第57話 二人で抜け出す



 その後も、女子達に好きな人についていろいろと聞かれたが、適当に答えていった。

 聖ちゃんだということを隠して、そして悟られないように話すのは少し大変だったが、俺も惚気が出来て少し楽しかったかもしれない。


 そう思いながら話していたら、ズボンのポケットに入っていたスマホが震えるのを感じた。


 佐藤さんや加藤さん達が話している中、スマホを出して画面を見るとRINEが来ていた。

 相手は……聖ちゃん?


 一瞬だけチラッと聖ちゃんの方を見る。


 聖ちゃんはさっきまでと同様、周りを囲んでいる女子達と話しているが……手にはさっきまで持っていなかったスマホが。

 今、メッセージを送ってくれたのかな。


 RINEを開いて送られてきたメッセージを見る。


『この後、二人でどこかで待ち合わせして話さないか?』


 ……顔がニヤけるのを必死に我慢する。

 まさかのデートの誘いだった。


 聖ちゃんからこんなお誘いを受けるとは思わなかった。


 すぐに返事をする。


『もちろん。すぐに打ち上げ抜ける?』


 それを送ると、聖ちゃんがスマホの画面を見るのが視界の端に映った。

 すると既読がついて、すぐに返信が来る。


『私はいいが、そっちはいいのか? 何やら盛り上がっていたようだが』


 聖ちゃん、俺達の会話聞こえてたのかな?

 盛り上がっているかどうかなんて、聞こえてないとわからないと思うけど……。


 いや、さっき俺が聖ちゃんのどこが好きかを答えていた時、佐藤さん達が黄色い声を上げて盛り上がってたからな。

 それが聞こえていたのかもしれない。


『聖ちゃんと話したいから、俺は今すぐ抜けたいな』


 そう返信をすると、聖ちゃんもすでにトーク画面を開きっぱなしなのか、すぐに既読がつく。


「んっ!?」

「嶋田さん、どうしたの?」

「い、いや、ちょっと軽く咳払いをしただけだ、すまない」


 聖ちゃんが咳払いをしたのが聞こえたが、大丈夫だろうか。


『わかった。じゃあ近くの公園で待ち合わせでいいか?』

『了解。じゃあ俺が先に抜ける。数分後に聖ちゃんが抜けてね』

『わかった。すぐに行く』


 俺はそのメッセージを見てから、スマホをポケットにしまう。

 よし、抜けるか!


「俺、そろそろ帰るわ」


 俺が立ち上がりながら一緒に喋っていた女子達にそう言った。


「えー、早くない? まだ八時前だよ?」

「そうだよ、もっと一緒に喋ろうよ」


 ありがたいことに止めてくれるが、俺は聖ちゃんと二人で話したいからな。

 この打ち上げ中、ずっと早く聖ちゃんと話したいと思っていた。


「ごめん、そろそろ帰んないと妹に怒られるからさ」

「えっ、久村くん妹さんいるんだ」

「ああ、めちゃくちゃ可愛い妹だ」

「あはは、久村くんシスコンなんだー」

「そうかも。だからごめん、今日は楽しかった。また明日学校でな」


 俺の妹、凛恵について聞かれそうでまた話し込んでしまいそうだったから、適当に別れを告げてその場を離れる。

 荷物は最初に座った席、つまり勇一と東條院さん、藤瀬がいる位置にある。


 勇一は……まだ飯食ってるのかよ。


「ん? 司、もう帰るのか?」

「ああ、お疲れ。ちょっと用事が出来てな」

「そうか、じゃあまた明日な」

「……久村くん、ご機嫌よう」

「……じゃあね、久村くん」

「ああ、また明日」


 三人に軽く別れの挨拶をして、俺は荷物を持って離れる。

 なんか東條院さんと藤瀬がチラッと違う方向を見て、含みある感じで言っていたのが気になるが……まあいいか。


 座敷の大部屋を出る際、チラッと聖ちゃんの方を見ると目が合った。


 視線で「待っている」と伝えるように軽く頷くと、聖ちゃんも「わかった」と言うように頷いてくれた。

 なんか、こういうちょっとしたことで嬉しくなるのは、俺だけなのかな。



 五月で暖かくなってきたとはいえ、やはり夜は肌寒い。

 だけどそこまで寒くはなく、心地のいい涼しさといったところだ。


 店を出て少し歩いたところに、ちょっと広い公園がある。


 俺はそこに行き、近くの自動販売機で温かい飲み物を二つ買う。

 微糖のコーヒーと……ココアがいいかな。


 その二つを買ってベンチに座り、空を見上げて聖ちゃんを待つ。


 空は雲一つないので、星や月がよく見える。

 公園の街灯がなくても周りが見えるくらい明るいかもしれないな。


 聖ちゃん、早く来ないかなぁ。

 スマホの画面をチラチラ見て、時間を確認する。


 俺が店を出てから五分経った、まだ来ない。


 十分経った……まだ来ない。

 あれ、俺が出てから数分後には行くって言ってたけど、どうしたんだろう。


 もしかして、騙された?

