第38話 一緒に登校



「とりあえず、俺達もそろそろ行かないと遅刻しちゃうから、行こっか」

「そ、そうだな」


 そして俺達はゆっくりと二人で歩き始めた。

 前の放課後のカフェデートの帰りよりも……明らかに、二人の間の距離が狭い。


 もう少し手を動かせば、聖ちゃんの手に当たってしまうくらいだ。


 いや……もしかしたら、それを望んでいるのかもしれない、お互いに。


「……聖ちゃん、手繋いでもいい?」

「……ああ、いい、けど」


 了承されたので、聖ちゃんの左手を右手で握る。


「っ、い、いきなり握るな、ビックリするだろ」

「えっ、今いいって言ったじゃん」

「つ、続きを言うつもりだったのだ。手を繋ぐのはいいが、その、学校の人達に見られるのは恥ずかしいから……生徒がいっぱいいるところに来たら、離すけど」

「んっ、わかった。じゃああと五分くらいね」


 じゃあこの五分を、とても大事にしていこう。

 聖ちゃんの手はやはりとても柔らかく、温かい。


 本当にずっと手を繋いでいたいくらいだ。

 だけどそうなると絶対に俺の手汗がやばいからなぁ……いや、今もすでにやばいかもしれない。


 だ、大丈夫かな? 聖ちゃんが嫌がってないならいいけど……。


「聖ちゃん、手汗大丈夫?」

「っ! す、すまん、手汗、そんなに出てるか!?」

「えっ、あ、いや、聖ちゃんじゃなくて、俺の俺の」


 俺の言い方が悪くて、勘違いをさせてしまったようだ。


「そ、そうか。いや、それなら大丈夫だ。おそらく私も、その、かいてると思うから……」

「聖ちゃんの汗なら汚くないから大丈夫だね」

「いや、汗は誰のでも汚いだろう……」


 聖ちゃんの汗なんて、俺だったら全く気にならない。


 いや、むしろ逆に気になるけど、匂いとか。

 ……絶対に聖ちゃんには言わないけど、変態に思われるから。


 しばらくはお互いにまだ少し恥ずかしいから、黙って歩いていた。


 ……昨日も手を繋いだけど、今日は少し先に進んでもいいだろうか。


「聖ちゃん、恋人繋ぎしてもいい?」

「っ……あ、ああ、別にいいけど……」


 再び了承を得たので、一度手を離して、またすぐに手を繋ぐ。


 今度は指と指を絡める、恋人繋ぎと呼ばれるものだ。


 こちらのほうが普通に握るよりも密着感が出て……なんか、名前の通り、より恋人っぽい気がする。

 先程よりもお互いに恥ずかしくなって、さらに黙り込んでしまう。


 だけど……気まずい空気のような感じだけど、それでも俺は幸せだった。


 聖ちゃんも、同じように幸せを感じていると嬉しいんだけど、どうだろうか。



 そして数分後、結構周りに生徒が増えてきたので、手を繋ぐのをやめた。

 俺としてはずっと、本当にずっと繋いでいたかったんだけど、聖ちゃんの恥ずかしいからという気持ちもわかる。


 学校では付き合っているということをバラしたくないみたいだからね。


 まあ男女が二人きりで登校しているという状況だが、手を繋いでなければそこまで注目はされないだろう。

 別に他の人から見れば、どこから一緒に登校しているかもわからないからだ。


 登校中に道でばったり出会った仲良い友達の男女が、学校に行くというのは別に珍しくはないだろう。


「そういえば、藤瀬には俺達が付き合ったことは言ったの?」

「ああ、詩帆には言ったぞ。昨日の夜、電話をした時に」

「仲良いね、さすが」

「久村も、重本には言ったのか?」

「いや、まだかな。あいつ、昨日気絶してからずっと東條院さんに看護してもらってたから」

「あー、そういえばそのようだったな」


 昨日、あいつは東條院さんと藤瀬に告白をされて、めちゃくちゃ迷った挙句気絶をしてしまった。


 それを見て過剰に反応した東條院さんが、最新の医療機器で色々と検査をして看護したらしい。

 まあ過剰、でもないのか?


