第39話 これからの高校生活
その後、普通に授業を受けて、昼休みになった。
「よっ、勇一」
俺はいつも通り、司と一緒に教室の窓際の方で食べることに。
俺が前の席、後ろの席に勇一が座って昼ご飯を食べる。
「おう、司。昨日はサンキューな。遊園地では一度も会えなかったが、俺と藤瀬のデートを見守ってくれていたんだろう?」
「あー……それなんだが……」
そういえば勇一に、東條院さんがあそこに来たのは、俺のせいだと言うことは伝えていなかった。
昼ご飯を適当に食いながら、その時の説明をする。
「えっ、そうだったのか」
「ああ、悪いな。むしろ邪魔した結果になったけど」
「いや、まあ大丈夫だ。結果論だが、その……俺も、歌織の気持ちを聞けてよかったし」
「爆発しろ」
「いきなりだな!?」
「お前、自分の状況を冷静に考えろよ。小学校の頃からの幼馴染で、綺麗なお嬢様のボンキュッボンの女の子と、うちの高校で男子に超人気の女子に同時に告白されて……お前、自分と同じ状況になってる奴がいたら、どうする?」
「……夜道に後ろから刺す」
「わかってるじゃないか。夜道に気をつけろよ」
「ちょっと待て、冗談だから。夜道に後ろから刺すことはないが、まあ普通に嫉妬はするよな」
「そうだな。だから夜道を歩くときは後ろには気をつけろよ」
「だから冗談だって」
「あら、勇一を背後から刺そうとする人なんて、私が滅ぼすから安心して夜道を私と一緒に歩いて大丈夫よ」
「……」
俺と勇一が喋っていたら、すぐ側から女性の声が聞こえてきた。
俺らが同時に見上げると、そこには当然のごとく、東條院歌織がいた。
「ご機嫌よう、勇一、久村くん」
「よ、よう、歌織」
「ご、ごきげんよー、東條院さん」
東條院さんは、気配を殺す技でも持っているのだろうか。
声をかけられるまで全く気づかなかったのだが。
昨日、デートの邪魔をしに行かないと決意する前とは比べ物にならないくらい、とても輝いている容貌だ。
彼女がこの教室に入ってくるだけで、ほとんどの目がこちらに向いている。
「勇一、今日は私がお弁当を作ってきたわ。食べてくれるわよね?」
「えっ、マジで? というか歌織、料理出来たのか?」
「もちろん、私に出来ないことなど何もないわ」
確かに原作でも、東條院さんは料理の腕はプロ顔負けというレベルだったはずだ。
勇一は弁当を受け取り開けると、とても美味しそうな料理が並んでいた。
「おー、すげえ!」
「ふふっ、明日からずっと作ってあげるわ。勇一ならいっぱい食べられるから大丈夫よね?」
「ああ、これくらい余裕だな」
「えっ、じゃあ東條院さんは明日からこのクラスに来て、一緒に食うの?」
「ええ、そうするつもりよ。お邪魔かしら?」
「い、いいや、俺は大丈夫だけど」
東條院さんがここまで仕掛けてくるとは思わなかった。
おそらく勇一の胃袋から掴んでしまおう、という作戦だろう。
その点、あちらの勇一の彼女候補は……。
「ど、どうしよう聖ちゃん、私もお弁当を作ってきた方がいいかな……?」
「いや、まずは詩帆の場合、練習しないといけないと思うが」
少し心配そうにこちらを見つめる藤瀬と、少し青ざめている聖ちゃんの姿が。
そう、藤瀬は……典型的な、飯マズヒロインだ。
ラブコメ漫画とかでよくある、ダークマターみたいな暗黒物質を作るヒロインなのだ。
あれってマジでどうなってるんだろうな、未知の食材でも入れてるのだろうか。
普段の言動は全然おっちょこちょいじゃないのに、なぜか料理の時だけ砂糖と塩を間違えるという初歩的なミスをしたりする。
それらが色々と重なり……完成系が、ホワイトシチューなのに真っ黒だったりするらしい。
逆に時々おっちょこちょいな部分を見せる聖ちゃんは、料理に関しては超完璧、めちゃくちゃ上手……と原作であった。
めちゃくちゃ気になる……藤瀬の下手な料理も気になるが、それよりも聖ちゃんが作ってくれたお弁当とか、死ぬほど食べたいんだけど。
俺の最後の晩餐は、絶対に聖ちゃんの手料理がいいな。
「聖ちゃん、今度また教えてくれない?」
「っ……も、もちろんだ。だけど料理の時は、私の指示に全て従ってくれ、本当に、お願いだから」
「うん、ありがとう!」
……とあちらで話しているが、とても心配だ。
聖ちゃんが料理を教えてと言われて、即答しないレベルなのだ、藤瀬の料理の腕前は。
一人で遊園地に行って勇一と藤瀬のデートを見守る、と言えるくらい親友思いの聖ちゃん。
それなのにたかが料理、されど料理で躊躇うレベルなのだ。
「勇一、久村くん、ここいいかしら?」
「ああ、いいぞ」
「もちろんどうぞ」
東條院さんが俺達の席の近くに座り、自分のお弁当を広げる。
どうやら勇一と同じ中身のお弁当のようだ。
「ふふっ、こうして同じ弁当を広げると、家族になったみたいね、勇一」
「っ……そ、そうか?」
「ええ、そうよ。私が奥さんで、勇一が夫で……あら、来年の勇一の誕生日に、本当にそうなるかもしれないわね」
「っ……ど、どう、だろうな」
……めちゃくちゃ攻めてくるやん、東條院さん。
これ、学校の昼休みの教室内だからな?
