第54話 勝者は…



 一人で座っている聖のもとに近づいていく影が一人、聖もその人に気づく。


「嶋田さん、お疲れ様。やはりあなた、化け物ね」

「お疲れ、東條院。褒め言葉として受け取っておく」


 東條院は話しかけながら、聖の隣に腰かける。


「水はいるか?」


 聖は持っているペットボトルに入った水を差し出そうとする。


「いいえ、大丈夫よ。それに間接キスは勇一としかしないつもりなの」

「そ、そうか……」


 いらぬ情報が返ってきて、少し戸惑いながらもう一口水を飲む。


「そういえば嶋田さんは、久村くんとキスくらいはしたのかしら?」

「ぶっ……!」


 東條院のいきなりの質問に、聖は危うく水を吹き出すところだった。


「い、一体何を……!」

「あら、普通の恋話よ。それで、したのかしら?」

「い、いや、まだしてないが」

「そうなの? あなた達ならもうしてると思っていたわ」

「なぜだ!?」

「だってあなた達、すごいイチャイチャしてるじゃない。ぶっちゃけ嫉妬するわ」

「し、してない! って、えっ、嫉妬?」

「あっ、もちろん久村くんを狙ってるわけじゃないわよ? ただ私も早く勇一と付き合ってそうやってイチャイチャセッ……したいと思っただけよ」

「そ、そうか……ん? なんかお前、最後に何か言いかけてなかったか?」

「気のせいよ」


 一度、それで会話が途切れる。

 二人は一緒に試合を見るが、どうやら試合は一進一退の様子だ。


 聖も東條院も出てないし、東條院のチームにいるバスケ部の女子も出ていない。


 完全な素人同士の戦い。

 前半のガチ感とは違い、球技大会ならではの上手い下手関係なく、楽しんでいる感じが出ている。


 その試合を二人並んで座って見ていたが、聖は気になっていることを東條院に問いかける。


「東條院、さっき話していた罰ゲームについてなんだが……」

「ああ、久村くんと付き合っていることを……」

「そ、それ以上喋るな!」


 聖は周りを見渡して誰か聞いているかどうか確認して、周りに誰もいないことを見てホッとする。


「……嶋田さん、私も聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」

「なんだ?」

「あなたはなんで、久村くんと付き合っていることを隠しているのかしら?」

「なっ!?」


 いきなりそんなことを直球に聞かれるとは思わず、頬を赤く染める聖。


「私だったら絶対に公表するわ。みんなに話して『私の勇一よ!』って自慢するわよ」

「お前だったらそうするだろうな……」


 むしろ付き合ってない今でも、勇一のカッコよさを周りに自慢している感じがする。


「それに他人に言い触らすことによって、他の女達への牽制になるわ。『勇一は私のものよ、手出しは許さないわ』ってね」

「お前は今でもそれをやってるだろ……」

「あら、そうね。だけど藤瀬さんだけが対抗してくるから、早く排除したいわね」

「物騒な言い方をするな。私の友達の詩帆に手を出したら、絶対に許さないぞ」


 聖は睨みながらそう言うと、東條院はふっと笑って続ける。


「大丈夫よ、そういう排除は藤瀬さんにするつもりはないわ。まあ勇一の害になるのであれば、やっていたかもしれないけど」

「……お前、まさか他の女性にやったことあるのか?」

「ふふ、黙秘権を使うわ」

「……」


 ほとんど「やった」という自白なのだが、詳しく聞くのが怖い。


「犯罪にはしてないわよ。むしろ勇一の害になった女が犯罪を犯していたのよ、勇一に荷物を盗むとかね」

「まあそれなら仕方ないが……本当に大丈夫なのか?」

「ええ、殺してはないわ」

「……そ、そうか」


 これ以上聞くのはやめておこう、と思った聖。


「話を戻すわね。私が嶋田さんの立場だったら、久村くんと付き合っていることを普通に周りに公表するわよ。特に今、久村くんは他の女達から目をつけられているのだし」

「うっ……」


 聖は痛いところを突かれて声を漏らす。


 確かに先程の野球の試合で、久村は活躍していろんな女子に「カッコいい」と言われていた。


 実際、行動に移して久村に話しかけていた女子もいたくらいだ。

