第45話 放課後デート、運動施設で



「今日はスリーポイントを練習して帰るか。ジャンプシュートならそこまで本気で跳ばないから、スカートがひるがえることはないだろう」

「うん、大丈夫だと思うよ」


 そして聖ちゃんはボールを拾って、ゴールから離れていく。

 スリーポイントラインの外に立ち、ボールを軽くその場で弾ませる。


「じゃあ俺はゴール下で、聖ちゃんが打ったやつを拾ってパスするよ」

「ああ、ありがとう」

「そのために来たからね」


 一人でシュート練習するよりも、ボール拾いをする人がもう一人いた方が効率は上がるだろう。

 シュートを外すとリングに当たって四方八方にいってしまうので、一人で打って拾ってというのは大変だ。


「ボール拾いは任せて」

「ありがとう。だがあまり動かせるのも申し訳ない」

「そのくらい別に大丈夫だけど」

「だから全部決めれば、久村もゴール下から動かなくてすむだろう?」


 聖ちゃんはそう言って笑い、綺麗なフォームでジャンプシュートを放つ。

 放たれたボールは綺麗な弧を描き、パサッと音を立ててリングに吸い込まれていった。


 カッコよすぎ……!


 俺は見惚れてしまい、ボールがリングを潜って落ちてきたのに拾うのを忘れていた。


「久村、ボールを拾ってくれるのではなかったのか?」

「あっ、ご、ごめん」

「いや、まあ大丈夫だ。もう戻ってきた」


 聖ちゃんの言う通り、リングを潜ったボールは聖ちゃんのもとに戻っていた。

 放ったボールがリングに当たらずに綺麗な回転がかかっていると、放った人のもとに戻るのだ。


 素人が一発目に打って、そんな綺麗に入ることなんて普通はないだろう。


「次は拾うから」


 今のが続けばずっとボールは聖ちゃんのもとに戻るけど、戻る速度は遅いし、毎回そんな綺麗に入ることはないだろう。

 俺もしっかり仕事をしなければ。


「ああ、頼むぞ」


 そう言って聖ちゃんはまた綺麗なフォームで、スリーポイントを放とうとする。


 あぁ……マジで――。


「超カッコいいなぁ……」

「んんっ!?」


 聖ちゃんはシュートを打つ瞬間にフォームが崩れ、放ったシュートもリングにガシャンと当たって弾かれた。


「ひ、久村、いきなりそういうことを言うな。集中が切れるから……」

「ごめん、無意識に口から出てた」

「そ、それなら仕方ない……のか?」


 俺は外れたボールを拾いに行き、聖ちゃんに投げて渡す。


「あまり邪魔しないでくれよ」

「うん、わかってる」


 聖ちゃんは頬が少し赤くなっていたが、深呼吸をして落ち着かせている。


 そして、またスリーポイントを打ち始めた。

 一本、二本と連続で決まり、三本目も入る。


 素人が一本打ってマグレで入るということはあるが、三本連続はもう素人のラッキーシュートではない。


 聖ちゃんは完全に、狙って入れている。

 しかし四本目を外し、聖ちゃんは一度頷く。


「だいたいわかった。次からは、久村を動かさずに百本連続で入れよう」

「それが出来たらすごすぎだけど」


 そして聖ちゃんはまたとても様になっているフォームで、連続でシュートをは放っていく。



 数分後……聖ちゃんは目標達成は出来なかった。


「くそっ、七十二本目で外してしまったか」


 聖ちゃんは悔しそうにそう言ったが、実際は意味わからないくらいに入れている。


 素人を抜きにして、経験者でも七十二本連続なんて入らない。

 やはり聖ちゃんは運動神経がいい、なんて言葉じゃ表現しきれないくらい、スポーツが得意なようだ。


「十分でしょ、すごすぎるよ」

「だがこれでは試合で全部決めるというのは、夢のまた夢だな」

「うん、まあそうかもだけどさ」


 プロのバスケ選手でも試合中に十割で決める人なんていないのだ。


「もう少し練習したいが……もうすでに遅い時間だな」

「そうだね、十八時すぎくらいだ」


 もともと放課後になって俺達はカフェで話していたから、ここに来る時間が遅かった。

 まだここに来てから少ししか時間は経ってないが、もうすでに夜は暗くなっている。


「だが私はもう少し打って練習をしたいな……」

「えっ、本当に?」

「ああ、ようやく感覚を掴んできたからここでやめるのはもったいない。付き合わせるのも悪いから、久村は帰っていいぞ」


 そう言って聖ちゃんはまたスリーポイントを放った。

 それも綺麗に入り、リングを潜ったボールを俺は拾って聖ちゃんにパスをする。


「いや、俺も残るよ」

「本当か? ありがたいが、別に無理しなくても」

「俺が聖ちゃんと一緒にいたいから残るだけだから、気にしなくていいよ」

「っ、そ、そうか……その、ありがとう」


 聖ちゃんは顔を赤くしながらも、照れ隠しをするようにシュートを放つ。

 先程は動揺していた時に打ったものは入らなかったが、今回は綺麗に入った。


「ナイッシュー」


 そう言いながらボールを拾い、聖ちゃんにパスをする。

 俺としてもカッコいい聖ちゃんの姿を観れるのだから、何時間でも付き合ってあげたくなる。


 その後、俺と聖ちゃんはアラウンドワンのバスケットコートで、シュート練習をしていたのだった。



 夜九時ぐらいになり、俺と聖ちゃんはアラウンドワンを出た。

 当然だがもう辺りは真っ暗で、街灯がなかったら何も見えないだろう。


「俺が残った方が、帰る時は楽でしょ」


 俺は自転車を漕ぎながら、後ろに乗っている聖ちゃんに話しかけた。