周りにめちゃくちゃ生徒いるからな?
東條院さんが入ってきた時から、みんなめちゃくちゃ聞き耳立ててるからな?
「い、今の聞いたか……?」
「やっぱりもう、あの二人は婚約してて……」
周りの生徒達が口々にそう言っている。
……お前らそういう話は、当人達がいなくなったりするか、本当に聞こえない声で言わないか?
めちゃくちゃこっちまで聞こえてくるんだが。
「あら、まだ婚約はしてないわよ」
当然、東條院さんにも聞こえていたのだが、まさか反応するとは思わず、俺も周りの生徒もビックリした。
「あっ……そ、そうなんですね」
周りにいる男の生徒が一人、そう言った。
「ええ、そうよ。だけど……私が勇一と結婚をしたいのは、事実だわ」
「ええっ!?」
東條院さんが隠さずにドンっとそれを言ったので、その男だけじゃなく周りも声を上げて驚いていた。
女の生徒の中には黄色い歓声を上げている人達もいる。
「ちょ、歌織! こんなところで……!」
「あら、勇一が私の気持ちをずっとわからなかったからいけないんじゃないのかしら?」
「そ、それはごめんって……!」
いやー、東條院さん強いなぁ。
このままではおそらくまた学校中に噂が流れてしまうだろう。
東條院歌織が重本勇一を愛していて、結婚したいと思っている、という噂が。
しかも今回の噂は前に東條院さんが流した嘘ではなく、証人が何人もいる本当の話である。
前回の噂よりも、確実に早く広まってしまうだろう。
そうなると……藤瀬が入る余地が、なくなってしまう。
「ちょ、ちょっと待って……!」
そんなことを考えていたら、クラス中に声が響いた。
そちらを見ると、先程まで遠くに座っていた藤瀬詩帆が、立ち上がりこちらに近づいていた。
クラスにいる全員が藤瀬を見ている中、顔を真っ赤にしながら藤瀬が言う。
「わ、私だって……! 私だって、重本くんが好きなんだから! 東條院さんに、負けないから!」
一瞬の静寂――からの、教室内が絶叫に包まれる。
「ええええぇぇぇぇ!?」
「ふ、藤瀬さんも重本のことが好きなのか!?」
「嘘だろぉ!? 学校の一、二の可愛さを争う二人が、どちらも重本をぉ!?」
「修羅場! 修羅場よ! 最高ね!」
なんという、阿鼻叫喚だ。
特に男達は、嫉妬で叫びまくって嘆いている。
うん、まあ気持ちはわかる。
俺も聖ちゃんがいなかったら、そっち側にいたかなぁ。
「ちょ、ふ、藤瀬も、なんでここで……!」
「だ、だって、今言わなかったら、重本くんがまた東條院さんの婚約者だって噂広まっちゃうし……!」
「ふふっ、いい度胸ね、藤瀬さん。それでこそ私のライバルに相応しいわ」
いつの間にか東條院さんも立ち上がり、藤瀬と向かい合い笑みを浮かべて睨み合っている。
「藤瀬さんには悪いけど、私はこの世界に生まれてから、負けたことは一度もないわよ」
「それならよかったね、今回初めて負けると思うから、また一歩強くなれるよ」
「例え人生の中で一度か二度負けるとしても、絶対にここではないわ」
「それはどうかな、人生何があるかわからないよ」
……めちゃくちゃバチバチじゃないっすか、お二人さん。
さっきの阿鼻叫喚の教室内が、二人の話を聞いて一瞬で静まり返った。
それでお互いに笑い合っているのが、より怖いんだけど。
「重本くん、久村くん、私も昼ご飯一緒に食べてもいいかな?」
「えっ、あ、ああ……いいよ」
「勇一がいいなら、俺は何も言うことはないです」
「ありがとう」
「あら、私には聞かないのかしら?」
「あっ、ごめんね、東條院さんのこと忘れてた。私も、いいよね?」
「……ふふ、構わないわ」
こっわ、すごい怖いわ。
えっ、俺、これからこの修羅場に交わりながら昼ご飯食わないといけないの?
