第47話 大きくなるには



「またハメられた……!」


 お風呂に入ったまま、前のように詩帆に電話をかける。

 呼び出し音が二回響き、繋がる。


『もしもし、聖ちゃん……?』

「……詩帆、またハメたな」

『あ、あはは、ごめんね。だけど聖ちゃんから話したんだから、私はあまり悪くないと思うけど……?』

「そうかそうか。詩帆はもう私に料理を習わなくていい、ということか」

『ごめんなさい聖ちゃん、私が悪かったです』


 すぐに謝った詩帆。

 料理が上手い聖が教えても全く上手く出来ないのに、詩帆一人で出来るはずがない。


 人に食べさせられるくらい上手くなるまで、一人でやったら何年もかかってしまうだろう。


『そういえば聖ちゃん、電話越しの声の響き方が変だけど、どこで電話してるの?』

「お風呂だ。今日は激しい運動をしたから少し長く浸かってるんだ」

『そうなんだ……テレビ電話にしていい?』

「別にいいが、する意味はあるのか?」

『いやー、なんとなくだよ、なんとなく』


 特に断る理由もないので、詩帆の提案を受けてテレビ電話に切り替える。

 風呂に浸かりながら、スマホを縦に持って自分の顔の辺りを映るようにした。


「これでいいか?」

『うん! 聖ちゃん、久しぶりー!』

「今日学校で会ったから、数時間ぶりだな」

『あはは、そうだね。……くっ!』

「ど、どうしたんだ?」


 画面に映る詩帆が苦々しそうな顔をしたので、聖は不思議そうに問いかけた。


『いや……それ目的でテレビ電話に切り替えたんだけど、やっぱりそれを見るのは私にとってダメージが大きかったから……』

「どういうことだ?」

『聖ちゃんのそのお風呂に浮いてる二つの山についてだよ!』

「っ! な、なぜそんなのを目的で……!」


 聖はさすがにそこまで言われたら恥ずかしく、スマホを持ってない手で胸のあたりを腕で隠す。


『いや、だって……重本くんが大きい胸が好きって聞いたし……』

「あ、ああ……そういえば東條院はそんなことを言っていたな」


 先週の遊園地で、詩帆と東條院が重本に告白をした時。

 確かに東條院はそう言っていて、重本もそこまで否定はしていなかったはず。


 なかなか酷い暴露の仕方で、重本のことを少し哀れにも思ったが。


『だから少しでも胸を大きくしたいと思って、聖ちゃんにその方法を聞こうと思って!』


 詩帆がそう言って、テレビ電話に顔を近寄せ、こちらに熱気が伝わってくるほどの勢いで問いかけてくる。


『東條院さんも大きいけど、聖ちゃんの方が大きいよね!』

「い、いや、比べてはないからわからないが……」

『大丈夫! 私の目測で比べたから! 絶対に聖ちゃんの方が大きいよ!』

「なぜそんな自信満々なのだ」

『長年、他の人の胸を眺めて羨んでたら……なんかわかるようになっちゃってね』

「そ、そうか……」


 詩帆が遠い目をしていたので、それ以上深く聞くのはやめておいた。


『それに聖ちゃん、半年前よりもまた大きくなったでしょ?』

「な、なぜわかるんだ?」

『長年培ってきた目のお陰だよ、あまり自分でも嬉しくないけど』


 聖の胸の成長すらわかるようで、詩帆の目は本当に胸の大きさを見抜くようだった。


『そんな聖ちゃんに聞きたいんだけど、胸を大きくするコツって何!?』

「お、大きくするコツ?」

『そう! 前に東條院さんに恥を忍んで聞いたんだけどね。あの人は『小さい頃から勇一に揉んでもらう妄想をしながら豊胸マッサージをしてたわ。そのお陰でここまで成長したし、勇一が好むような身体になったわ!』って言ったの』

「なんて恥ずかしい会話をしているんだ……」


 だけど子供の頃からそんなことを意識して努力していたのは、素直に東條院のことをすごいと思う聖だった。


『だから私も一週間前くらいから、重本くんにその、揉んでもらう妄想をしながらマッサージしてるんだけど……』

「恥ずかしいなら言わなくていいぞ、詩帆」

『だ、大丈夫! それで本題なんだけど、東條院さんよりも大きい聖ちゃんにも、大きくなる方法を教えてもらいたいの!』

「そうか……詩帆、とても言いづらいのだが……」

『大丈夫だよ聖ちゃん、どれだけ難しくても私はやるから!』


 東條院に負けないように胸を大きくしようと決意する詩帆に、親友だから少しでも役に立つ情報を教えてあげたい。


 だけど今回は……。


「私は特に胸を大きくしようと思ったことはないんだ……自然に、大きくなった」

『……えっ?』


 詩帆の声が、一気に低くなった。


「私の母親も大きかったから、その、遺伝なんだと思う……」

『……ま、全く何もしてないの? 東條院さんでも、やってたのに?』

「ああ、胸を大きくするために何かをしたということは、その、ないな」

『……』

「し、詩帆? その、聞こえてるか?」


 全く動かなくなったテレビ電話越しの詩帆に、電話が切れているかと思いそう声をかける。


『……ちっ』

「えっ、詩帆、今、舌打ちを……」

『ん? どうしたの聖ちゃん?』

「いや、今、舌打ちを……」

『あはは、私がするわけじゃないじゃん。ねっ、聖ちゃん』

「そ、そうだな、私の聞き間違えだろう……」


 電話越しの詩帆は笑みを浮かべているが目が笑っていないように見えるので、聖はそれ以上追求するのはやめた。


『じゃあ聖ちゃんは、胸に関しては特に何もやってないってことだね』

「あ、ああ、そうだ。その、役に立たなくてすまないな」

『ううん、大丈夫だよー。私の方こそいきなりごめんね、お風呂に入っている途中なのに』

「いや、それに関しては私から電話をかけたからな。大丈夫だ」

『じゃあまた明日ね、聖ちゃん』

「ああ、また明日」


 そう言って詩帆と電話を切ったが……明日、詩帆に会うのが少し怖くなる聖だった。


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