第66話 その時?
探し始めて数分ほど、すぐに弁当箱は見つかった。
しかし見つかったはいいが、何個もあるし……運動会に持っていくような重箱みたいのがいくつもある。
さすがに重箱はいらないよなぁ、多分。
だけど勇一にあげる弁当か、あいつなら重箱でも一人で食べられそうだな。
「とりあえず、小さい弁当箱をあっちに何個か持っていこうか」
「……そ、そうだな」
さっきから聖ちゃんの反応が少し遅いというか、何か悩んでいるような感じだ。
何を悩んでいるのだろう、聞いていいのかな。
だけどさっき俺が頭を撫でたことが気持ち悪い、と思っていたなんて言われたら、俺は死ぬかもしれない。
……気になるけど聞かない方がいいか。
聖ちゃんの全てを知りたいと思っているけど、聖ちゃんも別に話したくないこともあるだろうし。
彼氏彼女だからって何もかも全てを共有するのなんて不可能なんだから。
そう思いながら弁当をいくつか抱えて持ったところで、
「な、なあ、司……」
「ん?」
「その、少し今から、恥ずかしいことを言うと思うが……笑わないでくれるか?」
聖ちゃんが顔を赤くしながらそう言ってきた。
「話によると思うけど、笑うようなものじゃないなら」
「うっ、それはその……お前の捉え方次第だが……」
なんだろう、先程よりも重い雰囲気はないけど、なんか緊張する。
「……その」
「うん、何?」
「頭を、もう一回……撫でてくれ」
「っ……!」
この広い部屋に二人きり、少し手を伸ばせば触れられる距離にいる聖ちゃん、とても恥ずかしいのか小さな声だったが、聞こえないわけがなかった。
言った後に俺が何も言わないからか、不安そうに見上げてきた。
上目遣いになっていることに気づいていないのだろうが、俺に効果抜群すぎて心臓が鳴る音が激しくなった。
久しぶりに鼻血も出そうになった気がしたが、なんとか堪えた。
「だ、だめなのか?」
「……もちろん、大丈夫です」
不安そうにしている聖ちゃんを安心させるために、俺は右手を聖ちゃんの頭に乗せ、撫で始める。
「あっ……」
不安そうな顔が晴れて、少し嬉しそうに口角を上げたのを見て鼻血が……危ない!
鼻血が出かけたが、なんとか耐えるんだ、俺。
そんなよくわからないことを耐えながら、俺は聖ちゃんの髪を頭頂部から後頭部にかけて、ゆっくり優しく撫でる。
「んっ……」
聖ちゃんはくすぐったいのか気持ちいのかわからない声を出して、俺の方に擦り寄ってきた。
近い、先程までは腕を伸ばせば触れられる距離くらいだったが、少しでも前に出れば身体が当たってしまうくらいの距離だ。
そちらの方が俺も撫でやすいが、ドキドキしてしまうのだが。
聖ちゃんは頭を撫でられる感覚に集中するためか、目を瞑っているのでこんなに近いことに気づいていないのかもしれない。
くっ、こんなに近い距離で聖ちゃんの綺麗で美しく柔らかい髪を撫でながら、可愛い顔を見続けるなんて……!
