第44話 運動施設へ



 俺と聖ちゃんはカフェを出て、アラウンドワンに向かうことになった。

 その時……急いで行くということなので、俺の自転車の後ろに聖ちゃんが乗ることになった。


 ま、まさか、聖ちゃんと二人乗りをすることになるなんて……!


「どう乗ればいいんだ? 私も初めてで、よくわからんのだが」

「後ろの荷台の部分に横向きに乗って……」

「こうか?」

「そうそう。座ってるだけだと安定しないから、俺の肩とか腰に手を回して……」


 言っている時に気づいた。

 聖ちゃんから俺の方に身体をくっつけないといけないのか、これ。


 そうしないと危ないから、やらないといけないのだが……めちゃくちゃ緊張する。


 妹の凛恵とはほぼ毎日二人乗りをしているが、凛恵は俺の肩に手を置く。

 一度だけ「腰に手を回した方が安定するぞ」と言ったことがあるが、「……バカじゃないの」と言われた、解せぬ。


 だけど一瞬だけ肩から手を離し、腰あたりに手を回そうとした気配があったと思う、俺の気のせいじゃない限り。


「こ、こうか?」


 聖ちゃんは俺の肩に手を置いて、軽く掴んできた。

 思った以上に柔らかい手が肩にあたり、ドキッとする。


 何回か手を繋いだことがあるけど、やはりいまだに慣れない。


 それが今回は初めて触られる肩だから、なおさら慣れていない。

 なぜ制服越しに肩を軽く握られているだけなのに、柔らかいと伝わってくるのか。


「これで大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫。じゃあ、行くよ」


 俺が足に力を入れて漕ぎ始める。

 最初は緊張していて上手く漕げなかったが、しばらく経ってようやくいつも通りに漕げれるようになった。


 聖ちゃんもなんだか少し緊張しているのか、俺の肩を握っている手が結構強い。


「乗り心地はどうですか、お姫様」

「お、お姫様!? 一体何を……!?」

「いやちょっとした冗談だよ、そこまで間に受けないで」

「あ、ああ、そうか……うむ、悪くないぞ、しもべよ」

「あっ、王子様じゃないんだね、俺」

「ふふっ、白馬ではないからな」


 今の会話で、少しだけ聖ちゃんの緊張が解けたようだ。


「乗り心地は悪くないな。やはり凛恵を毎日後ろに乗せているからか?」

「そうだね、毎日も凛恵を乗せてれば慣れるよ。あとは聖ちゃんが乗ってるところ、二人乗り用に柔らかいクッションみたいのがあるからね」

「ああ、そういえばそうだな」

「凛恵がずっと硬いところに座ってたから、買って取り付けたんだよ」


 凛恵が毎日乗るんだったら、やっぱりクッションみたいのをつけてあげないとな。


 凛恵のお尻は、俺が守る!

 ……自分ながらキモいな。


 俺がそんなことを考えているとは思っていないであろう聖ちゃんは、楽しそうに横を向いて過ぎていく景色を眺めているようだ。


 聖ちゃんが楽しそうで何よりだ。


 そう思いながらチャリを漕いでいき、信号が直前で赤になったのでブレーキをかけた。


「あっ」

「っ!?」


 俺がブレーキをかけるとは思っていなかったのか、聖ちゃんは慣性の法則で俺の背中にくっついてしまった。


 そこまでは凛恵でも良くやることだから、しょうがない。

 だが……凛恵と全く違うことが、一つだけあった。


 それは背中に当たった感触というか、その、おそらく凛恵と聖ちゃんの身体的な成長の差というか……。


 とにかく聖ちゃんの方が大きいようで……聖ちゃんは横向きに乗っているので、本当に少ししか俺の背中に当たらなかったのだが、その主張はすごかった。


「すまない、背中にぶつかってしまったが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

「鼻血が出てるじゃないか!?」

「えっ、あ、本当だ」


 俺も気づかなかったが、鼻の下を触ると血が出ていた。

 聖ちゃんが後ろで慌てながらもカバンからティッシュを出して、俺に渡してくれた。


「ありがとう」


 俺はそれを受け取り、適当にちぎって丸めて血が出た方の鼻の穴に突っ込んだ。


「大丈夫か? 私が背中に当たった時に出た……いや、背中に当たって鼻血は出るのか?」

「条件が整えば、出てしまうものなんだろうね」

「それはどんな条件なんだ?」

「二人乗りをしていて、その後ろに聖ちゃんが乗っているという条件かな」

「なんだそれは? つまり、もう私と二人乗りはやめた方がいいということか?」

「いや違う。むしろ一生後ろに乗っていてほしいまである」

「い、一生は無理だろ……おじいちゃんになったら、ほら、お互いに体力があるかどうかわからないし……」


 ん? なんか話がすごい方向に逸れたけど……まあいいか。

 とりあえず信号も青になったし、二人乗りを続けながらチャリを漕ぐ。


「本当に大丈夫か? なんなら私が変わって漕いでもいいぞ」

「さすがに男として、女の子に漕がせるわけにはいかないでしょ。大丈夫だよ、すぐ止まるから」

「それならいいが……凛恵と二人乗りする時も、背中に当たったら鼻血が出たことはあるのか?」

「いや全く。妹だし、当たるほどないしね」

「ん? どういうことだ? 凛恵は背中に当たってこないのか?」

「いや、まあ、そんな感じかな」


 妹だから別に当たっても欲情はしないし。

 凛恵は聖ちゃんほど大きくないから、当たらないし。


 いや、これ以上はよそう、凛恵の沽券に関わる……もう遅いかな?

