第73話 バイトとマンガ話


「バイトを始める?」

「うん、そう」


 前に凛恵にも言ったことを、聖ちゃんにも伝えた。


「前から始めたいと思っててね。いい感じのところ見つけたから連絡して、明日の土曜日に面接に行くと思う」

「どういうバイトをするんだ?」

「カフェだね。こういうチェーン店じゃなくて、個人経営のところだと思う」

「そうか、いいと思うがいきなりだな。なぜ始めるんだ?」

「もちろん聖ちゃんのためだよ」

「私のため? 別に司からお金をもらうなんてカツアゲじみたことはしないが?」

「あはは、聖ちゃんがそんなことするわけないのは知ってるよ」


 もしされても断る……いや、断るかな?

 他ならぬ聖ちゃんに「司、金くれないか?」とか言われたらあげるかも。


 もちろん言われないとわかってるけど、推しに貢いできた俺としては断りきれないかもしれない。


「今後もこうやってデートをいろいろしていくと思うけど」

「ま、まあ、そうだな」


 デートという言葉で照れて頬が少し赤くなる聖ちゃんが可愛い。


「今はカフェに行くくらいだけど、また遊園地とかいろいろと行きたいでしょ?」

「ふむ、確かに毎回カフェとかじゃ飽きてしまうのか?」

「だから今のうちにバイトをして、お金を貯めて聖ちゃんと一緒にいろいろデートしたいと思ってね」

「そ、そうか、だから私のためということか」


 あと俺の家はお小遣いが少ないから、バイトをしないとカフェのコーヒー代も出せなくなってしまうというのもある。


「別に私とのデ、デートのためとかじゃなくて、司自身の趣味とかにも使うんだぞ?」

「うーん、そうしたいけど、特に趣味ってものがそこまでないんだよね」


 前の世界では、聖ちゃんのグッズとかのためにバイトをしていたから、ほとんどのお金がそこに消えていた。


 だから今の世界では、聖ちゃんのために全部お金をつぎ込んでも悔いはない、というか幸せしかない。


「趣味はないのか? 前に漫画とかが好きって言ってなかったか?」

「ああ、そうだね。漫画とかアニメのために少し使うかな」


 こっちの世界の漫画はほとんど読んだことないものばかりだから、それは結構楽しみかもしれない。


「そういえば前に、聖ちゃんと買いに行った漫画読んだよ」

「っ、あれか? あの少女漫画か?」

「うん、そうそう」


 前に聖ちゃんと漫画の話をした時、一緒に本屋まで行って買ったのだ。

 聖ちゃんはお兄さんの影響で、少年漫画などを結構読むようだが、少女漫画はあまり読んできてない。


 だけどやはり気になるらしく、一人で本屋とかに行って少女漫画を買うか迷う……みたいなシーンが、前世の「おじょじゃま」の漫画で描いてあったの覚えている。


 聖ちゃんは自分のキャラじゃない、と思って少女漫画を買うのを躊躇っていた。


 だから俺と聖ちゃんが一緒に買いに行った時に、俺が少女漫画を買って、それを聖ちゃんに貸すという約束をしていた。


「面白かったか?」

「うん、面白かったよ」

「そ、そうか! 私がオススメしたが、私も読んだことなかったからな。私が面白そうと思ったものをオススメしてしまったから、司の趣味に合わなかったらと思っていたんだ」

「そうだったんだ。たとえ俺の趣味に合わなくても、聖ちゃんの趣味を知れるからそれだけで嬉しいけど」

「だが司のお金で買ったんだから、やはり司にまず楽しんでもらわないとな」

「ふふっ、優しいね」

「べ、別に、当然のことだろう、これくらい」

 聖ちゃんは恥ずかしそうにそう言った。

「貸してもらってた少年漫画の方も読み終わったから、今度持ってくるね」

「ああ、わかった。それと、その、少女漫画の方も……」

「もちろん貸すよ。約束だからね」

「そ、そうか! ありがとう、楽しみにしてる」


 嬉しそうに顔を輝かせる聖ちゃん。

 綺麗でカッコいい顔立ちをしているのに、そういう笑みをすると可愛いのはズルい。


「貸してもらった『転ゴブ』だけど、すごい面白かったよ。まさかゴブリンっていう弱そうな種族に転生したのに、あんな強くなっていくなんて思わなかった」

「ふふっ、そうだな。私も最初は見た目がゴブリンだから読む気はあまりなかったのだが、あの見た目でどんどん強くなって舐めてきた他の魔物を倒していくのは爽快だったな」


 聖ちゃんに借りた漫画の感想を、軽く話し合った。

