第46話 お風呂の中で



 聖は久村が帰った後、家に入り遅めの夜ご飯を食べた。

 夜の九時過ぎまで夜ご飯を食べていなかったことを忘れてしまっていた。


「申し訳ないことをしたな……」


 自分が食べていないということは、聖に付き合ってくれていた久村も食べていなかった。

 バスケの練習に長いこと付き合わせて、夜ご飯も抜きにさせてしまったとなると、さらに申し訳ない気持ちが湧いてくる。


(ただあいつなら……優しいから、気にしないで、とでも言ってくれるだろうが)


 そう思ってクスッと笑ってしまう。

 久村は優しすぎるから、そう言ってくれるのが簡単に思い浮かぶ。


(全くあいつは……私が悪女だったら、都合のいい男として扱われてしまうぞ)


 あんなにも優しくいい人なので、好きになった人が最低な女だったら、適当にあしらわれてしまう可能性が高いだろう。

 聖は自分でそんなことを想像してしまったが、想像しておきながら少しイラっとした。


(まあ私はそんなこと絶対にしないが。私はそこらの悪女ではないからな。まあ多分、だから久村も私のことを、す、好きになってくれたわけだし……私も本当に久村がす、好きで、付き合ったわけだし……)


 自分の心の中で言っているだけなのに、顔を赤くする聖。

 だがここはまだ家のリビングで母親がいるので、悶えることは出来ない。


 ご飯を食べ終わり、自分の部屋に戻るまであまり久村のことは考えないようにした聖だった。



 聖はお風呂に入りながら、今日のことを思い返す。


 今日は久しぶりに本気の運動をしたから、身体に疲れが少し溜まっている。

 こういう時のお風呂はいつもよりも気持ちいいから、長風呂になる聖だった。


「はぁ……気持ちいいな」


 肩まで浸かり、気持ちよさから息が漏れた。

 風呂に浸かりながら、今日酷使した身体を労わるように、腕や足を揉んでいく。


 こうすることで翌日に筋肉痛などを残さないようにするのだ。


 風呂の中で揉んでいく中で……一つ、気になったことが。


「……また少し大きくなったか?」


 自分の目線の真下あたりに浮かぶ、二つの半球。

 それが前よりも目測だが、大きくなっている気がした。


 中学生に上がった頃から膨らみ始め、今では誰が見ても「大きい」と判断されるようなものになってしまった。


 聖としては、ぶっちゃけとても邪魔なものだ。


「だがこれを言うと、詩帆はいつも怒るのだが……」


 ない者からすると、ある者が「いらない」と言うととても腹が立つらしい。

 一度だけ「半分でもあげたいぐらいなのだが」と冗談で言ったら、詩帆が一番怖い表情をしたことを覚えている。


 風呂に入っているのに、それを思い出して身震いをするほどだ。


 それからはあまり詩帆とそういう話をしないようにしていた。


「……久村は、どっちが好きなのだろうか」


 思わずそう呟いてしまった聖は、さすがに恥ずかしすぎて一人で顔を真っ赤にした。


「い、いや、別にあいつがどっちが好きなのかなんて、どうでもいいが……!」


 自分でそう口にするが……気にならないと言ったら嘘になる。


(お、男は総じて大きいのが好きと聞いたことがあるが……小さい方が好きという人もいると聞いたことある。久村は、どちらなのだろうか……)


 やはり久村の彼女としては、久村の好みであれば嬉しく思う。


 だがこれに関しては、努力でどうにか出来る問題ではない。

 しかも小さいのを大きくする努力は出来るかもしれないが、大きいのを小さくするのは努力じゃどうにもならない。


(好みを知るには直接聞くしかないが……こ、こんなこと、聞けるわけがない!)


 さすがにこれについて聞けるほど、まだ二人の関係は進み切っていない。

 付き合って一週間程度、とても健全に、まだ手しか繋いでないのだ。


(だ、だがまあ……こ、恋人繋ぎというのは、したしな)


