第58話 二人だけの打ち上げ



「そ、そういえば聖ちゃん、さっきの打ち上げでも女子に囲まれてたけど、試合終わった後もすごかったよね」


 露骨に話を変えてしまったが、俺の平静を保つためにはこうするしかない。


 あの試合が終わった後、聖ちゃんは同じクラスの女子だけじゃなく、ほかのクラスの女子達にもめちゃくちゃ話しかけられていた。


 それはもう、本当にアイドルのように。


 聖ちゃんが話すだけで「きゃー!」という歓声が上がり、「手振ってー!」みたいな言葉すら上がっていた。


「そうだな、嬉しい限りだが……あそこまでの反応をされると、私もどうすればいいかわからないが」

「ははっ、ちょっと困ってたもんね」


 女子にキャーキャー言われている聖ちゃんは笑みを浮かべているものの、とてもぎこちない笑みだった。

 まあそんな笑顔も新鮮で可愛かったけど。


「むっ、それを言うなら久村だって、女子達にモテていたじゃないか」

「えっ、俺が?」

「そうだ、さっきの打ち上げだって、クラスの女子に囲まれて喋っていただろう」

「あれはあの子達が一人でウロウロしてた俺を助けてくれたんだよ」


 勇一達がいる場所から逃げ出した俺を拾ってくれたのは、正直助かった。

 だけど申し訳ないことに、誰一人として顔と名前が一致してないけど。


 佐藤さん、伊藤さん、後藤さん、加藤さんがいたことは覚えているが。


「……今日の球技大会、東條院と戦う前に罰ゲームをしようと話していた」

「ん? そうなの?」


 いきなり話が変わったな、どうしたんだろう。


「ああ、負けた方が勝った方の言うことを聞くというシンプルな罰ゲームだ。それで東條院が勝った時に求めていた罰ゲームは……私と久村の関係を、公表するというものだ」

「えっ、なんで?」


 その罰ゲームの内容に、俺もシンプルな疑問の声を上げてしまった。

 なんで東條院さんが俺達の関係を公表する、という罰ゲームを選んだのだろうか。


「東條院にとっては、付き合っていることを隠すというのが意味わからない、という感じのようだ。公表した方が、その、イチャつけるとも言っていたが……」

「それは魅力的だ」


 イチャつけると聞いて、思わずそう呟いてしまった。

 すると聖ちゃんが頰を少し赤らめながらも、ちょっと考え事をするように眉をひそめる。


「もちろん私が勝ったからその罰ゲームはなくなったが、久村が望むなら……公表してもいい、と思っている」

「えっ、いいの?」


 公表するのは恥ずかしい、と聖ちゃんが言うから俺達が付き合っていることは、親しい人達以外には言っていない。


「もともと公表したくないというのは私が言い出したことで、私のワガママだ。東條院が言っていた通り、確かに公表した方がメリットはあるしな」

「……メリットって?」

「さっき言っていた、その、イチャつけるとか……」


 恥ずかしそうにそう言う聖ちゃんは可愛かったが、今は真面目な雰囲気なので茶化すことはしない。


「公表することで、他の異性を近づかせないというか……」


 少し落ち込んだように、申し訳なさそうに言った聖ちゃん。


「……そっか」


 聖ちゃんが公表をするという選択を迷っているのは、おそらくそれが理由だろう。


 とても意外だが、聖ちゃんは嫉妬をしてくれている。

 野球の試合が終わって俺に近づいてきた女子に向けた視線、先程の打ち上げでも俺が女子と喋っているのを気にしている様子だった。


 ぶっちゃけ、嫉妬してくれているということがめちゃくちゃ嬉しい。

 もう翼が生えて飛び回って踊れるくらい嬉しい。


 だけど聖ちゃんが嫌な気持ちになっている、不安な気持ちになっているのはダメだ。

 聖ちゃんが嫉妬してくれるのが俺はめちゃくちゃ嬉しいが、聖ちゃんにそんな気持ちを抱かせるのを阻止するのが絶対的に優先だ。


 それに俺ももちろん、聖ちゃんが他の男子に言い寄られているのを見たら、死ぬほど嫉妬するというか、不安な気持ちになるだろう。


 それはお互いに解消すべき問題だ。


「聖ちゃんは、公表したくないんだよね?」

「そう、だな。公表したくない理由は恥ずかしいという気持ちもあるが、それよりも……私は大事なものを人に見せびらかすよりも、大切にしまって……自分だけのものにしておきたいんだ」

「っ!」


 な、なんだそれは……!

 嬉しすぎるし、可愛すぎる……!


