第68話 どこまで?


「だけど聖ちゃんと久村くんは多分、キスはしてないんじゃないかな? 聖ちゃんはすごい純情でいい子だし、久村くんはそんな聖ちゃんに合わせてあげそうだしね」

「そ、そうですよね。付き合って二週間でキスは、早いですよね」

「うーん、だけど私も重本くんと付き合ったら初日でキスはしたいけどね」

「そ、そうなんですか……!?」


 凛恵はとても清楚そうで真面目そうな詩帆が、サラッとそんなことを言うとは思わなかった。


「まあ人それぞれだと思うし、あの二人ももうキスくらいは済ませてるかもね。もしかしたら今してるかも」

「そ、そうですか……」


 顔を真っ赤にしながら想像してしまう凛恵。


「あっ、ごめんね凛恵ちゃん、なんか変な話しちゃって」

「い、いえ、大丈夫です……」

「だけど多分まだしてないよ。してたら聖ちゃんの反応で、私はすぐにわかると思うし」

「すごい能力だけど、嶋田さんにとっては嫌な察し能力ね」

「聖ちゃん、そういうの隠すのは上手くないしね」


 ちょっとだけニヤッとした詩帆に、凛恵は苦笑いをした。


「とりあえず、もう久村くんも慰め終わっていると思うし、そろそろあちらの部屋に迎えに行くのもいいわね」

「えっ、行くんですか?」

「ええ、この時間で慰め終わってないなら久村くんの落ち度だし……慰め終わってさらに先に進んでいるのなら、ガッツリ見てやるわ」

「さ、先に進む……それに見るって……!」

「大丈夫だよ凛恵ちゃん。いってたとしてもキスくらいだと思うしね」

「え、えっ、本当に行くんですか?」


 凛恵が戸惑っている間に詩帆と東條院は料理器具を置いて、調理室を出ようとする。


「最悪、本当に事に進んでいたらそれはそれね。ここは私の家だし、落ち度があるのはあっちだわ」

「さすがにそれはないと思うけどねー。凛恵ちゃん、お兄ちゃんのそういうシーンを見たくないなら、来なくてもいいと思うよ」

「っ……い、行きます!」

「ふふっ、凛恵さんも好きモノね」

「ち、違います!」


 そう言いながら三人は調理室のドアを開けて廊下に出て、隣の部屋のドアに向かう。

 数歩歩いたところにあるドア、そこのドアを全く躊躇なくガラッと開けた東條院。


 その後ろで中を興味深そうに覗く詩帆と、少し躊躇しながら覗く凛恵。


「……お二人さん、何をしているのかしら?」


 東條院は準備室にいる聖と久村を見て、そう言った。


 二人はどちらも顔を真っ赤にしながら、数メートル離れたところで互いに背を向けていた。


 久村が動揺しながらも入ってきた東條院達の方を向いて話す。


「あ、い、いや、言われた通り、弁当箱を探していたんだ」

「あら、じゃあお弁当箱を探すのは終わっているようね」


 ドアのすぐ側にあるテーブルの上に弁当箱がいくつかあった。

 久村と聖がこの部屋から見つけ出して置いていたのだろう。


「そ、そうだな。何個持っていけばいい?」

「二つくらいでいいんじゃないかしら。探してくれたのはいいけど、さすがに重箱はいらないわね」

「あ、あはは、そうだよね」

「それでお弁当箱を見つけた後、お二人は何をやっていたのか……と聞くのは野暮かしら?」


 東條院がニヤッとして、からかうようにそう問いかけた。

 この広い部屋で大きな調理器具が並んでいる中、弁当箱を見つけるのは多少大変だが、そこまで難しくないはず。


 十分もかかるような作業ではないことは確かだ。


 だが久村と聖がこの部屋に二人きりになってから、十分以上は経っている。


「あー、えっと……」


 久村がまた少し顔を赤くして、チラッと聖の方を見た。

 聖も同じタイミングで久村の方を見たのか、二人は目が合い……すごい勢いで目を逸らした。


「べ、別に、普通に話してただけだよ。ねえ、聖ちゃん」

「そ、そうだな、うん、話してただけだ」

「……へー、そうなのね」

「ふふっ、そうなんだー」

「……」


 東條院と藤瀬、凛恵の三人が心の中で思うことは一つ――何かあったな、と。


 この部屋でイチャイチャしていたことは確かだが、何か二人の関係に進展があった出来事が起こったのだろう。

 そうでないとこんなにも二人が挙動不審にはならない。


 問題は……どこまでいったか、だ。


 東條院と藤瀬は一瞬目を合わせてから、二人の様子をザッと見る。


 聖の服装……特に乱れた様子はない。

 聖の服が乱れていたら……かなり先に進んだと判断していたが、そうではないようだ。


 さらに詳しく見る、そして聖の親友である藤瀬が気づく。


(っ、聖ちゃんの髪が少し、ほんの少しだけさっきよりも乱れてる……つまり、なでなでしてもらったんだ!)

(あら、本当ね)

(だけどそれだけでこんなに動揺するかな……東條院さん、どう思う?)

(そうね、キスくらいはしてると思ったんだけれど……久村くんの唇に口紅もついてないみたいだし)

(いや、聖ちゃんはリップクリームしかつけないから、もしかしたら……)

(そうなのね。というかそれならそれで、リップクリームしかつけてなくてあんなぷるぷるの唇は羨ましいわね)

(そんな聖ちゃんとキスが出来る、もしくはもうしたかもしれない久村くんは、幸せ者だね)


 二人はほとんどテレパシーの域で、目線だけでやりとりをしていた。

 凛恵だけは久村と聖がどこまで進んだのか頭の中で想像して、頬を赤らめていた。


「じゃ、じゃあこの弁当箱でいいよな?」

「そ、そうだな。これで大丈夫なら、もう調理室に戻ろうか」


 久村と聖は一刻も早くこの部屋を出たいのか、そう言って弁当箱を二つ持って部屋を出ていこうとする。

 やはり何かあったのは確かのようだ。


(ふふっ、私は今日帰ったら、聖ちゃんに電話して聞こうかな)

(いい趣味ね、あなた。なら私はこの部屋の監視カメラを後で確認しておくわ)

(東條院さんの方がすごい趣味してない!? ……あとで送ってね)

(わかったわ)


 恋敵の二人だが、視線だけで会話が出来るほど、意外と相性がいい二人でもあった。


 その後、藤瀬の料理の修行は続いたが、久村と聖の二人がぎこちない雰囲気になっていたのは、全員がわかっていた。


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