 人間の頭から湯気が出て、そのまま気絶したらそりゃめちゃくちゃ心配するよな。

 ここは漫画の世界だからそれが現実として起こるけど、漫画の世界じゃなかったら普通は死んでるかもしれん。


 とりあえず色々と検査した結果、やはり特に何もなかったらしい。


 まあ何事もないのが一番だな。


 今日もおそらく、勇一は普通に登校してくるだろう。


 すでに東條院さんと藤瀬、どちらからも告白された勇一。

 今後はもう俺の知らない、原作通りじゃない展開が始まるだろう。


 もうこれからは、ただただ勇一とあの二人の恋愛事情を見守ることにしよう。


 勇一の親友だから、多少の手助けはしてやるつもりだが。


「が、学校では、私達が付き合ったという話はするなよ」

「うん、わかってるよ」

「それならいいが……重本が色々と聞いてきそうだな、あいつは」

「ああ……あいつはそういう奴だからなぁ」


 人前でもそういうちょっと内緒にしたいことを、悪気もなく聞いてくるタイプだ。


 まあ最悪、殴って黙らせよう。



 聖ちゃんと二人で登校するという、とても幸せなひと時を味わい、学校に到着する。

 俺と聖ちゃんはクラスが一緒なので、普通にそのまま同じ教室へ入っていく。


「あっ、聖ちゃん、おはよう。久村くんもおはよう」

「ああ、詩帆、おはよう」

「おはよっす」


 クラスのドアの近くにいた藤瀬が、俺達を見て挨拶をしてくる。


「ふふっ、二人で学校に来たの?」


 俺達が二人で教室に入ってきたからか、藤瀬がそんなことを言ってきた。


「っ、い、いや、たまたまそこで会っただけだぞ。なあ、久村」

「……そうだね。たまたま会っただけだよ」

「ふふふ、そうなんだー」

「お、おい、詩帆、本当はわかってるだろ……!」


 聖ちゃんは小さな声で藤瀬と話し始めた。

 近くにいる俺には普通に聞こえてくる。


「知ってるよー。だって昨日、聖ちゃんがすごい相談してきたもんね」

「そ、それをここで言うな! 誰かに聞こえたら……!」

「大丈夫だよ。誰にも聞こえてないからさ」


 藤瀬はそう言って俺の方をチラッと見てきた。


 あの人、俺には聞こえていることがわかっておきながら喋ってるな。


 聖ちゃんは俺にも聞こえてないと思っているようだ。


「一緒に学校行くために、久村くんにRINEで待ち合わせをしようってメッセージ送るか迷ってたじゃん」

「そ、そうだが……」

「恋人が出来たらやりたいことって言ってたもんね」


 そ、そうだったんだ……!

 俺だって本当なら毎日一緒に学校に行きたいけど、聖ちゃんもそう思ってくれていたなんて、すごい嬉しい。


 というか昨日の夜、藤瀬にそんな相談をしてたんだ、可愛すぎでしょ。


「し、詩帆、誰が聞いてるかわからないから……!」

「ふふっ、わかったわかった。聖ちゃんが恋人が出来たら何かのペアルックが欲しいって言ってたのも、内緒だよね」

「だ、だから、ここでは言うなと……!」


 聖ちゃんがそこまで言った時、俺と視線が交わった。

 ただでさえ恥ずかしそうに頬を染めていた聖ちゃんだったが、さらに顔が真っ赤になった。


「ひ、久村……! い、今の話、聞いてたか……!?」

「い、いや、聞こえてなかったけど……?」

「ほ、本当か? 本当はどうなんだ?」

「……お揃いの指輪でいいかな?」

「聞こえてるじゃないか!」


 その後、顔を真っ赤にした聖ちゃんに怒られてしまった。

 なぜ藤瀬が怒られずに、俺が怒られているのか。


 とりあえず給料三ヶ月分の指輪を準備しないと……いや、これは違うか。



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