 まさか聖ちゃんがそんなことを思ってくれていたなんて。


 俺が驚きと嬉しさに絶句していたら、聖ちゃんもハッとして顔を真っ赤にした。


「あ、いや、その……! これは言葉の綾というか、私の気持ちを大袈裟に言うと、って話で……あ、別にその、久村を宝物に思ってないわけじゃなくて……!」

「わかった、聖ちゃん落ち着こう。このままじゃ共倒れするから」


 お互いに恥ずかしさで死んでしまう。

 俺も聖ちゃんも顔が真っ赤になっているので、一度深呼吸をして落ち着く。


 深呼吸をしている間、俺は少し考える。


 聖ちゃんの気持ちはわかった。

 聖ちゃんは俺のことを大事に思ってくれている、とても、本当にとても嬉しいことに。


 だからこそ付き合っていることを他の人に教えたくはない、自分だけのものにしたいと。

 ……自分で整理するとさらに嬉し恥ずかしくなるんだけど。


 落ち着け、自滅はするなよ俺。


 聖ちゃんは大事に思ってくれているからこそ誰にも教えたくない。

 だけど意外と聖ちゃんは嫉妬深いから、俺が他の女子と話しているのを見て不安な気持ちになってしまう。


 そこのジレンマに、聖ちゃんは少し苦しんでいるのだろう。

 聖ちゃんのために、それを解消しないといけない。


 ただそれなら、やることは単純かもしれない。


「聖ちゃん、一つ提案があるんだけど」

「なんだ?」

「公表するってのはいいけど、俺達が付き合っていることは言わなくていいんじゃないかな」

「……どういうことだ?」

「だから俺も聖ちゃんも『誰かと付き合っている』ってことは公表して、その相手を言わなくてもいいんじゃない?」


 聖ちゃんが嫌なのは、俺が他の女子に狙われること……だと思う。

 本当に狙われているのかはイマイチわからないけど、聖ちゃんからはそう見えてしまうのだろう。


 俺だって聖ちゃんが他の男子に言い寄られるのを見たら絶対に嫌だ。


 それなら、他人にはもうチャンスはないということを伝えればいい。


「彼氏、彼女がいるって周知させれば、少しは安心するよね。誰と付き合っているのかって聞かれたら、秘密って答えれば終わりだと思うし」

「……そうか、その手があったか」

「それに誰と付き合っているか秘密って言えば、俺達二人だけの秘密ってことで……なんか嬉しいじゃん」


 あまり説明出来ない嬉しさだが、恋人同士で秘密を共有してる感じが、俺にとってはなんか宝物みたいで好きだ。


 俺がそう言うと聖ちゃんは目を見開き、そして嬉しそうに頬を緩める。


「そう、だな。とても、素敵なことだ」

「まあ、俺達が付き合っていることを知っている人もいるから、二人だけの秘密ってわけじゃないけどね」

「ふふっ、そうだな。詩帆や東條院、重本も知っているからな」


 そう言って可愛らしい笑みを見せた聖ちゃん。

 うん、やっぱり聖ちゃんはそうやって笑った方が好きだな。


 俺もそう思って頰が緩んでしまっていると、聖ちゃんがさらに穏やかな笑みを浮かべて。


「ありがとう、司」

「いや、大したことじゃ……えっ?」


 返事の言葉を途中で止めてしまった。

 俺が目をまん丸にして聖ちゃんを見つめていると、聖ちゃんはイタズラっぽく笑う。


「ふふっ、どうした、司」

「えっ、いや、名前……」

「名前がどうした? お前の名前は、司だろう?」

「っ……ずるいなぁ、聖ちゃん」


 聖ちゃんにしてやられた感じがして、思わず笑ってしまう。

 まさかここで名前を呼ばれるとは思ってもいなかった。


 自分の顔が少し赤くなっているのもわかってしまう。


「ふふっ、今までやられてばっかりだったからな。こうしてやり返すのも、なかなか楽しいものだ」

「……そっか。じゃあ聖ちゃん、やり返すのも楽しいってことは、やられるのも楽しいってこと?」

「っ! そ、そういうわけじゃ……!」

「じゃあどういう意味かな?」

「くっ……!」


 俺のことをキッと睨んでくる聖ちゃんだが、頬も赤いので怖くはない。

 むしろ可愛い、という感想しか出てこない。


 やっぱり俺は聖ちゃんの可愛らしい反応を見るのが好きだな。


 ……やり返されるのも、嫌いじゃないけど。

 もちろんそれは、聖ちゃんには言わないでおく。



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