第32話 勇一のもとへ


 その後、しばらく呆然としてしまった。

 本当に今話していた相手は、あのお父様だったのだろうか。


 自分のことを無関心に思っていると、勘違いしていた。


 だけど態度だけ見たら……そうだった。

 今の会話をしていても、あっちではおそらく無表情で顔色を一切変えていないだろう。


 だけど……あんなにもしっかりと、自分を愛してくれていたのか。


「で、どうだった?」

「っ……」


 呆然としていた時に、いきなり久村に話しかけられた。

 そうだ、自分はこの男に言われて電話をしたのだった。


「……本当に、私は……お父様に、愛されていたのかしら」

「さっきの電話でわかったんじゃないのか?」

「……ええ、そうね。お父様は、私を……愛してくれていた……!」


 歌織はそう言ってもう一度涙を流した。

 ずっとずっと思い悩んでいた自分が、馬鹿だった。


 ただ一回、お父様に聞けばいいだけだったのだ。


 そうすればお父様があれだけ愛してくれているということがわかったのに。


「まあ今の話を聞いている限り、お前の父親もお前みたいに、そういうのを態度で見せるのが下手のようだな。なぁ、ずっと勇一が好きなのに、全然それが伝わらない東條院歌織さん?」

「っ……そ、それは、勇一が鈍感すぎるだけよ……」

「ははっ、まあそれもあるな。だけどそれは東條院さんも同じだったんじゃないか? 十六年間ずっと愛されていたのに、愛されてないって勘違いしていたのは、どこの誰だ?」

「っ……あなた、いい性格してるわね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 そう言って二人はお互いに笑った。


「それで、どうするんだ? もう勇一と藤瀬は、恋人が一生結ばれるっていう場所に向かったぞ」

「決まってるでしょ、止めに行く……いいえ、違うわね。まあ見てなさい。私こそが、重本勇一の彼女に相応しいと見せてやるから」

「今のところ、藤瀬の方が断然有利だけど?」

「あんなポッと出の女に、私が負けるはずないでしょ。一瞬で追い抜いてやるわ」

「はっ、それでこそ東條院歌織だな」


 歌織は立ち上がり、久村司の方へ走り出す。

 彼がいる方向に、遊園地の告白スポットがあるのだ。


 久村を追い越すときに……。


「礼を言うわ。いつかこの借りは返すわね」


 と言って、駆けていく。


「それはどうも。あの東條院さん家のご令嬢の借りの返し方を楽しみにしてるよ」


 久村を追い抜いてから後ろの方でそんな声が聞こえた。

 歌織がもう少し走ったところに、一人の女性がいた。


 その人を見て歌織はフッと笑い、また追い越すときに一言言う。


「あなたの彼氏、いい男ね」

「なっ!?」


 すぐに反応されたが、歌織はそこで止まらずに走っていく。


「ま、まだ彼氏じゃない!」


 後ろからそんな声が聞こえて、さらに口角が上がってしまう。

 まだ、というのは……あと何分、何十分の話なのだろうか。


 そう思いながら、歌織は全力で勇一と藤瀬のもとへ走っていく。



 歌織が告白スポットに着き、辺りを見渡す。


 人数は少ないので、すぐに勇一と藤瀬の姿を見つける。

 二人は向き合って、緊張しながら視線を交わしている姿だった。


「ふ、藤瀬……! 俺、お前のことが……その……!」

「重本くん……」


 そんな声が聞こえた瞬間に、歌織は叫ぶ。


「勇一―!」

「えっ……げっ!? か、歌織!?」


 叫んだことにより勇一がすぐに気づいたので、こちらを向いた。

 勇一はもちろん「なんでここに」と顔に書かれてるような表情をしていて、藤瀬の方もとても驚いている顔をしていた。


「お、お前、どうしてここに……!」

「はぁ、はぁ……ちょっと待ちなさい、息を、整えてから……」


 勇一のすぐ側まで来て、数秒間息を整えて――歌織は顔を上げて、言う。


「重本勇一! あなたに言うことがあるわ!」

「な、なんだよ。というかマジでお前、なんでここに……」

「私はあなたのことを、愛してるわ!」

「……はっ?」

「……えっ?」


 歌織のいきなりの発言に、勇一も藤瀬も目を丸く驚いた。


「勇一が小学校の頃から大好き! ずっと好き!」

「えっ、はっ?」

「みんながお金持ちのご令嬢だからって近づいてこなくて一人だった私に、ただの女の子として接してきた優しい勇一が好き! 初恋だった! それが今もずっと続いてるわ!」

「ちょ、か、歌織、待って……」

「小学校高学年から勇一がカッコよくなったとか言って近づいてくる女子を、私は勇一を独り占めしたいから遠ざけた! だってあの人達、勇一の顔しか見てないもの! いや顔もカッコよくて可愛くて抱き枕にしながら寝たら一生起きれないくらい最高なんだけど!」

「待って歌織、本当に、整理がつかないから……!」


 歌織も顔を真っ赤にしながらも叫び続けるが、歌織と同じかそれ以上に顔が赤くなっている勇一。

 すぐ側で聞いている藤瀬ですら、頬を赤らめていた。


「ずっと好きだった! いいえ、もう好きじゃない、愛してる! 心の底からあなたを愛してる! 勇一の全てが欲しい! そして私の全てをあげたい! 身も心も、全部! あなたにこの身体をめちゃくちゃにされたい!」

「ちょ、ちょっと待てって歌織! 結構やばいことを口走ってるから!」


 少しだけ歌織の性癖が出たような気がしたが、まだ歌織は喋る。


「あなたを絶対に取られたくない! 私の結婚相手なんて、あなた以外に考えられない! だから勇一、私と結婚して」


 歌織はそう言い切って満面の笑みを見せた。



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