第56話 打ち上げ


 さて、俺は他のグループのところに行こうかな。

 そう思って自分の飲み物のグラスだけを持って立ち上がり、修羅場を放っておいて大部屋の座敷を歩き回る。


 聖ちゃんと話したいが、聖ちゃんは女子に囲まれているからさすがに話しかけづらい。


 俺はいつも勇一とつるんでいるが、普通に他の男子とも話す。

 友達がいないわけじゃないからな。


 だけど今からどこかのグループに入るのも、なかなか気まずいな。


「久村くーん、一人なの?」

「ん?」


 後ろから声が聞こえて振り向くと、女子が四人ほど俺の方を見て笑いかけていた。

 その内の二人は、確か球技大会の男子の試合が終わった後に話しかけてくれた人達だ。


「私達と一緒に喋らない?」

「俺がそこに入っていいの?」


 女子しかいないグループに、男子の俺が入っていいものなのか。


「大丈夫だよー、ちょうど久村くんの話してたからさ」

「俺の話?」


 俺はそう言いながらそのグループのところに行き、適当に座る。

 試合終わりに話しかけてくれた女子二人、それに加えてあと二人の女子。


 ……ぶっちゃけ、誰一人として名前をしっかり覚えていない。


 話しかけてくれた女子二人の名字は勇一に聞いたのだが……確か佐藤と伊藤、だったかな。

 どっちが佐藤でどっち伊藤か、マジでわからない。


「久村くん、すごい野球で活躍してたじゃん。それがカッコよかったよねー、って話」

「特に後藤ちゃんがねー、ふふっ、すごく興奮してたもんね」

「ちょ、ちょっと!」


 最後にからかわれた感じの子が、後藤さん。


「それに加藤ちゃんも久村くんのことカッコいいって言ってたよね」

「さ、佐藤さんだって言ってたじゃん!」


 ちょっと待って。

 なんで君達、佐藤、伊藤、後藤、加藤で固まってるの?


