第72話 カフェで二人きり


 そして、数日後。


 俺と聖ちゃんは放課後デートで、カフェに来ていた。

 学校から一緒に行くわけにはいかないので、学校ではそれぞれ別に帰る感じを装い、途中で合流してカフェに来た。


 少しめんどくさいかもしれないけど、秘密デートって感じがして意外と楽しい。


 聖ちゃんが好きなカフェの「ムンバ」に来て、彼女は呪文のように長い飲み物を買って、一緒に席に座って飲む。


 意外と甘いものが好きな聖ちゃんは、それを飲んでいる時は幸せそうに少し目を細めて、なんだか可愛らしい。


「聖ちゃん、それ美味しい?」

「んっ、美味しいぞ。私はムンバに来たら、いつもこれを頼む。時々新作のやつを頼むが、これを超えるのはないな」

「そっか、そんな美味しいんだね」

「司も、飲むか?」

「えっ、いいの?」


 まだ俺の名前呼びは聖ちゃんも慣れておらず、名前を呼ぶ時に少し顔を赤らめる。

 それが可愛らしくて、いつまでも慣れないで欲しいと少し思ってしまう。


「もちろん少しくらいならいいぞ」

「そっか。じゃあもらっても……あっ」

「ん?」


 聖ちゃんに差し出されたので受け取って飲もうとしたが、ストローを見て俺は止まる。

 待って、これってもしかして、間接キスをしないといけないんじゃないか?


 いや、前にも遊園地の時に間接キスみたいになったことあるけど、あれは食べ物だった。


 だけどこれはストローだから、なんか、さらに間接キスの段階として一個上に上がる気がする。間接キスに段階があるのかは知らないけど。


「司、どうした……あっ」


 聖ちゃんも俺がストローを見て躊躇っているのに気づいたようで、頬を赤くした。

 あっ、そうか、俺も一応コーヒーを買って飲んでいるので、そのストローを差して飲めばいいのか。


「い、いいぞ」

「えっ?」

「別に、か、間接キスくらいはしてもいい。こ、恋人同士なんだし……」


 顔を真っ赤にして目線を背けながら、聖ちゃんはそう言った。


 くっ、可愛いし嬉しいし恥ずかしいしで胸がいっぱいだ……!


「そ、そっか、じゃあ、いただきます」

「め、召し上がれ」


 こうして改めてそう言われると、ストローを、みたいな感じになってしまうのではないか?

 いや、考えないようにしよう。


 俺は緊張しながらも、ストローに口をつけて、飲んだ。


「……ど、どうだ?」

「……う、うん、美味しいね」


 ちゃんと味わうことは出来なかったが、甘くて美味しいというのはわかった。

 味わえなかった理由は、みなまで言わずともわかるだろう。


「そ、それはよかった」

「うん」

「……」

「……」


 お互いに恥ずかしかったのか、俺と聖ちゃんは少しだけ黙り込んでしまった。


「そ、そうだ、今日は司のために、クッキーを作ってきたんだ」

「あ、ああ、そういう話だったよね」


 聖ちゃんが話を振ってくれたので、俺もそれに乗っかる。

 昨日、聖ちゃんがRINEで「明日、クッキーを作っていくが、食べるか?」と聞いてくれたのだ。


 俺はもちろん「めっちゃ食いたい!」と返事をした。

 だけどその次に「だけどいきなりだね、嬉しいけどどうしたの?」と聞いてみた。


 すると次のメッセージでは、


『その……あーんをするという、約束だっただろう?』


 と来たので、めちゃくちゃ悶えた。


 聖ちゃんはあーんを俺にするために、クッキーを作ってくれたというのだ。


 ……って、あれ?

 つまり、聖ちゃんがクッキーを出したということは……


「あっ……」


 聖ちゃんも昨日のRINEでのやりとりを思い出したのか、クッキーを取り出してから固まった。

 そしてまた俺と聖ちゃんは顔を見合わせ、真っ赤になってしまう。


「そ、その、司……昨日RINEで言った通り、これがクッキーだ」

「う、うん、すごいね。美味しそう」

「ありがとう……その、それで、昨日言った通りに……」

「うん……」


 聖ちゃんが袋からクッキーを取り出し、手に取る。


「あ、あーん……」


 聖ちゃんは耳まで真っ赤にして、少し涙目になりながら、震える手でクッキーを差し出してきた。


 か、可愛い……!

 目の前の光景を写真で撮って、待ち受けにしたい……!