なんという拷問だ、一生受けていたい。
「聖ちゃん、その……頭撫でられるの、好きなの?」
ずっと黙って撫でていたら色々とヤバい気がするから、なんとか話しかける。
聖ちゃんも目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべながら答えてくれる。
「ああ、そうだな、結構好きかもしれない。なんだか心地がいい」
「そ、そっか、それはよかった。だけど聖ちゃんが撫でられるのが好きって意外だね」
「だ、だから笑わないでくれって言ったんだ」
「笑わないよ。あ、だけど聖ちゃんが可愛すぎてちょっとニヤついちゃうのは許して」
「そ、そんな理由だったら言わなくていいから」
……こんな会話をしながらも、俺の手はずっと聖ちゃんの頭を、髪を撫で続けている。
いつまでやってればいいんだろうか、いや、俺としては一生やっていてもいいけど。
「聖ちゃん、そろそろ弁当箱を持ってあっちの部屋に行かないと、あっちも料理終わってるかもしれないし」
「むっ……そうかもな」
「うん、じゃあ……」
「でも、その……あとちょっとだけ」
「……了解です」
ちょっと俺が手を離そうとした時に、「あとちょっと」と言って頭を俺の手に擦り寄せてきた聖ちゃん。
なんだか飼ったことはないけど、甘えん坊の猫みたいだと思った。
まさか聖ちゃんが甘え方をしてくるなんて思わなかった。
それにさっきからずっとめちゃくちゃ近いし。
こんなに近くなんて今まで一度も……いや、あれだ。
初めて俺がこの世界に来て、夢の中のテンションで告白した時に壁ドンしてたわ、俺。
あれは恥ずかしすぎてちょっと記憶の彼方にやっていたが。
だけど今はあの聖ちゃんが彼女になって、こんな甘え方をしてきて……。
可愛すぎて辛い、尊い……。
「ずっと頭を撫でていて、辛くないか?」
「いや大丈夫、あと半日は撫で続けられる」
「ふふっ、それは長すぎだ。だけど……それもいいかもな」
「くっ……聖ちゃん、なんでいきなりこんな可愛い甘え方を……!」
「うっ、そ、そんなはっきり言うな……」
聖ちゃんも恥ずかしくなったのか、少し下を向いて……。
「だって……司が言ったんだぞ。甘えてもいい、って」
「えっ?」
「わ、忘れたのか。球技大会の練習に付き合ってもらった時に、言ってくれたじゃないか」
「あっ……」
そういえば、自転車で聖ちゃんの家に送った時に、そんなことを言った気がする。
まさか聖ちゃんがその時のことをしっかり覚えてくれていたとは。
「あれは、言葉だけだったのか?」
「いや、もちろん違うよ。聖ちゃんに甘えられて俺も嬉しいし、幸せだよ」
「っ……そ、そうか、ありがとう。私もその、幸せだ」
聖ちゃんはお礼を言いながら俺の顔を見上げてきた。
すると聖ちゃんはこんなに近づいていたとはやっぱりわかっていなかったのか、一気に顔を真っ赤にした。
いつもの聖ちゃんならそのまま後ろへと下がって、「す、すまない」と言って落ち着こうとしていたかもしれない。
だけど……今はなぜか、離れない。
聖ちゃんと目が合っている、ずっと。
少しつり目で大きな瞳、吸い込まれるような美しさ。
女性の中では高身長の聖ちゃんだが、俺の方が十センチほど身長は高い。
ほとんど身体がくっついているような距離、お互いの顔の距離は数十センチ。
体勢は俺が聖ちゃんの後頭部に右手を回していて、聖ちゃんはいつの間にかに俺の胸に右手をそっと添えていた。
俺の心臓の音が聖ちゃんの右手に伝わっているだろうか、すごい音が鳴っているはずだ。
聖ちゃんもドキドキしてくれているだろうか、とても顔が真っ赤になって、綺麗な瞳が少し潤んでいるのが見える。
だけどそれでも……お互いにその距離で、目を逸らさない。
何も言わない。
これは――その時、なのか。
わからない、初めてで、何も。
理性が「やめろ」と言うのだが、本能が「したい」と叫んでいる。
俺が少しだけ、聖ちゃんとの顔の距離を近づける。
「っ……」
聖ちゃんの後頭部と首のあたりに置いている手を通して、聖ちゃんの身体が少しビクッとしたのを感じた。
俺が何をしようとするのか、何をしたいのかがわかったのだろう。
少しでも嫌な素振りを見せたらすぐに離れようと思った、むしろ今の反応でも離れようと思ったくらいだ。
だけど……聖ちゃんが、目を瞑った。
聖ちゃんが少し背伸びをするように、顔の距離を近づけた。
――ドクンっと、心臓が一際大きく鳴る。
俺も目を瞑り、覚悟を決め……聖ちゃんの首あたりに回した右手に力を入れ、少しだけ引き寄せる。
「んっ……」
俺の力が強かったのか、聖ちゃんの色っぽく漏れた声が聞こえて……。
そして――。
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