあたしが並んで写った写真は二人ともとても病人とは思えない、馬鹿みたいに明るい表情をしている。





 あたしは退院するとすぐに復学した。

 でも現実は厳しい。

 病棟は患者のペースに合わせてみんな動いている。時間は決められてはいるが、忙しく片付ける必要などないからだ。決められた時間を待つのが患者としての、社会との唯一の接点なのかもしれない。


 今にして思えば、明らかに一般社会とは異質な空間だったと感じる。





 退院したあたしは、せせこましく動く人、自分中心に行動する人たち、そんな元気なのが当然の世界で異邦人になっていた。

 誰もあたしに気を掛けてくれない、誰もあたしを病人などとは思わない。


 暫くしてあたしは定時制高校へと転入した。元気が普通の人達に付いていけなかったからだ。



 定時制には色々な人が居る。働きながら勉強している人、昼の学校をドロップアウトした人。あたしのように、元気な人達に付いていけない人。


 そこで彼と出会った。彼の気配りはあたしを癒し、彼の優しさがあたしに安心を与えた。そしてあたしに頑張る勇気を与えてくれた。





 その頃にはもうサヨちゃんとの連絡も途絶えていた。普通の人たちに付いて行けるように、あたしは頑張っていたし、あたしは普通の人なのだと思いたかった。


 病院は暇なのだろう、ひっきりなしにメールが送ってくる。今日は何の検査だったとか、新しい抗がん剤の副作用がキツイとか。そんな、あたしにはもうどうでもいい話題でメール欄が埋まっていった。


 あたしは早く解放されたかった。病気からも、病院からも。サヨちゃんからも。

 だからサヨちゃんに、『ごめん、あたし忙しいからもう返事できない』そんな酷いメールを送ってしまった。





 やがてサヨちゃんからのメールは来なくなり、あたしの心のどこかには確かに、清々せいせいした気持ちがあった。

 でも本当は、『サヨちゃんのこと、忘れてないよ』そんな言葉を掛けてあげればよかったと、後悔のような、心に引っ掛かるものもあったのだ。なのに何故、その言葉をサヨちゃんに伝えてあげられなかったのか。


 あたしが、あたしの旦那様のように、人の気持ちを優しく受け止められる広い心の持ち主だったなら、サヨちゃんにもきっと、その気持ちを伝えてあげられただろうに。





 あたしだけが退院し、あたしだけが普通の生活に戻った。

 なのにあたしはサヨちゃんの気持ちを察してあげられなかった。

 サヨちゃんの気持ちは、あたしも痛い程わかっていた筈なのに。

 我侭なのは、あたしの方だ。あたしは優しくない。あたしは他人を傷つける。





 突きつけられた現実に耐えられないあたしは逃げた。旦那様が与えてくれた、幸せの中に逃げ込んでいた。

 それ以来サヨちゃんのことは、忘れようと努力していた。アルバムも仕舞いこみ開きたくなくなっていた。





 あたしは定期的に検査を受けている。病気の後遺症と経過観察の為だ。


 久しぶりに訪れた病院で、その時なぜだか無性にサヨちゃんに会いたくなっていた。

 あの時のことを謝ろう、あたしはどうかしてたんだと、許してくれるまで何度でも。そうすれば胸のつかえも下りるに違いないと思っていた。


 そんな淡い期待を懐いていたあたしは、ナースステーションへと急いだ。いつもお世話になった、見慣れたエレベーターを降りると、広い廊下に何人かの患者さんが居た。あの頃のあたしのように、ゆっくりと歩いていた。


 そしてお世話になった看護師さんたちは、あたしを暖かく迎えてくれた。医療従事者にとって、元患者の元気な姿はきっと励みになるのだろう。


 あたしは、婦長さんに「サヨちゃん元気ですか?」と、元気に尋ねてみた。

 あたしの言葉に、初老の婦長さんの顔が少し困惑していた。





 あたしが連れて行かれたのはICU(集中治療室)だった。

 あたしの退院後もサヨちゃんの治療は続き。改善がみられぬまま症状が悪化して、今では重篤な状態となっていた。


 遠くから眺めることしか出来ないあたしに、サヨちゃんが気付いて何か話し掛けてくれないだろうか。痩せ細ろえた手であたしに手招きしてくれないだろうか。優しくなかったあたしを許してもらえないだろうか。その時のあたしにはそんな妄想じみた願いしかなかった。あたしには何も出来なかった。





 生存率が上がったとはいえ、帰らぬ人も居る。後遺症に苦しむ人も居る。それなのに、それをよく知っている筈のあたしがサヨちゃんに優しくできなかった。この後悔は、あたしの一生涯続くことだろう。

 サヨちゃんに許してもらえなかったあたしは今もまだ、アルバムを開けないでいる。正直な気持ち、あたしはアルバムを見るのが怖い。サヨちゃんの笑顔を見るのが怖い。その横で満面の笑みを浮かべているあたしを見るのが辛い。


 こんなに仲良しだったのに、病気が治ったとたん心変わりするあたしという人間が怖かった。あたしという弱い人間に無性に腹が立った。





 明日また病院へ行ってみよう。ICUの中に入れなくてもいい。外から願うだけでいい。サヨちゃんに「ごめんね」と願うだけでいい。





 次の日病院へ行くとサヨちゃんのお母さんも来ていた。

以前よりも少し小さくなった気がするおばさんは、久しぶりの再会だというのに、あたしを覚えていてくれていた。

 そして言うのだ。「来てくれてありがとう。小夜子ね、カナちゃんのことばかり話していたのよ。あたしも早く良くなるからねって」それを聞いてあたしは余計に辛くなってしまった。


 サヨちゃんは優しかったのだ。こんなあたしのことを友達と思っていてくれていたのだ。


 おばさんにだって辛く当っていたんじゃない。甘えていたのだ。この地球上でたった一人甘えられる存在に。





 おばさんが病院に頼んでICUに入れてくれた。家族以外は入れない場所に。

 やつれ痩せこけたサヨちゃんに、あたしはただ涙を流すことしかできず声が出なかった。


 そんなあたしにサヨちゃんは酸素マスク越しに「会えて嬉しい」と言ってくれた。あたしにはその言葉で十分だった。


 それからのあたしは、出来る限りサヨちゃんに会いに行くようになった。

 わたしにはサヨちゃんの顔を見るだけで十分だった。





 サヨちゃんはもう居ない。

 結局謝る事はできなかったけれど、あたしは今日もアルバムを開く。

 サヨちゃんと再会する為に、「ごめんね」と言う為に。


 何度でも。


〈了〉

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