 俺も聖ちゃんも漫画は好きなので、いろいろと話していると時間はどんどん過ぎていく。


「――それで……って、もうこんな時間だ」

「本当だ、外も少し暗くなってる。気づかなかったな」

「そろそろ帰ろうか。遅くまでごめんね」

「いや、私の方こそ。その、今まで漫画の話ができる相手がいなかったら、つい夢中になってしまった」


 確かに、聖ちゃんの一番の親友である藤瀬は漫画は読まないし、漫画の話ができる相手はいなかっただろう。


 だけど俺は漫画が好きで読むし、聖ちゃんが気になるという少女漫画も普通に楽しめた。


「俺だったら漫画の話、いつでも付き合うよ。聖ちゃんと漫画の話してると楽しいから」

「あ、ありがとう。じゃあ他の漫画とかも貸すから、また話そう」

「うん、もちろん」


 俺と聖ちゃんはそう笑い合って、カフェを出た。

 今日は聖ちゃんに手作りのクッキーをあーんしてもらったし、とても幸せなデートだったな。



   ◇ ◇ ◇



 司とのカフェデートを終えた聖は、家でお風呂に入る前に宿題をし終えた。


 いつもならそこですぐに風呂に入るのだが、その日は自分の部屋の本棚の前で顎に手を当てて考える。


「ふむ……次に司に貸す漫画はどれがいいだろうか」


 そんなことを一人で呟きながら、そろそろ二つ目の本棚を買わないといけないくらいに詰まっている漫画の数々を見ていく。


「やはり王道の少年漫画か? 『転ゴブ』を面白いと言っていたから、やはり王道にバトル系の漫画が好きなのかもしれない。だがいろんな漫画を読むと言っていたし、少女漫画も面白いと言うのであればラブコメ系でもいいかもな」


 少女漫画とは少し違う、男主人公のラブコメ系の漫画なら聖も気負うことなく読めるし買えるので、本棚にもいろんなラブコメ漫画が並んでいる。


 十分ほど考えてから、「やっぱり先に風呂に入るか」と言って部屋を出て風呂に入る。


 だが風呂に入って湯船に浸かっていても、考えるのは司に貸す漫画のことだ。


「どうしよう……そうか、別に一つだけに絞る必要はないのか。王道のバトル漫画とラブコメ漫画、二つ貸せばいいだけか。うむ、そうしよう」


 一人でそう呟いた聖は、目を瞑って気持ちよさそうにため息をついた。


(今日は漫画の話を司と出来て楽しかったな。初めて誰かと漫画の話をしたから、ついつい夢中で話してしまった。司に引かれてないといいんだが……)


 漫画の話だけじゃなく、その前にもいろいろとしたことを思い出す。


(手作りのクッキーを喜んでくれたのは、まあその、嬉しかったな。それに約束していた「あーん」もしてあげたし……あげるときは餌付けしてるみたいだったけど、されるのは恥ずかしかった……)


 そこまで考えてから、聖はハッとした。


(わ、私、もしかして家に帰ってから、ほとんどずっと司のことを考えてる……?)


 夜遅くになってしまったので聖の家まで送ってくれた司。


 送ってもらった直後は(ありがたいな、優しいかれ……うん、優しい彼氏、でよかった)と考えていた。


 夕食を食べてから宿題を終えるまではあまり考えていなかったが、宿題を終えてから風呂に入って今に至るまで、ずっと司のことを考えていた。


(こ、これじゃ私が司のことが大好きすぎる彼女みたいじゃないか……!)


 聖は顔を真っ赤にしながら自分に言い訳をするように頭を振るう。


(べ、別に司以外のことも考えていたし、ずっと考えていたわけじゃない、うん。ただ次会う時にどんな漫画を渡そうか、と思っていただけだ)


 そんな言い訳を頭の中でして、聖はお風呂から上がった。

 適当にスキンケアとドライヤーで髪を乾かしてから、自室へと戻る。


 するとスマホが光っていて、どうやらRINEで誰かから連絡があったようだ。


 見てみると、相手は司だった。


『聖ちゃん、クッキーありがとう。凛恵もすごく美味しいって言ってたよ』


 そのメッセージを見て、思わず頬が緩んでしまった。




――――――――――――



中盤あたりで「一緒に漫画を買いに行った」という描写がありますが、

これは書籍化する際に1巻に追加で書いたエピソードです!

いわゆる「本屋デート」ですね。

ぜひ気になる方は本作を買って読んでいただけると幸いです…!

(そのシーンで可愛らしい聖ちゃんの挿絵もありますよ!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る