第67話 隣の部屋では



「あー、また形が崩れちゃった……!」


 藤瀬詩帆はお皿に盛り付けた出汁巻き卵を見て、残念そうに呟いた。

 二度目の出汁巻き卵の挑戦だったが、一番良い出来ではあるがやはり他の二人に比べると、明らかに出来が悪い。


「昨日まで、いえ、一時間前まで暗黒物質を作っていたのなら、これでも上出来だわ」

「そうですね。形は多少崩れてますが、味はそこまで変わらないと思いますよ」

「だけど出汁巻き卵って食感も大事じゃない?」

「まあ、確かに」

「だよね。やっぱりふわふわで柔らかいの作りたいよ! よし、もう一回挑戦していい?」

「ええ、いいわよ。材料なんて山ほどあるわ」

「さっきめちゃくちゃ大きい冷蔵庫の中見ましたけど、本当に山ほどありましたね」


 そして三人は作ったものを軽く食べながら、また料理の準備をし始める。


「そういえば久村くんと聖ちゃん、帰ってこないね」

「そうね、意外と長くかかってるわね」


 二人が調理室を出て行ってから十分以上は経っていた。


「久村くんが聖ちゃんを慰めているとは思うんだけど、大丈夫かな?」

「えっ、聖さん、何かあったんですか?」


 詩帆の言葉に凛恵が驚いて問いかける。

 二人が隣の部屋に行って普通に弁当箱を取ってくると思っていた凛恵。


「聖ちゃんが落ち込んじゃってたから、東條院さんが気を使って久村くんと二人きりにしてくれたんだよ。ねっ、東條院さん」

「あのまま落ち込まれたままじゃ、こっちまで辛気臭くなるからよ」

「そうだったんですか、気付かなかったです」

「聖ちゃんも頑張って隠してたしね。親友の私や彼氏の久村くんぐらいじゃないと気付かないと思うよ」

「……その言い方だと私が嶋田さんと仲良いみたいじゃない」


 詩帆の言葉に、東條院は少し気に食わないといった感じだ。


「だって仲良いでしょ? 今日だって聖ちゃんがお願いしたから、こんな調理室まで貸してくれて」

「お願いじゃないわ、罰ゲームよ。罰ゲームじゃなければ、恋敵のあなたの料理を手伝うなんてことはしないわ」

「恋敵……?」


 凛恵がまた知らない情報が出てきて、目を見開いてその言葉を呟いた。


「えっ、お二人は、恋敵なんですか?」

「あら、言ってなかったかしら?」

「そういえば言ってなかったね。ふふっ、恥ずかしいなー」

「そ、そうだったんですか。誰が好きかって聞いてもいいですか?」

「重本勇一って男よ。同じ学校で私達と同じ学年の」

「あー、重本さんですか」

「あれ、知ってるの?」

「前にお兄ちゃんが家に連れてきて、その時に知り合いました」

「そうなのね。凛恵さん、くれぐれも勇一のことは好きにならないようにね。あなたとはこうしていい関係を築けたのだから、それを壊したくはないわ」

「わ、わかりました」


 東條院がとてもいい笑顔で忠告してきたのを、凛恵は少し怖がりながら心に刻んだ。


「それで、私は別に嶋田さんと仲良いわけじゃないわ。ただそうね、藤瀬さんとは恋敵だけど、嶋田さんとはライバルって感じね」

「ライバル? それはスポーツの面で?」

「そうね。私は勉強でもスポーツでもほぼ負けなしで生きてきたから、初めてあそこまで完膚なきまで負けたわ」

「初めて負けたっていうのもすごいですね」


 凛恵は今日初めて東條院と出会ったので、東條院歌織がどれほど超人的な能力を持っているか知らない。

 勉強は学年一位から落ちたことはなく、スポーツでも部活でやっている人よりも上手い。


 しかし球技大会で初めて、嶋田聖と真正面から戦い負けた。


 自分と同じくバスケ部などに入っていない、完全に対等な戦い。

 むしろバスケ部がチームに三人もいた東條院の方が有利だったのに、完璧に負けたのだ。


 あそこまでボコボコにされたら、負けを認めるしかない。


「いずれこの借りは絶対に返すわ……!」


 東條院は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


「ふふっ、東條院さんが聖ちゃんと仲良くなったみたいでよかったよ」

「だから別に仲良くは……はぁ、もういいわ。そういえば、本当に久村くんと嶋田さんは遅いわね。キスでもしてるのかしら」

「キッ……!?」


 東條院がサラッと出した言葉に、凛恵は頬を赤くして反応する。


「い、いくらなんでも、まだしてないんじゃないんですか? まだ付き合って二週間くらいだし……」

「あら、凛恵さんは純情ね。私だったら付き合った当日に勇一と熱烈なキスをしたいわよ」

「ね、熱烈って……」


 その言葉にさらに凛恵は顔を赤くするが、詩帆は特に変わった様子もなく笑みを見せていた。


「ふふっ、私が重本くんと付き合うから、その妄想は違う人といつかしてね、東條院さん」

「あら、なかなか言うわね。藤瀬さんこそ、そんな妄言は夢の中で言うからこそ許されるのよ」

「夢の中だったらもっとすごいことしてるから大丈夫だよー」

「ちょ、ちょっと、喧嘩しているのか仲良いのか、わからないんですけど」

「仲良くしてるんだよ」

「喧嘩してるのよ」

「どっちなんですか」


 詩帆と東條院だけだったらずっと言い合いになっていた可能性が高いが、凛恵がいたことによってそこで言い合いは終わった。

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