 だけどこれ以上、聖ちゃんを放置するのは可哀想だ。


 俺も恥ずかしいけど、意を決して……。


「あ、あーん……」


 聖ちゃんが作ったクッキーを、聖ちゃんの手から直接俺の口に入った。

 こんな幸せなことがあるのだろうか。


「ど、どうだ?」

「うん……ごめん、味は恥ずかしすぎてよくわからなかったけど、めちゃくちゃ嬉しい」

「っ! せ、せっかく作ったんだから、しっかり味わって食べてくれ」

「うっ、可愛い……!」

「なっ!? い、いきなりそんなことを言うな!」


 思わず口に出てしまったが、可愛さが限界突破しすぎている。


 だけどそうだな、今のはしっかり味わえなかった俺が悪い。


 聖ちゃんが可愛すぎるのが悪いけど、聖ちゃんは可愛いから悪くない。

 つまり俺だけが悪い。


「ごめん、次はしっかり味わうよ。じゃあもう一回いい?」

「も、もう一回か!?」

「うん、俺的にはそのクッキー全部をあーんで食べたい」

「全部!? 何枚焼いたと思ってる!?」


 透明な袋に入っているので、パッと見るだけでも二十枚くらいは入ってそうだ。


「とりあえずもう一枚、次はしっかり味わうから」

「くっ、本当だな?」

「もちろん」

「じゃあ……あーん」

「あーん……うん、めっちゃ美味しい」


 今のも恥ずかしい気持ちもあったが、一回目よりかは抑えられて味わうことが出来た。

 クッキーはチョコの味がして、とても美味しい。形もとても綺麗だ。


「そ、そうか。よかった」

「うん、本当にありがとうね、聖ちゃん」

「ああ、その、約束だったからな」


 二人きりであーんをするという約束を、しっかり叶えてくれるのは聖ちゃんの真面目で律儀な性格が出てて、とても可愛いし好きだ。


「結構作ってきたから、帰って凛恵と一緒に食べてくれ」

「ありがとう、凛恵も喜ぶよ」


 聖ちゃんからクッキーが入った袋をもらい、カバンに入れようとしたが、「あっ」と思わず言って思い出す。


「聖ちゃんにあーんはしてもらったけど、あーんをしてないよね」

「わ、私にか? 私は別にしてもらわなくていいんだが……」

「いや、俺が聖ちゃんにしたい」

「くっ、そ、そんなにしたいのか?」

「めちゃくちゃしたい」


 俺が真っ直ぐと聖ちゃんの目を見てそう言うと、聖ちゃんは一度恥ずかしそうに目を逸らす。


「わ、わかった……その、してくれるか?」

「うん。はい、じゃあ聖ちゃん、あーん」

「あ、あーん……」


 聖ちゃんは目を瞑り、控えめに口を開けて顔を俺の方に少し前に出した。

 うっ、なんだこれ、可愛すぎる……!


「……司、なんで固まってるんだ? 私がずっと口を開けていてバカみたいじゃないか」

「あっ、ごめん、あーんの顔が可愛すぎて、見惚れてた」

「お、お前は本当に……!」


 聖ちゃんが呆れたようにため息をついたが、少し恥ずかしいのか頬が赤い。


「ごめん、次はしっかりあげるから」

「頼むぞ……あ、あーん」


 可愛すぎる顔に耐えながら、俺は聖ちゃんの口にクッキーをあげた。


「んっ……うん、まあ味見した時と同じ味だな」

「だろうね」


 別にあーんをしたところで味が変わるわけじゃない。


「だけど俺は聖ちゃんにしてもらったことで、めちゃくちゃ幸せになったけど」

「そ、そうか。まあ私も自分で食べるよりは、幸せになった……かもしれないな」

「せ、聖ちゃんがそんな可愛いことを言うなんて……!」

「バ、バカにしてるだろ!?」


 もちろん俺はバカにしているわけではないけど……。


「多分他の人から見たら、バカップルだとは思われているけど」

「くっ、否定出来ないのが辛い……!」


 聖ちゃんは周りを見て誰も知り合いがいないことを今一度確認していた。


 知り合いはいないけど、老夫婦の方からは微笑ましいような目で見られて、独り身のサラリーマンっぽい人からは憎しみを込められた視線を向けられている。


 すごいなあの人、本当に黒いオーラが見えている気がする。


「ここのカフェ、いつも使っているからあまり目立ちたくないんだが……!」

「大丈夫、聖ちゃんがこれからここに来る時は俺も一緒だから」

「何が大丈夫なんだ?」

「二人一緒だから、目立っても視線は半分になるよ」


 それに男性からの視線はほとんどが俺への憎しみの視線だから、聖ちゃんにいく視線は半分以下になると思うし。


「全然大丈夫じゃないな、それは」


 呆れたように笑いながら、聖ちゃんはそう言った。



――――――――――――



本日、2/1は、本作の発売日です!!

活動報告に表紙がありますので、ぜひそちらをご覧ください!

よろしくお願いいたします!

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