第9話 動き出す陰謀2

 日が沈み、遠くの空に橙色の光がわずかに差し込み、夜の帳が降りる頃。


 キャラバンの商売はひとまず終わり、眠りにつくものも多かった。


「じゃあまず先に、君の名前を聞いてもいいかな?」


 アストライアは少女の気を急かさないよう、穏やかに尋ねる。その隣にはグレゴリーと、まだ夕食のパンを食べているカインがいる。

 栄養も取ってすっかり落ち着いたエルフの少女は、ゆっくりと話を始める。


「名前……は、ない。は、検体あるふぁって呼んでた。」

「検体α……?」


 アストライアは少女の口から発せられた奇妙な言葉を反芻はんすうする。


「あたし、ずっと狭いところにいた。それで逃げてきたの。外に出たの、これが初めて。」


 そんななか、


「あの人たち?」


 カインが口を開く。

 少女はこくりとうなずくと、話をつづけた。


「人間の男の人。あたしにいつもお仕置きしてくる。」

「“たち”ってことは君のほかにも何人か同じ状況にある人たちがいるってことかい?」


 グレゴリーがそう尋ねると、少女はこくりとうなずく。

 するとグレゴリーは身を乗り出して質問をつづけた。


「その人たちは………【エルフ】かい?」


 カインはパンを食べる手を止めた。


 少し間を置いた後、少女は質問に対して再び肯定のうなずきを返した。


 カインの脳内にある言葉が浮かんだ。


 『エルフ狩り』。


 ―――ひょっとしてそのエルフたちって………


 カインがふとアストライアに目を向けると、彼はカインの思っていることを分かってか、首を縦に振った。そしてそのまま言葉をつづけた。


「みんながどこにいるか、わかるかい?」

「それは―――」


 少女が答えようとしたその時、家の扉が勢いよくバンッと開けられ、村の男性と思しき人物が入ってきた。


「た、大変だ!!」

「どうした?何があった?」


 グレゴリーが彼に対応する。


「オークの襲撃だ!!」


「!!」


 カインたちが外に出ると同時に、村の警鐘がけたたましく音を上げる。


 既に村に多数のオークがいるのが見えた。


「我々は奴らを迎撃します!グレゴリーさんはみんなと避難を!カイン!行くよ!」


 カインはうなづいてアストライアの後に続く。


「承知しました!」


 グレゴリーは去り行くアストライアの背中に返事をした後、家に戻って少女の隣に腰をかがめる。


「奴らの狙いは恐らく君だ。同じエルフとして、私には君を守る義務がある!病み上がりの体では走るのは困難だろう。つかまりなさい。」


 そう言ってグレゴリーは、少女の「わっ」っという驚きの声を気にすることなく抱き上げ、避難をしようとしたとき、ある考えが頭をよぎった。


 ―――この襲撃が『エルフ狩り』とするなら、キャラバンの皆も奴らの標的か……!?


 家を出る直前、グレゴリーは足を止めた。しかし、今背中におぶさっている少女を差し置いてキャラバンへ向かうことはグレゴリー自身が嫌った。


 仕方なく、先ほど襲撃の報告に来た男にキャラバンの様子見を頼もうとグレゴリーが振り向いた瞬間、頭に鈍痛が走った。グレゴリーは気付くと床に倒れ、意識を失ってしまった。


 グレゴリーが最後に見たのは、右手に棍棒を持った先ほどの男が、少女を連れて去っていく姿だった。

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