第34話 修羅場の影で



「まさかあいつ、気絶するとは……さすがラブコメ漫画の主人公だな」


 俺はあの三人のやりとり、ほぼ修羅場になっていた場面を見ていた。

 あの三人、ほぼ叫んでたからな、遠くにいても聞き取りやすかったぜ。


 しかし勇一には嫉妬するような、同情するような……。

 美少女二人に告白をされて好かれるのは嫉妬してしまうが、あの性癖を大声でバラされるのは男として同情するぜ……。


 ま、まあ俺は特に変な性癖は持ってないから大丈夫だけど。


 ええ、本当ですよ。

 しかし、まさかこうなるとは思っていなかったな。


 原作ではもちろん、こんなところであの二人が勇一に告白するなんてことは一切なかった。

 だってあんな告白したら、もうその物語はほぼ最終回に近いだろ。


 ここでの藤瀬と勇一のデートは、東條院さんから邪魔をされただけで終わり。

 それから物語はどんどん続いていったのだが……俺が色々とやったことにより、もうすでにあの二人が勇一に告白をしてしまった。


 原作でもまだだったのに、だ。


 いや、原作では東條院さんの好意はほぼ勇一にはバレてたか?

 だがしっかりとした告白はあの二人はもちろん、誰も勇一にしてなかったのに。


 もうここで、あの二人が告白してしまった。


 しかも本当は、勇一が東條院さんと父親のわだかまりを解決するんだったんだけどなぁ。

 勢いで俺がそれをほぼやってしまった。


 だけどそうしないと東條院さんが動かなそうだったし……。


「……ごめんね、聖ちゃん」


 俺は隣であの三人のやり取りを一緒に見ながら苦笑してる聖ちゃんに、そう声をかけた。


「ん? 何がだ?」

「いや……結局、俺が一番藤瀬と勇一の邪魔をしちゃったからさ」


 聖ちゃんは藤瀬と勇一のデートを、東條院さんに邪魔させたくなかったのに。


 俺があんなことをしなければ東條院さんは邪魔せずに、藤瀬と勇一はデートをやりきって普通に付き合っていただろう。


 俺が東條院さんに肩入れをしてしまったから……。


「本当にごめん」

「……ふふっ、お前もそんな顔をするんだな」

「えっ?」


 俺が少し俯いて謝っていたら、聖ちゃんが優しい笑みを浮かべた。


「別に大丈夫だ。だがこれだけは聞かせてくれ。お前は、勇一と付き合うのは詩帆と東條院、どちらがいいのだ?」

「……もちろんそれを決めるのは俺でも聖ちゃんでもなく、勇一だけど」

「ああ、そうだな。だがさっきのを見る限り、お前は重本に東條院と付き合って欲しいのか」

「いや、俺としては本当にどっちでもいいんだけど、俺は勇一に二人のことをちゃんと見て選んで欲しいんだ」

「……どういうことだ?」

「東條院さんが勇一のことを好きだっていうのは知ってたけど、勇一はそれを全く知らなかったからさ。普通の男なら絶対に気づくはずなのに」

「まあ、あれだけ分かりやすければ、誰が見ても気づく」

「そう、誰が見ても気づくのに、その本人の勇一が気づいてないんだから、東條院さんも可哀想だよね」

「そうだな」


 マジでよく気づかないよなぁ、あいつ。

 さすがラブコメ漫画の鈍感系主人公だよ。


「だからそこだけ協力してあげよう、って思ったんだ。東條院さんの想いが勇一に伝わる、それまでは味方をしたいって思った」

「……そうか」

「だからこれからは東條院さんに肩入れするつもりはないかな。多分、それは藤瀬にもかもしれないけど」

「……じゃあお前は、今日のあの二人のデートも、東條院の邪魔を阻止するつもりはなかったのか?」

「うっ……本当にごめん。すごい悩んでたけど、ぶっちゃけそうです……」


 正確に言うなら俺や聖ちゃんが邪魔をしようとしたところで、あの東條院歌織を抑えきれるわけがないと思っていた。


 だから聖ちゃんくらいの熱をかけて絶対に阻止しよう、と思っていたわけじゃないというのは事実だ。


「はぁ……まあお前が重本を思って、そして東條院のためにしたというのはわかるが、それなら私と東條院の邪魔を阻止しに遊園地に来なければよかったではないのか」