 まあ口に出してないから大丈夫でしょ。


 そんなことを思いながら、俺と聖ちゃんは二人乗りでアラウンドワンに向かった。


 ……その頃、凛恵がくしゃみをしていたらしいのだが、俺は知るよしもなかった。



 アラウンドワンに着いて、すぐに中に入ってお金を払いスポーツが出来るところへと入る。


 フットサルやバドミントンが出来たり、バッティングセンターがあったりと、本当にいろんなスポーツが出来るようだ。


 だけど俺と聖ちゃんはそれらを素通りして、バスケットコートがある場所へと向かった。

 幸運なことに他に使っている人は誰もいないので、すぐに使うことが出来た。


「久しぶりにバスケットボールに触ったが……」


 聖ちゃんはそう言いながら軽くドリブルしていたが……めちゃくちゃ様になっていた。


 素人が久しぶりに触ったレベルのドリブルの仕方じゃない。

 レッグスルーという足の間にボールを通す技や、ビハインドザバックという背中の後ろにボールを通す技を軽々とやる。


 それ、素人がそんな簡単に出来るような技じゃないと思うんですけど。


 普通の素人はまず、ドリブルする時にボールを見ないと出来ないから下を向く。

 もちろん聖ちゃんはボールなんか見ずに、難しいドリブルの技を次々にする。


「ふむ、まだ慣れないな」

「マジか」


 思わず呟いてしまった。

 それだけボールを上手く扱って、微妙な顔をする聖ちゃん。


「聖ちゃんって本当にバスケやったことないんだよね?」

「ん? そうだな、バスケに限らずほとんどのスポーツを、学校の授業以外でやったことはないな」


 すごすぎてもう、言葉にならない。

 それなのにどのスポーツも、授業でやったくらいの練習量で、県代表の人に勝てるくらい強くなるんだから。


 聖ちゃんは俺と喋りながらもドリブルを続けており、そのままゴールに向かって走る。


 走る速度もとても速く、普通は素人ならドリブルしながら全力ダッシュなんて出来るわけがない。

 聖ちゃんはまだ全力ではないんだろうけど、それに近い速度でゴールに向かって走り、レイアップシュートをする。


 右手でボールを持ち、ゴールに向かってジャンプしてボールをそっと置くようにするシュートだ。


 その姿がとても様になっていて、カッコいい――っ!


「まあこれは入って当然だな。問題はスリーポイントだが……ん? どうした、久村」


 俺がすごい勢いで顔を逸らしたから、聖ちゃんがそう問いかけてきた。


「そ、その、聖ちゃん……そのシュートは、今の格好でやらない方がいいと思う」


 俺と聖ちゃんは学校が終わって、そのままここに来た、つまり二人とも制服のままだ。

 制服ということは……聖ちゃんは、スカート姿のままということで。


 結構短いスカートなので、思いっきりジャンプをするとスカートが勢いで捲れて……。


「えっ? あっ……!」


 聖ちゃんは気づいたようで、顔を赤くしながらボールを離して両手でスカートの裾を押さえる。

 今押さえても特に何も意味はないのだが。


「み、見えたか?」

「見えてない。見える寸前に顔逸らしました」

「そ、そうか……それなら、よかったが」

「ただちょっと赤いのが見えた気がしました」

「見てるじゃないか!」

「ごめんなさい!」


 本当にギリギリでした、ギリギリ見えてしまったのです。

 俺は悪くない、多分。


 本気で俺は顔を逸らそうとしたんだ、だけど少しだけ見えてしまったんだ。

 いや、まあちょっと顔を逸らしながらも、目線は残したかもしれないけど。


 男としてしょうがないと思う、それは。


「うぅ……」

「ごめん、聖ちゃん」

「いや、その、私がスカートで跳んだのが悪かったから……今日は体育着も持ってないし、もうレイアップシュートはやめておこう」

「そうした方がいいね」


 ここには俺だけじゃなく、もちろん他の人もたくさんいる。

 今は幸運なことに周りには誰もいなかったが、次もいないとは限らない。


 俺以外に聖ちゃんの神聖なるパンツを見た奴がいたら……絶対に許さん、生きて帰さん。


 俺も犯罪は犯したくないので、聖ちゃんにはパンツがもう見えないように気をつけて欲しい。



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