 その光景を見た時は「この女が、私の久村を……!」と思って睨んでしまい、その顔を久村に見られてしまった。


 あれは不覚だった、あんな顔を久村には見られたくなかった。


「それで、なんで公表しないのかしら? 公表すれば他の女に牽制も出来るし、教室でもイチャイチャ出来るし、いいことしかないわよ」

「……それは、その」

「ん? 何かしら?」


 小さな声で呟く聖の顔を覗き込む東條院。


「……は、恥ずかしいだろ、他の人に知られるのは」

「っ……!」


 体育座りで顔を隠すように膝に顔を埋める。

 鼻から上が見えている状態で、頬を赤くした状態で東條院から目線を逸らすようにそう言った。


「……まさか私をドキッとさせるなんて、やるわね、嶋田さん」

「ど、どういうことだ?」

「それを久村くんにいつも見せているの? それはもう久村くん、糖分の過剰摂取になるのは時間の問題ね」

「だ、だからどういうことだ!?」


 東條院の言っていることの意味がわからないが、からかわれている感じが伝わるので聖は少し声を荒げる。


「だけどまさか嶋田さんが、そんな可愛らしい理由で他の人に言わないなんてね」

「くっ……あ、あまりからかうな」


 そう言いながらまた顔を逸らす聖。


「てっきり久村くんが彼氏ってことが恥ずかしくて、隠しているのかと思ったわ」

「そ、そんなわけないだろ!」


 聖は話していた中で一番大きな声を上げて否定した。

 さすがに大きな声を出しすぎたのか、周りにいた数人の生徒達が聖と東條院の方を見た。


 聖はそれに気づいてハッとして、気まずそうに顔を俯かせる。


 東條院は聖の反応を見て笑みを浮かべていた。


「冗談よ、ごめんなさいね、そんなに反応するなんて思わなかったから」

「くっ……性格の悪い奴め」

「だけどあなたが本当に久村くんを好きで付き合っていることがわかってよかったわ」

「うっ……!」


 真正面からそう言われてさすがに恥ずかしくなる聖。

 東條院はその様子を見てまたふっと笑い、バスケの試合を眺める。


「ラスト三分くらいになったら私はまた出るけど、嶋田さんは?」


 そう言われて聖もバスケの試合を見てみると、残りはあと五分くらい。

 そして点差はほとんどなく、聖のチームがまだ負けているが二点差である。


「……そうだな、私もその頃になったら出ようか」

「そう。ラスト三分はこっちのバスケの部の子も出ないわ」

「ほう、いいのか?」


 前半はバスケ部の三人と東條院がいて、聖一人に対して五点差で勝てていた。

 バスケ部三人がいなくなると一気に聖が有利になるだろう。


「バスケ部が三人もいて僅差で勝って、勝ち誇るほど私は安い女じゃないわ」

「そうか。では私も全力で相手しよう。重本には胸を借りる予約はしたか?」

「未来永劫、独占契約で予約をしたいのだけれどね。だけど数分後に胸を借りるのはあなたよ、もちろん久村くんのね」


 二人は同時に立ち上がり、顔を見合わせて笑い合う。


「私が勝ったら久村くんとの関係を公表する、いいわね?」

「まだそれを忘れてなかったか」

「もちろんよ。恥ずかしいのはいいけれど、公表した方がメリットは多いと思うわよ」

「……別にメリットを考えて公表したいわけじゃない」

「そう、まあ公表する心の準備はしておきなさいね」

「いや、お前の罰ゲームを決める準備だけしておこう」


 二人はそう言い合って、お互いに自分のクラスメイトがいる方へ歩いていった。



 そして数分後、聖と東條院がまたコートに入った。


 今度は東條院が言ってた通り、バスケ部の女子は入ってこない。


 正真正銘、聖と東條院の一対一だ。

 同じチームの女子達や、その試合を見ている男女の生徒全員が、その二人の一対一をもう一度見たいと思っていた。


 二人が出てきただけで歓声が上がる体育館。


 その歓声を二人は受けながらも、お互いのことを見て笑っていた。


 点差は二点、東條院のチームがリードをしている。


「点差を広げて勝ってやるわ」

「寝言は寝てから言うんだな」


 絶対に負けるつもりはない、二人はそう宣言してからラスト三分が始まった――。


 ラスト三分は、全てのボールが二人に集まった。