「それはそうなんだけど……聖ちゃんと遊園地デートというのに惹かれて来てしまいました」

「なっ!? そ、そうか……」


 ぶっちゃけ勇一のお願いだけだったら、俺はこの遊園地まで来ることは絶対になかっただろう。


 聖ちゃんが遊園地に藤瀬のために行くと聞いて、聖ちゃんだけにはやらせられないと思って来たのだ。

 ……まあ、聖ちゃんとデートすることになるって気づいた時は、本当に東條院との邪魔を阻止するということがついでになってしまった感はあったのだが。


「本当にごめん、聖ちゃんは藤瀬のために頑張ってたのに」

「い、いや、それは大丈夫だ、私も特にこの遊園地に来て何かやったわけじゃない。それにさっきの東條院が父親との何かわだかまりがあったのを聞いて……私も阻止しないことを選択したわけだ。そこはお互い様だろう」

「……ありがとう」


 本当に聖ちゃんは、こういうところが優しくてカッコよくて好きだ。

 おそらく先程の電話で、東條院さんと父親のわだかまりはほとんど解けただろう。


 全部原作知識のお陰なのだが。


 東條院さんの父親は、本当に娘思いの人なのだ。


 世界でも有数の企業の社長でめちゃくちゃ忙しい人が、一ヶ月に一度は絶対に娘と食事をする時間を取っているのだ。

 娘なんてどうでもよくて仕事一辺倒な人なら、その時間すら取らないだろう。


 しかもさっきの電話、俺的にも出てくれるかどうかは賭けだった。

 だけど出てくれる可能性の方が高い、とは思っていた。


 なぜなら東條院歌織の父親は、いくつかスマホを持っているのだが、プライベートのスマホは一つだけ。


 しかもそのスマホに入っている連絡先は、たった二つ。

 それが東條院歌織、自分の娘と……亡くなった奥さんの連絡先。


 その二つしか連絡先が入っていないスマホを、常に所持しているのだ。


 つまりそのスマホが鳴ったら、絶対に愛する娘の電話だということ。

 原作で見ていた、東條院歌織を心の底から愛している父親なら、絶対に出てくれると信じていた。


 結果は、まさに最高の結果だった。

 東條院さんが父親と電話している時、父親の声もこちらに聞こえてきてたのだが……マジで俺、泣きそうだったからな。


 めちゃくちゃ感動した、原作でも屈指の名シーンを、まさか目の前で行われるとは思わなかったからな。

 泣くのをめちゃくちゃ我慢したから。


「重本は、どちらと付き合うのだろうな」

「ん? さあ、どうだろうね。今日はおそらく答えは聞けないと思うし、これからも多分あの二人は勇一にアタックを続けるだろうし……あいつ、選べるのかなぁ?」

「ふむ、個人的にはやはり親友の詩帆を選んで欲しいが……そこは重本が選択するのを待つしかないか」

「そうだね。多分これからもあの二人は勇一にアタックを続けるだろうし、どちらが先に勇一を落とせるか勝負かな? さっきの告白の時もお互いにすごいアピールしてたしね」

「っ、そ、そうだな……」


 ん? なんかいきなり聖ちゃんが恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 なんでだろう……あっ。

 そうか、さっきの告白のアピールって、めちゃくちゃ三人の性癖暴露の話だったもんな。


 誰が攻めか受けかとか、すげえ言ってたもんな。

 いや勇一は一言も言ってないんだけど、あいつが一番性癖を暴露されたのは可哀想だ。


 聖ちゃんはそういうエッチな話に、耐性がほとんどない。


 だけど原作では耐性はあまりないけど、結構気になるみたいな描写だった気がするけど……やめとこう、これ以上考えると、また俺が鼻血を出す可能性がある。


「お、お前は……どっちなんだ?」

「ん? えっ、何が?」

「いや、その……や、やっぱりなんでもない!」


 俺に何か聞きたかったようだが、やめたみたいだ。


 何を聞きたかったのか気になるところだが……藪蛇になりそうなのでやめておこう。



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