「勇一、明日から俺、食堂で一人で食べてもいい?」
「やめろ、マジでお願いだから、ここにいてくれ」
「……」
「おい、なんとか言えよ」
本当にどうしよう、勇一を捨てるか……。
「あっ、聖ちゃん! 聖ちゃんもこっちに来て一緒に食べよ!」
「……詩帆、忘れられてなかったのは嬉しいが、ここに私を呼ぶのか?」
「うん、一緒に食べよ?」
「……はぁ、わかった」
えっ、このグループに、聖ちゃんも加わるの?
じゃあここにいれば、これからずっと一緒に……。
「勇一、俺がお前を裏切るわけないだろ。一緒に食べようぜ」
「うん、お前、最低だな」
何が最低なのか、俺は勇一のためを思って残ってやるというのに。
ということで、五人で食べることになったので多少、席が変わった。
近くの椅子や机を集めてくっつける。
俺の前には勇一、その勇一の両隣には東條院さんと藤瀬が座る。
そして俺の隣には……聖ちゃんが。
「聖ちゃ……嶋田、よろしく」
「っ……あ、ああ、よろしく」
危ない、クラスでいろんな人がいる中、聖ちゃんと呼ぶところだった。
聖ちゃんも頬を赤らめながらちょっと俺のことを睨んできた、ごめんなさい。
「勇一、私のお弁当、美味しいかしら?」
「あ、ああ、美味いよ」
「ふふっ、よかったわ」
「重本くん、今度私もお弁当作ってくるから、食べてくれる?」
「も、もちろん、楽しみにしてるぞ」
勇一は、藤瀬が料理出来ないことを知らない。
だから本当に楽しみにしているんだろうが……大丈夫かな。
「……はぁ」
聖ちゃんが今の話を聞いて、前の三人には聞こえないようにため息をついた。
うん、やはり大丈夫ではないようだな。
聖ちゃんが一人で藤瀬に料理を教えるのは大変そうだなぁ……。
俺は聖ちゃんの耳元に近づき、声をかける。
「聖ちゃん」
「っ! な、なんだ……?」
急に耳元で喋ってしまったからか、聖ちゃんはビクッとした。
「俺も藤瀬の料理を見るの、手伝うよ」
「むっ……知ってるのか? 詩帆が、その……料理が壊滅的なことに」
「まあ聖ちゃんの反応を見てればわかるよ」
本当は原作知識なんだけど。
「そ、そうか……手伝ってくれると助かる。前に一回一緒にケーキを作ったことがあるのだが……なぜショートケーキが黒くなったのか、今でもよくわからない」
「……俺がいてどうにかなるレベルかわからないけど、うん、頑張るよ」
多分無理だけど、死なないように頑張ろう。
俺と聖ちゃんの前では、勇一が東條院さんと藤瀬に挟まれてあたふたしていた。
モテる男は辛いな、それに周りの男達の目もすごいことになってる。
本当に夜道に後ろから刺されないように気をつけてほしい。
これからもおそらく、この三人はラブコメを続けていくのだろう。
俺はそれを勇一の親友として、そしてこの漫画のファンとして、見守っていくとしよう。
そして……俺の隣で三人を見ながら、口角を上げている聖ちゃん。
彼女も本来なら目の前の三人に加わり、勇一のことを好きになるサブヒロインだったのだが。
その運命は、俺が変えた。
これからは俺が彼女を、幸せにする。
「……ん? な、なんだ、私の方をじっと見て」
「いや……なんでもないよ」
「そうか?」
「うん、ただ見てただけ」
「っ……こ、こんなところでそういうのを言うな」
「ふふっ、ごめんごめん」
ああ、やはり俺は……嶋田聖が、好きだ。
これからの高校生活、彼女と過ごす生活が、楽しみで仕方がなかった。
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