 チームメイト達も空気を読むなどではなく、二人の戦いを見たかったからだ。


 二回の攻防を終えて、勝負は互角のように見えた。


 聖が一本決めれば、東條院も一本決める。

 それを二回繰り返した、だから実力は互角……かと思ったが。


 聖は二回の攻撃で、どちらもスリーポイントを決めたのだ。

 前半は東條院が聖にベッタリつくように守っていたが、それは抜かれてもヘルプが来るという前提があったからだ。


 だが今は完全な一対一、ヘルプなど来ないから抜かれないようにしないといけない。


 だから少し離れてディフェンスをしていたのだが、その隙をついて一本目を軽くスリーポイントを決められてしまった。

 聖はスリーポイントが二本、東條院はツーポイントが二本。


 決めた本数は同じだが、二点の差がある。


 つまり……最初に東條院チームがリードしていた点数は消えて、同点になった。


 残り三十秒を切って、東條院が攻める番だ。

 時間的に東條院が攻撃を仕掛けるのは最後だろう。


「やるわね、嶋田さん……」


 スリーポイントラインあたりでボールを持っている東條院が、目の前で腰を落としてディフェンスをしている聖に言った。


「東條院、お前もな……だが今度は止める」


 点数は追いついたがしっかり勝ち切るためには、聖はこの攻撃を止めないといけない。


「……そんなに、久村くんのことを隠したいのかしら?」

「っ……それはさっき言っただろう」

「私だったら自慢の彼氏をいろんな人に知ってもらいたいわ。『この人が私の彼氏よ』ってね。そういう気持ちはないのかしら?」

「っ、それは……!」

「久村くんが恥ずかしい彼氏じゃないのなら、なおさらね」


 瞬間、東條院が仕掛ける。

 素早いドリブルで右にフェイントをし、すぐ左に切り返す。


「くっ……!」


 聖は翻弄されてしまい完全に出遅れて抜かれてしまった。

 東條院の目の前には誰もおらず、ゴールに簡単にシュート出来る。


 そのまま走りながらボールを持ち、レイアップシュートを放つ――。


「なっ!?」


 東條院の手からボールが離れる瞬間、後ろから追いかけてきた聖がボールを叩いた。

 完全に抜き去ったのに、まさか後ろからブロックされるとは思わなかった東條院は声を上げて驚く。


 叩かれたボールは東條院の足に当たってからコートの外に出た。


 時計は止まり、聖のチームからのスローインで始まる。


 残りは十秒。

 聖のチームの女生徒がスローインをしてくれて、聖がボールを貰う。

 すぐに聖はセンターラインまで運び、コートの真ん中あたりでドリブルを続ける。


 残り八秒。

 東條院は聖から少し離れて、スリーポイントラインから一歩外のあたりで聖の攻撃に備えている。

 聖が仕掛けるとしたら時間ギリギリ、その時にドリブルで自分を抜こうとしてくるだろう。


 残り六秒。

 ツーポイントでも勝ち、スリーポイントでも勝ち、聖ならどちらでも決められるはずだ。

 だからスリーポイントも警戒しているが、まだ聖はセンターラインあたりでドリブルをしているから、少し距離を開けている。


 残り四秒。

 まだ聖が仕掛けない。

 そろそろ仕掛けてくると思って身構える東條院、だが――仕掛けてこない。


 残り二秒。


(っ、まさか!)


 そこで東條院は気づく、聖が仕掛けようとしている最後の攻撃を。


 瞬間、聖がドリブルをやめてボールを持つ。

 そして、シュートを放った。


 スリーポイントラインから三メートル以上離れている場所からの、超ロングシュート。

 そんな遠くから打ってくるわけがないと思って離れて守っていた東條院、何も出来ずにその綺麗なフォームを見つめるしかない。


 遠くから打ったからこそ、ボールはいつもより大きな弧を描いていた。


「東條院、私は大事な宝物を……誰にも見せずに自分だけのものにしたいタイプなんだ」


 聖がそう言った瞬間――ボールはリングに吸い込まれた。


 体育館に一瞬の静寂が走り、次の瞬間には爆発的な歓声が響き渡った。


 勝者は、聖だ。


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