 と一瞬思ったが、聖ちゃんがそんなつまらないことをするわけがない。


 勇一だったらワンチャンやる可能性があるから、ここでRINEを送ると思うが、聖ちゃんは絶対に来るだろう。


 だから信じて待っていると、俺が出て十五分後くらいに聖ちゃんが公園にやってきた。

 聖ちゃんは急いできたのか、少し走って公園に入ってきた。


 焦った表情で周りを見渡している聖ちゃんだが、ベンチに座っている俺を見つけてホッとしたように息をついた。

 その仕草すら可愛いと思ってしまい、頰が緩む。


「すまない、遅れてしまった。言い訳になってしまうが、一緒に喋っていた人達がなかなか離してくれなくてな……」

「大丈夫だよ。今来たところだから」

「いや、そんなわけないだろう。十分前以上に店を出てただろう」

「あはは、そういえばそうだったね」

「ったく……」


 俺の冗談に軽く笑ってくれた聖ちゃん。

 別に俺は全く気にしてないけど、遅れたことを少し気にしているようだったから


 聖ちゃんが一息ついて、俺の隣に座った。


 月明かりに照らされている聖ちゃんの横顔、そして美しい銀色の髪。

 隣に彼女が座っているだけで、その景色が絵画のような幻想的な世界に見える。


 俺がそう思って聖ちゃんを見つめていると、聖ちゃんが不思議そうに首を傾げた。


 その際に揺れる月明かりを反射して光る銀色の髪、それすら美しすぎてどきっとする。


「どうした、久村」

「いや、いつも通り、聖ちゃんは綺麗だなって」

「んっ!? な、なんだいきなり……」


 聖ちゃんは恥ずかしそうにしながら、垂れてきた髪を耳にかける。

 なんだろう、もう聖ちゃんがやる仕草が全て芸術に見えてくるから、もはや怖いな。


「聖ちゃん、これ」


 俺はさっき買ったココアを渡す。


「ん? これは?」

「ココア」

「えっ、いいのか?」

「うん、ちょっと冷めちゃってるかも」

「それは遅れた私のせいだ。ありがとう、お金はいくらだ?」

「そんくらい大丈夫だよ」

「だが……」

「いいから。ほら、一緒に乾杯しよう?」


 俺も持っている缶コーヒーを聖ちゃんの方に向ける。


 先程の打ち上げで勇一の掛け声で打ち上げはしたが、聖ちゃんとはしていない。

 席も離れていたから、グラスを重ねることも出来なかったからな。


 俺が聖ちゃんの方に缶コーヒーを向けると、聖ちゃんはふっと笑いココアの缶を開ける。


「ああ、ありがとう。今日はお疲れ様、久村」

「お疲れ様、聖ちゃん」


 俺と聖ちゃんはカツンと乾杯をしてから、一口飲んだ。



「聖ちゃん、バスケ、優勝おめでとう」


 やはり話すとしたら、球技大会の話題だろう。


「ああ、ありがとう。そっちこそ、優勝おめでとう。最後まで久村が投手だったが、肩や肘は大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ちゃんとクールダウンしたから」


 全部で百球以上は投げたと思うが、まあ大丈夫だろう。

 聖ちゃんに応援された直後の試合はめちゃくちゃ本気で投げたが、あとは無理しない程度に投げたし。


「そうか、それはよかった。その……カッコよかったぞ」

「っ! あ、ありがとう……」


 まさかこんなまっすぐ褒められるとは思わず、声が詰まってしまった。


 聖ちゃんも俺の方に顔を向けず、チラッと目線を向けるくらい。

 だけどこの暗い中でも、聖ちゃんの頰が少し赤いのが見える。


 俺と聖ちゃんは照れ隠しのように、ほぼ一緒のタイミングで一口飲んだ。


「聖ちゃんも、めちゃくちゃカッコよかったよ。特に東條院さんとの試合」


 聖ちゃんのカッコよさに比べれば、俺のカッコよさなんてミジンコ並みだろう。

 東條院さんとの試合は、本当にカッコよすぎた。


 男子も女子も聖ちゃんと東條院さんに熱中になっていた。


 特に女子からの人気が聖ちゃんはすごかったな。


「ありがとう。東條院に勝てたのも、久村のお陰だ」

「俺は何もしてないよ」

「昨日と一昨日、バスケの練習に付き合ってくれたじゃないか。あれがあったお陰で東條院に勝てたのだ、ありがとう」

「……ど、どういたしまして」


 ヤバい、聖ちゃんに口説かれている気分だ。

 カッコよすぎて聖ちゃんの顔が見ることが出来ない。


 聖ちゃんは普通にお礼を言っているという感じだから、何も恥ずかしがることなく笑みを浮かべているから、俺だけが恥ずかしい。


 心臓がドキドキしすぎて、隣にいる聖ちゃんに聞こえたらどうしようと考えてしまう。



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