第60話 約束の罰ゲーム
球技大会があった週の、土曜日。
土日で特に何もないのでゆっくり寝ることが出来る日だが、今日は少し早めに起きる。
しっかりとした用事があるからだ。
楽しみでもあり、少し恐怖でもあるような用事が。
楽しみが八割、怖さが二割、といったところか。
「ふぁ……おはよう、凛恵」
リビングに降りると、すでに凛恵が起きてご飯を作っている最中だった。
いつも通りのサイドテールに、少し控えめで可愛らしいシュシュだ。
「おはよう、お兄ちゃん。珍しい、今日は早いね」
「今日は用事があるからな。俺の分の昼飯はいらないからな」
昨日の夜の時点ですでに言っていたが、一応確認としてもう一度言っておく。
「んっ、わかってる。じゃあ私も久しぶりに外で食べてこようかな」
「凛恵、今日は予定ないのか?」
「えっ、うん。別に友達と遊ぶ約束もないし、宿題も終わらせてるし」
「そうか……うーん、なぁ凛恵、今日は俺と一緒に来ないか?」
「えっ? なんで? お兄ちゃん、今日は聖さんとデートじゃないの?」
「いや、聖ちゃんもメンバーにいるけど今日はデートじゃない」
「仲いい友達同士での遊びってこと? それならなおさら私、行ったら気まずい気がするけど」
「遊びってわけでもないな」
「……いったい何するの?」
「……料理修行かな?」
「えっ、聖さん料理出来ないの? 意外、出来ると思ってた」
「いや、聖ちゃんはめちゃくちゃ出来る。問題は聖ちゃんの友達の子でな。その子に料理を教えるって話なんだ。どうだ、凛恵も来るか?」
そこまで話して凛恵の反応を見ると、少し迷っている様子だった。
「本当に私なんかが行っていいの? 邪魔じゃない?」
「邪魔じゃないよ。それに凛恵は料理すげえ上手いし、むしろ歓迎されると思うぞ」
「べ、別にそこまで上手いわけじゃないけど……」
「いやいや、いつも美味しいご飯作ってくれるだろ」
「あ、あのくらい、誰でも出来るよ」
「誰でも出来るなら、藤瀬という子は生まれないんだよなぁ……」
あの親友思いの聖ちゃんですら匙を投げかけているような子だぞ。
「それで、どうする? もちろん無理にとは言わないが」
「うーん、聖さんとそのお友達の人にもOKもらえたら、行こうかな」
「おっ、わかった。じゃあ連絡してみる。あと今回のメンバー、聖ちゃんとその料理が出来ない友達の人と、あともう一人いるんだ」
「誰? 前に家に来た、重本さん?」
「いや……お嬢様、だな」
「お嬢様?」
あの人を説明するのに、お嬢様という言葉はとてもお似合いだろう。
その後、今日のメンバーに俺の妹、凛恵が行ってもいいかとRINEで聞いた。
料理が上手いから活躍すると思う、ということも伝える。
聖ちゃんは凛恵のことを知っているからすぐにOKを出してくれて、藤瀬も「教えてくれるなら嬉しい!」とのことだ。
そしてお嬢様であるあの人、東條院さんもOKのようだ。
凛恵に全員の了承を得たということを伝えると、喜び半分不安半分といった感じだった。
「嬉しいけど、大丈夫かな? 私、邪魔にならないかな?」
「大丈夫だよ、凛恵なら料理上手いし、めっちゃいい子だしな」
俺がそう言って安心させるように頭を撫でる。
「な、なんで頭撫でるの、お兄ちゃん!」
「いや、不安そうにしてる凛恵が可愛くてな」
「り、理由になってないでしょ!」
俺の手から逃れるように離れてしまう凛恵。
「そ、それで、何時に家を出るの?」
「十一時ぐらいだと思うぞ。そのくらいに迎えに来てくれるらしい」
「迎えに? どういうこと?」
「まあ、それはその時のお楽しみで」
