第76話 新たな原作ヒロイン
飛世茉莉乃。
漫画『おじょじゃま』の登場人物で、この人も――物語を彩るヒロインだった。
漫画の中では結構後半に登場してきて、その容姿と性格や雰囲気から、一気にファンを勝ち取った人気キャラ。
おっとりとした性格と、その雰囲気が誰にでも伝わるような優しくてお姉さん的な容姿。
漫画『おじょじゃま』の中にはいなかった、お姉さんタイプのヒロインだった。
「よろしくねー」
そう言ってニコニコと笑う飛世茉莉乃。
確かファンの間では、「まりのん」や「まり姉さん」と呼ばれていた気がする。
「よ、よろしくお願いします、飛世さん」
俺は内心ではとても動揺していたが、あまり表に出さないようにしながら挨拶をした。
「うん、よろしくねー。司くんって呼んでもいい?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です」
「ありがとー。司くんは今高校二年生って言ってたけど、どこの高校?」
「東條院高校です」
「えー、ほんと? 私もそこに通ってたよー」
とてもニコニコしながら話す飛世さん。
多分ここが漫画だったら、背景に花が咲いているような雰囲気だ。
というかまさか、バイト先で『おじょじゃま』のヒロインの飛世茉莉乃に会うなんて、夢にも思わなかった。
確かこの人が『おじょじゃま』という漫画の世界で登場した時は、二十歳だったはずだ。
だけどさっき十九歳と言ってたから、おそらく登場する間に誕生日を迎えて、今年中に主人公の重本勇一たちと出会ったはず。
まさか俺が勇一よりも先に出会ってしまうなんて……。
「二人とも、話が盛り上がるのはいいけど、仕事の説明をしてもいいかな?」
「あっ、すいません、店長」
「はーい。だけど私はもう大体わかってますよ?」
「飛世さんはまだ入って一週間だからね。確認のために、久村くんと一緒に学ぼうか」
「わかりましたー」
ほんわかした雰囲気でそう答える飛世さん。
「……それにまだ不安なところが多いからね」
店長がボソッと、飛世さんに聞こえないような声でそう言った。
そういえば飛世茉莉乃は、天然なおバカキャラといった感じだった気がするな。
その後、飛世さんと一緒に一通りの仕事の流れを教わった。
お客様が来たら空いてる席に案内して、お水を出すと同時に注文を取って、それらを店長に伝えて、出来上がったら持っていく。
それらの説明を受けた後、ちょうどお客様が入ってこられたので、俺が対応した。
「いいね、久村くん。とても様になってたよ、初めてのバイトとは思えないくらいだ」
「あ、あはは、ありがとうございます」
まあ前世でこういったバイトをしていたからな、初めてではない。
前世でやっていたこととほぼ変わらないから、これくらいは余裕だ。
「慣れてきたら料理とかも任せたいけど、大丈夫かな?」
「はい、俺は大丈夫です」
むしろそういうのを学ぶためにここを選んだといっても過言ではない。
「てんちょー。お水こぼしちゃいましたー」
「うん、私が拭いとくから、お水をお客様に届けにいってね」
「はーい」
……やっぱり飛世さんはどこか抜けているというか、天然な感じがするな。
「あっ、注文聞き忘れちゃいましたー、もう一回行ってきまーす」
「うん、頑張ってねー。いやー、なんだか可愛いバイトさんが増えて嬉しいよ。もちろん久村くんも含めてね」
「はぁ、ありがとうございます」
斉藤店長もどこか年寄りならではのゆったりとしたところがあるから、飛世さんと気が合っているのかもしれない。
その後、俺と飛世さんは仕事を学びながら、一緒にバイトをこなしていった。
昼時を過ぎて客足も少なくなった頃、俺と飛世さんが同時に昼休憩となった。
「いきなり昼時に働かせてごめんね。忙しかったでしょ。これ、まかないだから、一緒に食べてね」
「わーい、てんちょーのまかないだ。司くん、すっごく美味しいんだよ」
「あはは、そこまでハードルを上げないでね、飛世さん」
「ありがとうござます、店長」
俺と飛世さんはまかないを受け取り、バックヤードに行って一緒に食べ始める。
三十分ほど休憩をもらったので、落ち着いて食べられるだろう。
「んー、美味しい! やっぱりてんちょーの料理は美味しいなぁ」
「本当ですね、すごく美味しい」
今日いただいたのはナポリタンなのだが、本当に美味しい。
俺もこのくらい料理が出来るようになれば、凛恵や聖ちゃんにも振る舞ってあげられる。
早く仕事を覚えて、料理も教えてもらいたいな。
「んー、ご馳走様!」
「早っ!?」
俺が半分も食べ終わってないのに、すでに飛世さんは食べ終わっていた。
そういえばおっとり系お姉さんなのに、勇一と並ぶくらいによく食べるって設定があった気がするな。
……食べた分の脂肪が全部胸にいってるなんて設定もあったが、それも納得な容姿だ。
「いやー、だけど司くんすごいね。もう仕事もだいたい覚えちゃったんじゃない?」
「そうですかね。まだまだだと思いますけど」
「えー、そんなことないよー。どこかでこういうバイトしてたの?」
「い、いや、バイトは初めてです」
「そうなの? すごいねー、もうあんだけ出来るなんて」
本当は前世でやってたが、そんなことは言えるわけがない。
前世といえば……飛世茉莉乃は俺が前世で読んでいた『おじょじゃま』のヒロインだ。
だがこの作品の本ヒロインは東條院歌織と、藤瀬詩帆。
つまり彼女も、主人公の重本勇一と結ばれることはないヒロインだ。
俺の彼女と妹、嶋田聖と久村凛恵と同じく負けヒロイン……という役職ではないのかもしれない、この人の場合は。
「ふぅ、なんかお仕事で動き回っちゃったら、汗かいちゃった」
飛世さんは手で扇ぐようにしながら、額の汗を軽く拭いている。
確かにもうそろそろ六月になる頃だし、もうそろそろ夏本番といった感じだ。
店内もまだ冷房をつけるかつけないか微妙な程度の気温で、少し汗をかいたかもしれない。
「休憩の時くらい、ボタンは開けてもいいよね?」
「まあ、そのくらいは大丈夫だと思いますけど」
「そうだよねー」
そう言って飛世さんは制服のシャツのボタンを、上から三つほど開けた。
「はぁ、この制服、胸元が苦しくて暑いんだよねぇ」
シャツの胸元を持って、パタパタとやる。
「っ……!」
その瞬間、俺はすぐに目線を逸らした。
シャツのボタンを三つも開ければ谷間はもちろんのこと、下着まで見えてしまいそうだった。
さらにシャツを浮かせるようにパタパタとやっていたから、ピンク色の何かが見えてしまった。
「と、飛世さん、胸元が見えちゃいますから、ボタンを開けるのは二つまででお願いします」
「んー? 別に胸元くらいなら見えてもよくないかな?」
「ダメです、胸元だけじゃなくて下着も見えちゃいそうですから」
「あははー、それはちょっと恥ずかしいね」
そう言いながらようやくボタンを一つだけつけてくれた。
しかし谷間は少し見えているので、あまり見ないようにする。
「うふふ、なんだか司くん、かわいいね」
「……あまりからかわないでください」
俺はため息をつきながらそう言った。
飛世茉莉乃は、『おじょじゃま』のヒロインであることは間違いない。
途中から出てきたキャラで、本ヒロインでないのに人気なのは、なぜか。
それは――お色気担当の、えっちなハプニングを多く引き起こすヒロインだからだ。
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