第59話 球技大会の夜


「ふぅ……」


 お風呂に浸かり、その気持ちよさからため息が漏れた。

 ここ三日ほど、あまりしていなかった激しい運動をしているので、このお風呂の時間が心地よくなっている聖であった。


 しかしその激しい運動も今日の球技大会のためだったので、これからはまたしばらくはあそこまで本気で運動をすることはないだろう。


 球技大会を優勝したので、クラスで打ち上げがあった。


 なぜか一番競い合った相手である東條院が店を貸し切ってくれたので、高校生の打ち上げとは思えないほど豪勢なものだった。

 聖はいつも一緒にいる詩帆とじゃなく、他のクラスの女子達と一緒に話すことが多かった。


 新鮮で楽しかったが、打ち上げの最中はずっと気にしている部分があった。

 彼氏である久村が、ずっと女子のグループと会話をしているのだ。


 しかもその中には久村を狙う、と言っていた者もいたので、彼女として気にしてしまうのは当然だろう。


 ただその時の会話を聞く限り……と、その時に久村が話していた内容を思い出して、顔を赤くする。


「くっ……あいつ、あんなことを恥ずかしげもなく他人に言って……!」


 久村が好きな人がいる、と言った時はドキッとした。

 そのまま付き合っているということを言うのでは、と思って。


 しかしそれは伝えずに、片想いという程で女子達に惚気だしたのだ。


 聖はそれを聞いていて嬉し恥ずかしくて、ニヤけるのを我慢するのに必死だった。



 そして……打ち上げを抜け出して、近くの公園で久村と二人きりの二次会。

 聖から久村にRINEで抜け出そうと連絡するのは、少し緊張した。


 久村が断るとは考えにくかったが、あれだけ女子に囲まれて楽しそうに話していたのだ。


 断られたらどうしよう、と考えていたが、杞憂に終わった。

 すぐに返事が来て、一緒に話したいと言ってくれた。


 聖はその返事を見て、またもやニヤけるのを我慢した。

 今この場でその時のことを思い出してニヤけてしまっているので、あの時はよく我慢したと自分を褒めたい。


 だが自分から誘っておいて、少し久村を待たせてしまったのは反省すべきところだ。

 抜け出そうとした時に、周りにいた女子達の足止めにあったというのは言い訳にならない。


 しっかり謝ったが、久村は少しも気にしていない様子だった。


 そして、二人だけの打ち上げが始まった。


 最初は軽く球技大会の時のことを話して……それから、東條院との罰ゲームについて話した。


 その時に、聖が悩んでいたことを打ち明けた。

 他人にこの関係を公表した方がいいのか。


 聖は久村が女性に言い寄られるのを見て、自分でも予想以上に嫉妬してしまっていた。

 東條院が重本の近くに女性を近寄せないためにいろいろしていたが、今だったらその気持ちが少しわかってしまう。


 やはり不安なのだ、自分の好きな相手が他の女子に取られたらどうしよう、と。

 久村が女子と普通に話していたらそこまでの気持ちは湧いてこなかったが、今日は久村と反していた女子が完全に「狙う」と宣言していた。


 だからこそ嫉妬、そして不安な気持ちが大きく出たのだろう。


 聖としては、やはり久村との関係を隠していたい。

 二人だけの秘密にして、宝物にしたいのだ。


 だけどそれをしていたら、他の女子に久村が言い寄られてしまう。

 そんな不安な思いを抱くなら、公表した方がいいと思ってしまった。


 それを久村に話したら……自分の隠したいという気持ちも大事にしてくれて、さらに不安な気持ちをさせないような提案をしてくれた。


 確かにお互いに「付き合っている人がいる」と公表して「その相手は内緒」としておけば、言い寄られる心配は少なくなるだろう。


 とてもシンプルな対策だが、聖には思いつかなかった。

 久村は聖の気持ちをしっかり考えてくれて、とてもいい提案をしてくれた。


 とても優しく、頼りになって……それでいて可愛いところもある。


「ああ……好きだなぁ、司」


 聖はお風呂に浸かり頬を緩めながら、心の内が思わずこぼれた。

 これが司を目の前にしてこぼれてしまっていたら、顔を真っ赤にして言い訳を重ねるかもしれない。


 今の「好きだなぁ」という呟きにどういう言い訳をすればいいのかは不明だが。


 しかし今は、一人でお風呂の時間。

 彼氏のことを想って呟くのは悪くない……むしろ心地よいとさえ感じる聖だった。



「むっ、そういえば、東條院に対する罰ゲームを伝えなければな」


 聖はお風呂を出て自分の部屋に戻り、スマホを見て思い出した。

 司と二人きりの打ち上げをしている時に、その話題になって司に「どんな罰ゲームがいいか」と聞いたのだ。


 聖は罰ゲームを受けたくない、絶対に勝つという気持ちで勝ったが、どんな罰ゲームを受けさせるかなんて全く考えていなかった。


 そもそも罰ゲームの提案をしたのは東條院だったので、そんなにすぐ思いつけという方が無理な話だろう。


 なので東條院への罰ゲームを司と一緒に考えようと思い、相談したのだ。

 そうしたら司は……とてもいい罰ゲームを思いついてくれた。


 もちろん倫理観などは全く問題なく、むしろいいことをする罰ゲームだ。


 だけど東條院にとっては、なかなか屈辱的なものだろう。


 それを伝えるために、東條院へRINEをしなければ。


 東條院とは学校で一緒に昼ご飯を食べ始める時くらいにRINEの交換をしている。

 だが今まで特にRINEをするようなことはなかったので、今回が初めてのメッセージだ。


 東條院とのトーク画面を開き、メッセージを打ち込む。


『東條院、罰ゲームの話を忘れていないだろうな? 先程、罰ゲームの内容が決定した』


 それを打って、送信。

 さすがにすぐに返事は帰ってこなかったが、五分後くらいに返事は来た。


『もちろん覚えているわ。それで、どういった内容かしら?』


 聖はその罰ゲームの内容を書きながら、少しニヤついてしまう。

 東條院の悔しがる顔が目に浮かぶようだ。


『罰ゲームの内容は、今週の土日のどちらかの時間で――』


 送信、すぐに既読がつく。

 既読がついてからしばらく時間が経ち、返事が来る。


『まさか私に、そんなことをさせるなんて……なかなかやるわね。これは嶋田さんが一人で考えた内容かしら?』

『いや、ほとんど久村が考えた内容だ。罰ゲームのことを伝えたら、すぐにこれを出してくれたよ』


 ここは正直に答えておく。

 そして司の名前の呼び方は、「久村」だ。


 司のことを下の名前で呼ぶのは、司が「聖ちゃん」と呼ぶ時と同様にもちろん二人きりの時だけだ。


『やっぱりそうなのね。わかったわ、土曜日でいいかしら? 予定を空けておくわ』

『了解だ。罰ゲーム、せいぜい楽しんでくれよ』

『やるからには本気でやってやるわ』


 そして二人のRINEは、そこで終わった。


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