「それは否定しないが……別にお前に帰りを送ってもらいたいから、残ってもらいたいと思っていたわけじゃないぞ」

「もちろんそれはわかってるよ。というか、残ってもらいたかったの?」

「あっ……そ、その、そりゃ一人でやるよりは、久村と一緒にやった方が楽しいだろ……」

「……そ、そっか」


 とんでもないカウンターパンチを食らった気分だ。

 俺と一緒にやった方が楽しい、なんて言葉を聖ちゃんから言われるとは思っていなかったので、嬉しすぎて一瞬言葉が出なかった。


 その後、ちょっと気まずくなって、黙ったまま俺はチャリを漕ぎ、聖ちゃんは俺の肩に手を乗せていた。


 気まずいといっても悪い空気じゃなく、恥ずかしくてちょっと喋りづらいというような空気だ。


「そ、そういえば、バスケのシュートの調子はどうだった?」

「あ、ああ、そうだな、まあ悪くはないが、試合で全部決まられるほどではないな」

「まあそりゃ難しいよね」


 今回聖ちゃんがバスケの練習をした理由は、今度の球技大会で東條院さんに勝つためだ。

 聖ちゃんはスリーポイントを全部入れれば勝てるという暴論を言っているが、難しいだろうなぁ。


「だから明日も練習するつもりだ」

「えっ、そうなの?」

「もちろんだ。明後日が本番で、前日に練習しないわけがないだろう」

「すごいね……じゃあ明日も付き合うよ」

「本当か? おそらく今日よりも長くやるかもしれないが……」

「そ、そうなんだ。まあ大丈夫だよ」


 今日も四時間近くずっとシュートを打っていたけど、それ以上か……。

 ここまで聖ちゃんが球技大会に本気を出すとは。


 東條院さんに負けたくないからという理由だったけど、ここまで負けず嫌いだったのか。


「聖ちゃんは、東條院さんのことはどう思ってるの?」

「はっ? いきなりなんだ?」

「いや、今回のバスケの練習も、東條院さんに負けたくないからやってるじゃん。それだけ東條院さん相手に本気になってるから、彼女のことはどう思ってるのかなぁ、って」

「うーん……嫌いではないな。最初は重本のことをストーカーみたいなことをしているお嬢様、という印象だったが」

「あー、まあそうだね」


 実際その通りだから、特に否定するところはない。


「それと詩帆の恋愛を邪魔する奴だと思っていたが……東條院も重本のことが好きなだけの不器用な女の子、というのに気づいたからな。今は昼休みも一緒にご飯を食べてるし、嫌いではないぞ」

「そっか」

「だが……時々からかってくるのは、少しイラつくが。東條院に言ってないよな?」

「何を?」

「その……私達が、付き合っていることを……」


 恥ずかしそうに言うのが後ろから聞こえてきて、俺はちょっと悶えそうになるがチャリを漕いでいるのが我慢する。


「俺は言ってないよ。だけど多分、なんか雰囲気で察してるかもしれないね」

「ああ、そうかもしれないな。遊園地の時にも、言われたし……」

「えっ、遊園地の時に東條院さんと何か喋ったの?」

「あっ、いや……なんでもない!」

「そう?」


 おそらく何か東條院さんと喋ったのだろうが、聖ちゃんは恥ずかしがって教えてくれそうにないので、追求はしないでおこう。


 そんなことを話していたら、聖ちゃんといつも分かれる場所まで来た。


「じゃあここで降ろしてくれ」

「いや、今日は夜も遅いし、家まで送るよ」

「さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ない。私はここで大丈夫だ」


 聖ちゃんはそう言うが、ここは俺も譲れない。


「こんな夜遅くに彼女を一人で帰せないよ。危ないから、送らせてよ」

「そ、そうか? じゃあその、お言葉に甘えさせてもらう」

「うん、甘えて甘えて。言葉だけじゃなくて態度でも甘えてもらえたら嬉しいかな」

「っ……か、考えとく」

「えっ……う、うん、前向きに考えてくれると嬉しいです」


 まさか本当に甘えてくれることを考えてくれるとは思わず、敬語になってしまった。

 聖ちゃんに甘えられたら、俺は死んでしまうかもしれないが……本望だろう。


 今の会話で少しドキドキしながらも、聖ちゃんの案内に従いながら家まで送る。


 案内に従い着いた家は、普通の一軒家だった。

 だけど聖ちゃんの家だと思うと、なんかすごい特別な家という感じがする。


「今日はありがとう、久村。私の練習にこんな夜遅くまで付き合ってもらって、さらに送ってくれて」


 聖ちゃんは自転車の後ろから降り、俺の隣に立ってそう言った。


「俺が一緒にいたかっただけだから、気にしないでいいよ。それに俺も聖ちゃんのバスケしてる姿見れて楽しかったしね」

「そ、そうか? それならよかったが……その……」


 聖ちゃんは俺のすぐ隣に立ち、何か言いたげに俺のことを見上げる。

 しかし頬を赤くして、口を閉じた。


「ん? どうしたの?」

「い、いや、その、今日は本当にありがとう。とても助かった」

「うん、俺も楽しかったから」

「じゃあ、また明日」

「また明日、おやすみ」


 そう言ってお互いに手を振ってから、俺はチャリを漕ぎ出した。


 ……聖ちゃんが控えめに手を振る姿、可愛いな。


 そんなことを思いながら、俺は今日も楽しかったなぁと思いながら、家路についた。



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