俺の言うことがよくわかっていない様子の凛恵だったが、とりあえず十一時までに準備をしてくれた。
服ももちろん制服とか部屋着ではなく私服である。
赤くてタイトなシャツに白の綺麗なカーディガンを着込み、下は膝上丈くらいの黒のスカートだ。
とてもシンプルだが可愛らしく、凛恵にとても合っている。
靴も赤の少しヒールが高いパンプスを履き、シャツに色味を合わせていた。
「凛恵、可愛いな。めちゃくちゃ似合ってるぞ」
「っ、あ、ありがと……」
少し頬を赤くした凛恵は恥ずかしさを誤魔化すように、垂れてきた髪を耳にかけ直す。
いつも通りのサイドテールだが、やはり服が違うと印象が全然違うな。
俺ももちろん私服なので、濃いめの色のジーンズに白いシャツ、その上にちょっと綺麗目のジャケットを羽織っている。
少し決めすぎた感はあるが、これから行くところがアレだからなぁ。
そして約束の十一時、俺と凛恵が家を出ると……。
「待たせたわね、久村くん。それに妹さん」
「いや、待ってはないぞ」
「そう? ならよかったわ。じゃあ乗りなさい」
家の前にはお嬢様である東條院歌織がいて、リムジンを背に立っていた。
リムジンが黒に対して、東條院さんが来ている服は真っ白なワンピース。
腰あたりに黒の大きなベルトを巻いていて、腰の細さが見えて身体の細さがより良く見えるようになっている。
金色の髪も優雅に流れていて、これほどお嬢様という言葉が似合うような格好はないと言っても過言じゃないだろう。
「え、えっ? こ、これって、リムジン?」
そうだよなぁ、初めて見たらそんな反応になるよなぁ。
俺も前に初めて見た時は、勇一を家に呼んだ時にいきなり目の前にあったからビックリした。
だけど俺は東條院さんがそれだけのお嬢様ということを知っていたし、原作知識として東條院さんがリムジンに乗っているということを知っていたから、驚きは凛恵よりも少ないだろう。
「久村くんの妹さん、名前は確か凛恵さんだったわね。ご機嫌よう、東條院歌織よ」
「と、東條院、さん……!」
凛恵が恐る恐るといった感じで、チラッと俺の方を見た。
下の学年とはいえ、同じ高校に通っていれば東條院歌織の名前はさすがに聞いたことがあるだろう。
緊張した面持ちで凛恵は挨拶を返す。
「は、初めまして、久村凛恵です。兄がいつもお世話になってます」
「いえこちらこそ、彼にはとてもお世話になったわ。返しきれない借りがあるくらい」
「えっ……!」
東條院さんの言葉に凛恵が目を見開いて驚いた。
まさか自分の兄があの東條院歌織に貸しがあるなんて、思いも寄らなかったのだろう。
というか俺もビックリしてる。
借りってなんだ? 俺なんかしたっけ?
「久村くん、その顔は覚えてないって顔ね」
「ああ、ごめん。東條院さんに貸しなんてあったっけ?」
「あの遊園地でのことよ。発破をかけてくれたでしょう?」
「……ああ! あれか!」
先日の遊園地デートで、東條院さんが勇一と藤瀬の邪魔をしないと判断していたが、それを俺が「邪魔をしろよ」と言った話だ。
確かにあれは俺がいなかったら東條院さんは何もせずに、勇一を奪われていただろう。
だけどあれはちょっと俺が出しゃばり過ぎたというか、俺がこの漫画の世界に入ったせいだから、貸しっていうのは烏滸がましいというか……。
「そんなに貸しって思わなくていいよ、別に。あれは俺が身勝手にやったことだし」
「あなたの身勝手のお陰で私はまだ勇一と結婚出来る可能性があるし、それにお父様との関係も良好になったわ」
そうか、俺は東條院さんとその父親の関係性に口を出したんだった。
……今思うと、なかなかヤバいこと言ってたよな?