 全員の名前は聞けたのに、絶対に混ざって覚えてしまう。


 これはここで彼女達の名前を呼んだら間違えてしまう可能性が高い。


「久村くん、投手上手かったけど、野球やってたの?」


 野球の試合の後に話しかけてくれた女子の内の一人、だから佐藤さんか伊藤さんがそう話しかけてくれた。


「ああ、小学校の時だけね」

「そうなんだ。結構意外、久村くんって運動出来るんだね」

「まあ人並み程度だと思うけど」

「えー、そんなことないよ。だってすごい活躍してたじゃん」

「あれは経験者だったからね。やっぱり経験者と素人の差は大きいよ。まあ、例外を除いて」


 俺はそう言って勇一の方を見る。

 勇一はまだあの二人に囲まれながらご飯を食べていた。


 すげえな、本当によく食べるなぁ。


「あはは、重本くんは特別だよね」

「重本くんって本当に野球やったことないのかな?」

「あいつはどんなスポーツも才能があるからなぁ」


 あそこまで出来る人間なんて普通いないと思うが、さすが漫画の主人公だよな。


「重本くんもすごいけど、久村くんもカッコよかったよ!」

「うん、久村くんがいなかったら男子は優勝してないと思うしね」

「あ、ありがとう」


 加藤さんか後藤さんにそう言われて、少し驚きながらもお礼を言った。


「私達は全然スポーツ出来ないよねぇ」

「そうだね、球技大会のバスケも活躍出来なかったし」

「私達が優勝したのも、全部あの嶋田さんのお陰だもんね」


 そう言って女子達、俺も聖ちゃんの方を見る。

 聖ちゃんもまだ女子達に囲まれながら、楽しく話しているようだ。


「嶋田さん、本当にカッコよかったよね……」

「うん、ほんと……惚れるかと思った」

「私、女子だったら惚れてた」

「あんた女子でしょうよ」


 女子達がちょっと惚れるような目をしながら聖ちゃんを見つめながらそう言った。


 えっ、ちょっと、やめてね。

 聖ちゃんのことをすごい、カッコいいと思うのは俺も嬉しいけど、君達が聖ちゃんを惚れるのはなんか、ドキッとするから。


 しかも「カッコよかった……」ってボソッと言う感じがすごいマジな気がする。

 女子でもライバルになるのはちょっとやめてほしい。



 そんなことを話していると、また会話の話題が変わった。


「ねえねえ、久村くんって好きな人いるの?」

「んー、好きな人か……」


 俺は悩む様子を見せながら考える。


 もちろん、いる。

 好きな人と言われて、聖ちゃん以外に名前が思い浮かばない。


 ただここで聖ちゃんが好きだと言うのはどうだろうか。


 絶対に追求してくるだろうし。

 俺と聖ちゃんが付き合っていることは内緒だから、追求されるのは厳しい。


 だけどここで好きな人いないって答えるのも、なんかなぁ。


「……一応、いるよ」


 正直に答えることにした。

 ここで「いない」って答えるのは、なんか違う気がしたから。


 一応、と言ったけど、全然そんな軽い気持ちじゃなく、めちゃくちゃ本気だけど。


「えっ! ほんとっ!?」

「まさか久村くんに好きな人がいるなんて思わなかった!」


 やはり華の女子高生、恋話にはすごい食いつきを見せる。

 全員が目を丸くして驚き、そして一気に目を輝かせた。


「えっ、誰々!? クラスの女の子!?」

「それとも他のクラスの女子!? 部活で同じ女の子とか?」


 やっぱり聞いてくるよなぁ。

 どうしようか、正直に聖ちゃんだと答えるのはさすがに出来ない。


「部活はやってないから、俺」

「そうなんだ、じゃあうちのクラスの誰か?」

「んー……秘密だな」

「えー!?」


 俺が秘密と言うと、女子達は少しつまらなそうな声を上げるが、顔はまだ輝かせている。


「さすがにいきなり教えるのは無理だな」

「ぶーぶー!」

「ここまで来たら教えてもらいたいなぁ」

「そうだ、じゃあ私達が当てるよ! 当てたら教えてね!」


 一人の女子がそう言うと、全員が俺の好きな人を当てようとしてくる。

 俺はまだ当たったら教えるとは言ってないんだけど……。


「ヒントちょうだい!」

「ヒント求めるの早くない? まだ一人も答えてないのに」

「いいじゃん! 久村くん、ヒント!」


 ヒントと言われてもな……。


「じゃあ、めちゃくちゃ可愛い」

「へー、そうなんだ。意外と久村くんって面食い?」

「そうじゃないけど、好きになった人がたまたま世界一可愛かっただけだな」

「きゃー!」


 俺の言葉に聞いた女子達が黄色い歓声を上げた。


「なにそれなにそれ!」

「ガチじゃん! 久村くん、その人のことめちゃくちゃ好きじゃん!」


 思わず本音を言ってしまったら、意外と盛り上がってしまった。

 周りのクラスの人達から視線が来るのを感じた。


 聖ちゃんからは……。


「あれ、嶋田さん、どうしたの? すごい顔が赤くなってるよ」

「大丈夫? 疲れで熱が出ちゃったのかな?」

「い、いや、大丈夫だ……」


 なんか周りの女子達に顔が赤いことを指摘され、心配されてた。

 どうしたんだろう、俺も心配なんだけど。


 やっぱりあれだけバスケの試合を頑張ったら、疲れも出るよな。


「じゃあさじゃあさ、久村くんはその人のこと顔で好きになったんじゃないんでしょ?」

「そうだな、まあ今は顔も好きだけど」

「ふふー、ご馳走さま! じゃあ久村くんはその人のどんなところが好きになったの?」


 まさかそんなところまで聞かれるとは。

 聞いてくれた佐藤さんか伊藤さんだけど、他の三人もすごい聞きたそうにしている。


 んー、まあこれを話して聖ちゃんだとバレることはないから大丈夫かな。


 少しボカして話すつもりだし。


「そうだな……その人がすごい友達想いなところかな?」

「そうなの? どういうところでわかったの?」

「説明が難しいけど……友達のために自分の気持ちを押し殺して、優しい微笑みをしたところ、みたいな?」

「うわー、なんかよくわからないけど素敵!」


 うん、ボカそうと思うと説明が難しいな。

 だけど俺の答えに満足してくれたようで、女子達は目を輝かせていた。


「嶋田さん、どうしたの?」

「いや、その……ちょっと今は、無理だ……!」

「何が?」


 聖ちゃんの方をチラッと見ると、なぜか聖ちゃんが顔を見られないようにするためか、両手で顔を覆っていた。


 どうしたんだろうか。

 そう思って聖ちゃんを見ていたら、聖ちゃんが両手の隙間から目を覗かせた。


 瞬間、俺と目が合った。


「っ……!」


 真っ赤な顔が見えて、潤んだ瞳が俺を少し睨んでいた。

 聖ちゃんはすぐにまた視線を外すように、両手で顔を覆ってしまった。


 あれ……あの反応。

 もしかして聖ちゃん、こっちの話、聞こえてた?


 だけど俺がいる場所と聖ちゃんの場所、結構離れている。

 これだけ離れていたら聞こえることはないと思うんだけど……。


 わからない、聖ちゃんは人よりも身体能力が高い。

 もしかしたら耳も人よりいいから、聞こえているのかもしれない。


 だけどここじゃ確かめようがないなぁ。


「ねえねえ久村くん! もっとヒントちょうだいよ!」

「ん? あー、そうだなぁ」

「というかヒントというよりはもう、久村くんのその人の想いを聞きたい!」

「なんか趣旨変わってね?」


 うーん、どうしよう。

 女子達の質問に答えながらも、聖ちゃんが聞こえているかどうかも確かめたいな。


「意外と甘いものが好き、とか?」

「女子だったら甘いものは、ほとんどみんな好きだと思うけど」

「そうかもな。だけどなんだろう、俺の好きな人はあんまりそうは見えない人というか。甘いものを美味しそうに食べている姿がすごい可愛い」

「へー、そうなんだー」


 これはあまり女子達には響かなかったようだ。

 多分あれだ、俺が聖ちゃんを好きすぎるから、どんなことでも可愛いと思ってしまうという病気なのかもしれない。


 とりあえず聖ちゃんの方を見ると……。


「べ、別に、しょっぱいものも好きだから……」

「嶋田さん、なんでいきなり残ってるポテト食べ始めたの?」


 聞こえている、のかな?

 俺が甘いものを好きなのが好き、と言ったら、聖ちゃんがしょっぱいものを食べ始めた。


 俺は聖ちゃんの声が聞こえないのでよくわからないが、頬が少し赤いのは見てわかる。


 聞こえているのかよくわからないな。


「えー、久村くんの好きな人誰だろうなぁ」

「これだけのヒントじゃわからないよねぇ」


 女子達が俺の好きな人を当てようとしているようだが……。


「一応言っておくけど、当たっても教えないからな」

「えー、なんで?」

「そりゃ……恥ずかしいし」


 ぶっちゃけ、俺は別にそんな恥ずかしくはないけど。

 聖ちゃんのことを好きっていう気持ちに全く嘘偽りはないから、それを人に話すのは恥ずかしいとは思わない。


 だけど聖ちゃんが人に話すのをあまり好きじゃないみたいだからな。


 付き合っていることを他人に知られたくないみたいだから、俺が聖ちゃんが好きということもあまり言いふらさない方がいいだろう。



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