第77話 お姉さんヒロイン



 ラブコメ漫画のヒロインにもいろいろとタイプがあると思う。


 東條院歌織や藤瀬詩帆のような、主人公に選ばれる可能性が高い、本ヒロイン。


 嶋田聖や久村凛恵のような、主人公のことが好きだけどほぼ確実に結ばれることはない、負けヒロイン。


 そして主人公にそこまで特別な好意を抱いていないのに、ヒロイン的な立ち位置にいる女の子がいる。

 ヒロインというよりは、その物語に花を添えるような、何かしらの役目を持った子だ。


 それが『おじょじゃま』の中での、飛世茉莉乃の役割だった。


 飛世茉莉乃は作中で、そこまで勇一に惹かれているような描写はい。

 一人だけ大学二年生なので、主人公の勇一のことを「かわいい男の子だなぁ」と思ってるくらいだったはず。


 だけどよく登場してきて、他のヒロイン達に嫉妬されたり嫌われたりしていた。


 それは……謎のえっちなハプニングをよく起こすからだった。

 主に服が脱げたり、転んで勇一に突っ込んで胸を揉まれたり……などいろいろとやっていたはずだ。


 特に藤には嫉妬されて、東條院さんには嫌われていた。


 だけど飛世さんは天然でほんわかした性格だから、藤瀬や東條院さんに対しても「恋をする女の子はかわいくて好きだから、応援してるよー」といった感じだった。


 そんなお色気担当のヒロインと、俺は「おじょじゃま」の作中で出てくる前に出会ってしまった。


「司くん? なんか悩んでる顔してるけど、大丈夫?」


 休憩中、俺が飛世さんの作中の設定について思い出していると、心配そうにそう聞かれた。


「いえ、大丈夫です。ちょっとぼーっとしていただけです」

「そう? 何か悩みがあるなら言ってね、お姉さんが力になってあげるから」


 飛世さんは「むふぅ」という擬音がつきそうな可愛らしい顔でそう言った。


 あなたの漫画の設定で悩んでるですよ、とは言えるはずもないので、適当にお礼を言っておいた。


 しかしまさか彼女がバイトをしているなんて……そんな描写あったか?

 ぶっちゃけ彼女については、結構終盤に登場したからあまり詳しくはわからないのだ。


 アニメ化が決まっていた『おじょじゃま』だが、まだ九巻しか刊行していなかった。


 その中で後半に出てきたキャラなので、いまいち彼女についてわからないところがある。


 だけど遅く登場してきたにもかかわらず、飛世さんは人気投票ランキングでは高い順位を取っていた。


 俺の記憶が確かならば二位になっていた。

 聖ちゃんや凛恵よりも人気が高く、さらには東條院歌織か藤瀬詩帆の本ヒロインのどちらかをも超えた人気だった。


 ……やっぱりみんな、えっちなお姉さんキャラ、好きだよね。


 うん、俺も好き。


 だけど俺は聖ちゃんに投票したし、聖ちゃんが一番好きだけどな!


 その後、休憩が終わってバイトの仕事を始める。

 俺はもともと慣れていたので結構すぐに順応出来て、飲み物を入れる作業とかもするようになった。


 飛世さんは……。


「てんちょー、この美味しそうなお料理、どこのテーブルさんでしたっけ?」

「三番さんだよ。伝票に書いてあると思うから、それを見てね」

「あっ、本当だー。三番さん……お待たせしましたー、こちら美味しいお料理でーす」

「あの、頼んでませんけど」

「あれー?」

「飛世さん、そこは四番さんテーブル。あとお出しする時は料理の名前も言ってね」


 なかなか苦戦しているようだった。

 だけど飛世さんの雰囲気がほんわかしているせいか、店長も「仕方ないなぁ」という可愛い孫を見る目だ。


「お、お姉さん、さっきの料理美味しそうだから、飲み物だけじゃなくて料理も頼みたいんですけど、いいですか?」」

「あっ、本当ですかぁ? やっぱり美味しそうですよねー、てんちょーの料理って本当にどれも美味しいから、私はまだ食べてないけど、絶対美味しいですよ」

「そ、そうなんだ。じゃあお姉さんのおすすめはなんですか?」

「さっきまかないで食べたんですけど、ナポリタンはすごく美味しかったですよー。もう頬がとろけちゃうくらいに」

「じゃ、じゃあそれでお願いします」

「はーい。てんちょー、ナポリタンいっちょー」

「うん、だけどそんな感じの掛け声じゃないから、普通に言ってね」


 お客さんも飛世さんの天然ほんわか雰囲気にやられたのか、料理を追加で頼んでるし。


 やっぱり美人って得だなぁ。

 いや、美人ってだけじゃなく、飛世さんのあの雰囲気があるからこそか。


「飛世さんが来てから、お店の売り上げが上がってねー。まだ失敗が多くて不安だけど、やっぱり彼女はホールを担当するのが一番だねぇ」

「まあ、そうでしょうね」


 まずあんな天然な感じで料理が出来るのかも怪しい。

 作中には描写はなかったが、もしかしたら藤瀬詩帆以上に出来ないかもしれない。


「だから久村くんにはホールよりも料理を頑張ってもらいたいと思ってたから、久村くんもそれが希望ってことで助かったよ」

「いえいえ、こちらこそ」

 飛世さんとほぼ一緒にバイトを始めたことで、俺が料理を習うのが早くなったようだ。


 それは飛世さんに感謝だな。

 そんなこんなでバイトの時間は過ぎていき、十八時ぐらいになって俺と飛世さんは上がることになった。


「二人とも、お疲れ様―。久村くんは面接で来てもらったのに、こんな時間まで本当にありがとうね」

「いえ、俺も早く入りたいと思ってたので、むしろありがたかったです」

「てんちょー、お疲れ様でしたー」

「うん、飛世さんもお疲れ様」


 ということで俺と飛世さんは一緒にバックヤードに行く。


「司くんもお疲れ様―。初めてのバイトなのに、私よりも覚えが早くてビックリだよぉ。これじゃ先輩の威厳がないなぁ」

「まあ俺は慣れてますから」

「えっ、だけどバイトは初めてなんじゃないの?」

「あ、えっと……そ、そういう漫画があって、喫茶店を経営するみたいな。それを読んでたのでなんとなくわかってたんですよ、はい」

「へー、そうなんだぁ」


 危ない、俺が前の世界でバイトをしていたことは内緒だった。


 バックヤードで服を脱ごうとして、俺はハッと気づく。

 あれ、ちょっと待て、ここで着替えるということは、飛世さんも……。


「ん? どうしたの?」


 飛世さんは俺のことを気にしないように、すでにシャツの前側のボタンを全て外していた。


「っ! すいません、俺出ていきます!」


 少しだけブラジャーが見えてしまい、俺は慌ててバックヤードを出て、ドアを閉めた。


 ミスった……というかあの人も、なんで男の俺がいるのに普通に着替えてるんだ。


「別に一緒に着替えて大丈夫だよー?」

「出てこないでください!?」


 シャツのボタンを閉めないまま普通に出てきた飛世さん。


 この人は本当に、なんでこうも天然で隙が多いんだ……!


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