 そう考えて思わずニヤついてしまい、それに気づいて口元を隠すように湯船に深く浸かった。


 今日はアラウンドワンからの帰りは、自転車に二人乗りをしていたので、さすがに手は繋げなかった。


 だが手を繋ぐよりも久村の背中に近づいて、肩に手を置いていた。


 後ろから久村のことをじっと見たのは初めてだったが想像以上に大きい背中で、自分のような女性にはないゴツゴツした骨格の肩で少しドキッとしたのは内緒だ。


 背中から体温を感じれるくらいの距離で、手を繋ぐという行為とは違うドキドキ感があったのも楽しかった。


 そして最後、自分の家まで送ってくれた久村に……聖はちょっと甘えようかと悩んだ。

 二人乗りをしている時に「甘えてくれたら嬉しい」と言われたから。


 出来なかったのは甘え方があまりわからなかったのと、やはりいきなりで恥ずかしかったからだ。


 あの時に甘える行為として思い浮かんだ内容は、頭を撫でてもらうこと。


 恋愛経験がない聖としては、兄の影響で好きになった少年漫画とかで、女の子が頭を撫でてもらっているシーンを思い浮かべたのだ。


 主人公に頭を撫でてもらって恥ずかしそうにしながらも嬉しがるヒロイン。


 それが久村に甘えようとした時に、聖の頭に思い浮かんだ。

 だがいきなり「頭を撫でてくれ」というのは難しかったから、言えなかった。


「……今度、言ってみようかな」


 肩まで風呂に浸かりながら、頬を赤くしながらそう言った。

 するといきなり、湯船の縁に置いてあったスマホが鳴った。


「わっ!?」


 いきなりのことで驚いて声を上げてしまったが、落ち着いて風呂に入ったまま防水のスマホを手に取る。


 鳴った理由はRINEで人から連絡が来たからだった。


 誰かから来たのかと思いアプリを開くと、詩帆の名前が。

 詩帆とは頻繁にRINEをしているので、この時間にいきなり連絡が来ても不思議ではない。


 その内容は……。


『そういえば今日、久村くんと一緒にカフェに行ってたんだよね? 何かあった?』


 ということだった。


「何かあった、というのはどういう意味だ?」


 思わずそう口に出してしまった聖だが、とりあえず返事をする。


『ああ、行ったな。何か、というのはわからないが、カフェに行った後に一緒にアラウンドワンに行ったぞ』


 送ってすぐに既読がつき、数秒後には返事が来た。


『結構しっかり遊んでるね! 楽しかった?』

『遊ぶというよりは、私のバスケの練習に付き合ってもらったというのが正しいが、楽しかったぞ』

『球技大会の練習? すごいね、何時までやってたの?』

『夜の九時まで』

『すごっ!? それだけ練習する聖ちゃんもすごいけど、それに付き合ってくれた久村くんも優しいね』

『ああ、とても助かった』

『お礼にキスでもした?』

「はっ!?」


 詩帆からのメッセージに、風呂の中で大声を出してしまう。

 響きやすい浴室の中に、聖の声が響いてしまい、聖は慌てて口に手を当てる。


 さっきよりも文字を打つ速度が速くなり、画面をタップする力が強くなる。


『してない!』

『えっ、もしかして、まだキスしてないの?』

『するわけないだろ! まだ付き合って一週間だぞ!』

『いや、そうなんだけど、聖ちゃんと久村くんのラブラブ具合なら、してるのかと思ってたよ』

「ラ、ラブラブ具合って……!」


 まさか詩帆にそんな風に思われているとは。

 聖は動揺をメッセージに出さないようにして送る。


『別にラブラブなんてしてないぞ』

『だって昼休みのご飯食べてる時、時々手繋いでない?』

「な、なぜ知ってるんだ!?」


 まさかバレているとは全く思っていなかった。


 学校の昼休み、最近は五人で食べているのだが、聖の隣には久村が座っている。

 先週、食べ終わって談笑している時に、久村がいきなり机の下で手を握ってきたのだ。


 最初はすごい驚いて、誰が見ても何かあったのかと聞くレベルで動揺してしまった。


 すぐに久村に小さな声で注意をしたのだが、あいつは懲りずに時々手を繋いでくるのだ。

 五人で食べているとクラス中の人達が自分達を注目してくるのだが、どちらかというと重元や詩帆、東條院の方を見ているので、聖と久村は注目を浴びていない。


 そして一番後ろの席の方で食べているので、聖と久村が座っている側には生徒は誰もいないのだ。


 だから机の下で手を繋いでも、見える人はいない。

 それを利用して久村が手を繋いできて、聖の反応を楽しんでいるのだ。


『あれは、久村が無理やり握ってきて……手を繋いでるわけじゃない!』


 完全に言い訳のようにメッセージを送る。


『えー、だけど恋人繋ぎもしてたよね? それに聖ちゃんからもやってたでしょ?』

「ほ、本当になんで知って……! もしかして久村が話したのか!?」


 確かに先週の金曜日は、仕返しをするように聖から握った。

 久村の反応もとても面白く、やり返したとあって満足度は高かったのだが、その後すぐに恋人繋ぎをされて仕返しをされた。


 それをまさか詩帆が知っているなんて。


『私から握ったのは一回だけだ! それにそれも久村にやられてばかりだったから、仕返しをしただけで……恋人繋ぎに関しては、久村がやってきたことだ!』

『あはっ、やっぱり聖ちゃんからも握ってたんだね。しかも恋人繋ぎもやってたんだ』

『えっ、どういうことだ?』

『私が知ってるのは二人が机の下で手を繋いでるってだけだよー。聖ちゃんから握ったとか恋人繋ぎをしたとかは、今、聖ちゃんから教えてもらっちゃった』


 ……前にも、こんなことがあった。


「またハメられた……!」



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