「ふふっ、いろいろと気になることがあるけど、今はいいわ。とりあえず車に入りなさい、お二人とも」
「あ、ああ、ありがとう」
「お、お邪魔します……」
俺と凛恵はとても高級で素晴らしいリムジンに入ったのだが、いろいろと居心地が悪い感じで座った。
リムジンの中の椅子はどんなソファよりも柔らかく座り心地がいいが、居心地はよくない。
凛恵もそんな感じなのか、背もたれがあるのに寄りかからずに姿勢を正していた。
その様子を見てクスッと笑う東條院さん、凛恵に話しかける。
「楽にしていいわよ。この後、藤瀬さんと嶋田さんのところにも寄って少し長くなるから、そんなに固くしてたら疲れてしまうわ」
「あ、ありがとうございます、東條院先輩」
「ふふっ、可愛いらしいわね。私、後輩と呼べる方がいなかったから、先輩と呼んでくれて嬉しいわ。下の名前、歌織でいいわよ」
「い、いいんですか?」
「ええ、私も凛恵さんって呼んでもいいかしら?」
「もちろんです、歌織先輩。光栄です」
「凛恵さん、よろしく」
おおー、まさかの東條院さんが凛恵に好印象を抱いている。
俺は少し、この二人を会わせるのを心配していた。
なぜなら原作ではこの二人、犬猿の仲だったのだ。
原作では凛恵が「勇一のこと好き」となっている中で東條院さんと出会うから、第一印象がどちらも最悪なのだ。
今の名前の呼び方も、原作ではどちらも苗字呼びだ。
下の名前で呼び合っているのが、原作を知る俺としては少し違和感がある。
まあこの世界では凛恵が勇一のこと好きじゃないしな、今は。
これからどうなるかはわからんが……。
「あら、凛恵さんは毎日ご飯を作ってるの? すごいわね」
「い、いえ、もう慣れたことですし……」
「慣れたことでも、そこまでいくのにとても努力もなさったでしょうし。それにすごいことには変わりはないわよ」
「あ、ありがとうございます……」
今はとても仲良く話している。
原作では一切見なかった光景だ。
今後はどうなるか不明だが、仲良くなるのは悪いことじゃないはずだ。
凛恵の兄としても、いろんな人と仲良くなるのはとても喜ばしいことである。
あ、だけど男と仲良くなるのはちょっとダメだ、特に勇一。
勇一のことを好きになってしまったら、凛恵は負けヒロインが確定してしまうから、やめておいた方がいい。
「凛恵さんは可愛らしいわね。久村くんの妹っていうのがもったいないくらい。私の妹になる?」
「ちょっと待て。なんでいきなり俺の妹を口説いてるの?」
いきなりだな、東條院さん。
凛恵のことそんなに気に入ったの?
ビックリだよ、会ってまだ十分も経ってないんじゃないか?
「私、一人っ子なのよ。だから姉妹が欲しいって何度も思ったことあるわ」
「そうなんだ」
うん、それは原作読んでるから知ってるけど。
「だから凛恵さんが私の妹になれば、全部解決じゃない?」
「それは意味わからない」
確かに凛恵はとても可愛い妹だしめちゃくちゃいい子だけど、凛恵は俺の妹だ。
「どうかしら、凛恵さん?」
「えっ、本気なの? マジなの?」
俺がそう問いかけると、東條院さんは俺に向かって微笑む。
いや、どっちだ、わからん。
本気だとしたら、いくら東條院さんでも奪われるわけにはいかない。
そう思って口を挟もうと思ったら……。
「すいません、歌織先輩。私は久村家の家族で……お兄ちゃんの、妹だから」
「っ、凛恵……!」
凛恵は下を向いて、俺や東條院さんとは顔を合わせずに言った。
しかし頬が赤くなっているのは見えてしまっている。
凛恵、なんて嬉しいことを……!
「お兄ちゃんは一人じゃ生活出来くて、私がいなかったらすぐに死んじゃうと思いますから!」
「いやいや、そんなことないぞ。えっ、もしかしてそれが理由なの?」
「も、もちろん」
いきなり悲しいことを……と思ったが、凛恵の性格上、これは照れ隠しかな?
はぁ、可愛いなぁ。
こんな妹を持てて、俺は幸せ者だ。
「な、何よお兄ちゃん、なんでニヤニヤしてるの」
「いや、なんでもない。凛恵は可愛いなぁ、って思っただけだ」
「バ、バカにしてるでしょ!」
「いやいや、そんわけないだろう。お兄ちゃんが凛恵を馬鹿にするなんてこと、するわけない」
「ニヤニヤしてんじゃん! お兄ちゃんのバカ!」
口元が緩んでしまうのはしょうがないだろう、凛恵が可愛いのが悪い。
「あらあら、この私をフっていきなり目の前でイチャつくなんて、凛恵さんもなかなかやるわね」
「イ、イチャついてないですから! 誰がこんなバカお兄ちゃんと!」
「ふふっ、仲良いようで微笑ましいわね。私も凛恵さんのような妹が欲しかったわ、久村くんが羨ましいわね」
「ふっ、凛恵は誰にも、東條院さんにもやらんぞ」
俺がそう言うと東條院さんはニヤッとした。
ん? なんだ? なんか企んでるような顔だ。
「そろそろ嶋田さんの家に着くわね。藤瀬さんも一緒にいるようだから、これで全員ね」
「そ、そうだな」
なんか少し怖いが……何かするつもりなのか?
わからんが、何をするのかもわからないから阻止する術がない。
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