第37話 初対面



 自転車を漕ぐこと、十分ほど。

 いつもの場所、凛恵を学校の手前で降ろすところ……に着く直前。


「ひ……久村!」

「ん? えっ、聖ちゃん!?」


 名前を呼ばれたのでそちらを向くと、聖ちゃんが立っていた。

 急停止をすると凛恵が止まると思っていなかったようで、俺の背中に頭をぶつけてしまった。


「いたっ……!」

「あ、ごめん凛恵、大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫だけど……誰?」

「あー、嶋田聖ちゃん、その、俺の彼女だ」

「っ……そう、あの人が……」


 凛恵が少し興味があるようにそう言い、聖ちゃんの方を見た。

 そりゃ兄貴の彼女とかは、多少気になるよなぁ。


 俺が自転車を止めたところに、聖ちゃんが近づいてきた。


「お、おはよう、久村」

「う、うん、おはよう、聖ちゃん」

「……その子が前に話してた、久村の妹さんか?」

「そうだよ」


 凛恵は自転車の後ろから降りて聖ちゃんの前に立つ。


「初めまして、凛恵です」

「ああ、初めまして、嶋田聖だ」

「お兄ちゃんの、彼女さんですよね?」

「えっ……ひ、久村、凛恵さんには言ったのか?」

「あー、その、ごめん、言っちゃった」

「そ、そうか、まあ妹さんくらいには……。その、改めて、お兄さんの……か、彼女をやらしてもらっている」


 くっ……聖ちゃん、やめて、朝から俺を悶え死にさせるつもりか。


「その、お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

「いや、こちらこそ、君の兄にはいつも世話になってる」


 ……なんかめちゃくちゃ恥ずかしいな、俺の立場。

 昨日出来た彼女が、俺の目の前で妹に挨拶してるなんて……予想もしていなかった。


「しかし前に久村が言っていた通り、凛恵さんはとても可愛らしいな」

「っ、お兄ちゃんがそんなことを外でも……!」

「ああ、自慢の妹だと言っていたぞ」

「……お兄ちゃん、そんなこと外で言わないで」

「本当に思っていることを言ってるだけだからな」

「っ、そ、そういうことを言わないでって」

「ふふっ、確かにとても可愛らしいな」


 聖ちゃんも笑みを浮かべながら、凛恵のことを褒めた。


「っ、し、嶋田さんも、やめてください……」

「聖でいいぞ。久村の妹に名字で呼ばれるのも、少し違和感がある」

「……じゃあ、私も呼び捨てで大丈夫です、聖さん」

「ああ、わかった、凛恵」


 おー、凛恵と聖ちゃんがすぐに仲良くなっている。

 よかった、原作ではここの絡みはあまりなかったから、相性がどうなのかわからなかったからな。


 どうやら悪くはないようだ。


「……そういえば、聖さんはお兄ちゃんのことを下の名前で呼ばないんですか?」

「ん!? あ、いや、その……」


 聖ちゃんが頬を赤らめて、チラチラとこちらを見てくる。


「お兄ちゃんは下の名前で……しかもちゃん付けで呼んでるみたいだし」

「あー、まあ俺は、そうだな」


 凛恵が意外と突っ込む質問をしてくれた。

 俺も少し、聖ちゃんからの呼び方は気になっていたところだ。


 名字よりも、もちろん下の名前で呼ばれた方が嬉しいだろう。


「その……い、いつか、もう少ししたら呼ぶことにするから……待っててくれ」

「っ……わかりました」


 上目遣いでそんなことを言われたら、何十年でも待っていられる。

 だけどいつか名字が一緒になったら……待て、この妄想はやめよう、続けたら幸せすぎて死んでしまう。


「……お兄ちゃん、聖さん、私の前でイチャイチャするのはやめてもらえますか?」


 凛恵が少し冷めた目でそんなことを言ってきた。


「い、イチャイチャなどしてないぞ!」

「それでイチャイチャしてないって言えるのも、どうかと思いますけど……」

「えっ……い、イチャイチャしてないだろう?」

「……そうですか」


 どうやら聖ちゃんと凛恵の間では、イチャイチャという行為の基準が違うようだ。

 俺も今のはちょっとイチャついたかな、と思っていたけど……。


 聖ちゃんにとっては、イチャついてはいなかったようだ。


 つまり聖ちゃんが本気でイチャイチャしようとした時は、今以上なのは確定なわけで……すごい楽しみになってきた。


「そういえ聖ちゃん、ここで会ったのは初めてだけど、どうしたの?」


 この場所は……前に放課後にカフェに行って、二人で帰っている時に別れた道だ。


「あ、それは……ここで待っていれば、久村が来ると思ってな……」

「っ……聖ちゃん、ちょっと朝から可愛さが雲を突き抜けてるんだけど……!」

「や、やめろ、恥ずかしいから……!」

「……これはイチャついてますよね?」

「わ、私はイチャついたつもりはない!」


 いや、今のは聖ちゃんの方から仕掛けてきたと思います。


「じゃ、じゃあ聖ちゃん、一緒に学校に行く?」

「そ、そのつもりだったが……凛恵と自転車で行くのだろう?」


 そうだ、自転車で凛恵と二人乗りをしてきたんだった。

 まあそれなら別に、自転車を押していけばいいと思うし。


「じゃあ、私が一人で自転車に乗っていきます」

「えっ?」


 凛恵はそう言うと、俺が支えていた自転車に跨った。


「私が自転車で先に行くんで、お兄ちゃんと聖さんはお二人でごゆっくり」

「凛恵、いいのか?」

「いいよ別に。それに二人が一緒にいるところにずっといたら、砂糖吐いちゃいそうだし」

「えっ、凛恵はそういう病気なのか? 大丈夫か?」


 ……聖ちゃんが凛恵の言葉を真に受けて、とても心配そうに凛恵に近寄る。


「砂糖を吐く病気など聞いたことはないが……大丈夫なのか?」

「いや、聖ちゃん、違うよ。砂糖を吐くってのはなんか、比喩表現みたいなものでね」

「お二人の空気が甘々すぎて、私の体内で砂糖が生成されるかもってだけです」

「なっ!? あ、甘々な空気ってどういうことだ!?」


 意外と天然なところがある聖ちゃんだった。


「じゃあ、私は行きますんで」

「ああ、ありがとうな、凛恵」


 凛恵が自転車を漕ぎ出そうとする。


「ありがとう、凛恵。今度また一緒にゆっくり喋ろう」

「っ……は、はい」


 聖ちゃんが最後にとてもカッコいい笑みを見せると、凛恵が少し頬を赤くして返事をする。

 そして凛恵は少し逃げるように、自転車を立ち漕ぎして学校へ向かっていった。


「……何やら顔が赤くなっていたようだが、風邪でも引いているのか? 凛恵は無理してないか?」

「いや、多分大丈夫だよ。聖ちゃんのせいだから」

「わ、私のせいか? なぜだ?」

「聖ちゃん、俺の家族を全員落とさないでね」

「ど、どういうことだ!?」


 そういえば聖ちゃんは原作では、女の子に好かれるイケメンキャラだったな。


 今のを見れば、それも納得だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る