第27話 お化け屋敷
どうやらここは病院がモチーフになっているようで、暗いお化け屋敷の中、最初は二人並んで歩いていた。
聖ちゃんは足取り軽く……というよりも、早く出たいという気持ちからか、とても早歩きになっていた。
「聖ちゃん、そこまで急いでたら転んじゃうよ」
「い、急いでなどいない!」
そう言う聖ちゃんの声は気丈を保とうとしているようだが、やはりいつもよりも震えている。
今のところまだお化けとかは出てきてないから、聖ちゃんはまだギリギリ冷静を装えているようだ。
だが次の瞬間、少し先を歩いていた聖ちゃんの右側の物陰から、ナース姿のゾンビが飛び出してきた。
「ひゃっ!?」
聖ちゃんはいつもの声とは比べ物にならないくらい高い声を上げ、後ろにいる俺の元まで退がってきた。
というかここのお化け屋敷、お化け役は人がやってるのか。
機械とか人形じゃないからより怖い、俺もちょっとビックリしているが……。
聖ちゃんはそれ以上に怖がっているようで、俺を盾にするように俺の左腕にくっついた。
……もう一度言おう、俺の左腕に縋るようにくっついたのだ、あの聖ちゃんが。
「ちょっ……!?」
「は、早く行くぞ! 逃げないと……!」
まだ目の前にナース服のゾンビがいるので、聖ちゃんは俺の左腕を取って抱きかかえるようにしながら、前に走っていく。
俺も引っ張られるようについていくのだが、それどころじゃない。
ま、まさか抱きつかれるとは思わなかった。
いや、ひょっとしたらあるかもとは思ってたが、こんなに早くされるとは、俺の心の準備が出来ていない。
「に、逃げれた?」
「に、逃げれたから、大丈夫だよ……」
聖ちゃんは少し涙目になりながら後ろを振り返り、安堵の溜息をついた。
そして聖ちゃんがまた前を向いて進もうとした瞬間、また聖ちゃんがいる方の物陰からガタンと音がして人が出てくる。
「キャァ!?」
「っ……!?」
今度は最初からくっついていたから、より一層俺の方に体重をかけてくる。
その分……聖ちゃんの豊満な、お、お胸が、が、俺の左腕に……!
聖ちゃんは全く気づいた様子もなく、目を瞑っていた。
「は、早く、逃げないと……」
「そ、そ、そう、だね……」
俺も聖ちゃんも言葉を詰まらせながらそう言って、先に進んでいく。
お化けが出てこないところでも、聖ちゃんは俺の左腕を離そうとしない。
「せ、聖ちゃん、そろそろ離れた方が……」
「む、無理だ……怖すぎて、離れたくない……!」
「ぐふっ……」
ダメだ、暗闇でもわかった、鼻血が出た。
さっきから出る寸前だったのだが、今の言葉でもう抑えきれなかった。
掴まれていない右手で鼻を覆って軽く押さえる。
幸い、昨日の時のように派手に出ているわけじゃない。
というかマジで、二日連続で漫画のように鼻血が出るとは思っていなかった。
いや、それよりも今の状況だ。
まだ聖ちゃんは俺の左腕を抱きかかえ、むしろ先程よりも強く掴まれている。
俺の二の腕あたりが、すでに聖ちゃんの胸と胸の間に収まってしまっていた。
ま、まさか俺が、主人公の勇一よりも先に、こんなにもハプニング的なものを受けるとは……。
しかも聖ちゃんはヘソ出しセーターで薄着なので胸の感触や熱などが、強く伝わってきてしまう。
俺の左腕の感覚もここぞとばかりに、エグいほど鋭くなってしまっていると思う。
そして二の腕の部分は胸に挟まれているのだが……手の甲の部分が、聖ちゃんのお腹に当たっているのだ。
聖ちゃんはおそらく気づいていないが、聖ちゃんのすべすべした肌質がもうちょっと、ヤバい……!
ダメだ、意識してしまったら、さらに鼻血が出てきてしまう。
「せ、聖ちゃん、大丈夫? リタイアも出来るけど……?」
「い、いや、リタイアはしたくない……結構進んだから、多分そろそろ出口だろ……?」
聖ちゃんはそう言うが、多分まだ半分も進んでないと思う。
だが聖ちゃんは負けず嫌いなのか、リタイアはしたくないようだ。
まさか俺の方が、リタイアをしたくなるとは思わなかった。
もちろんリタイアの理由はお化けが怖いからとかじゃなく、聖ちゃんのせいで心臓が止まる可能性があるからだ。
もう今、心臓の音が自分の耳まで聞こえるくらい鳴っている。
こんなに心臓の音が大きく、そして早く鳴っているのを聞いたのは初めてだ。
マジで死ぬんじゃないか、俺。
いやここで死んだら俺はもう本望だけど。
「ど、どうした、久村……?」
「い、いや……大丈夫」
聖ちゃんが俺の方を見上げてそう問いかけてくる。
その見上げる顔も、涙目で潤んだ瞳、怖がりながらも心配してくれる表情が、もうヤバい、ヤバいしか言えない。
ちょっとこれは本当に、早くお化け屋敷を出ないと、聖ちゃんに俺は殺されてしまう。
聖ちゃんを人殺しにしないためにも、頑張って生き残ってこの屋敷を出ないといけない。
「行こう、聖ちゃん。早くこの屋敷を出られるように頑張ろう」
「う、うん……がんばる」
言い方も可愛い!
やめて! 久村司のライフはとっくにゼロよ!
そんな言葉が思い浮かんだが、さすがにそれを聖ちゃんには言えず。
その後、二人で少し早歩きでお化け屋敷を打破するために先へ進む。
お化けが出るごとに聖ちゃんは可愛らしい悲鳴をあげ、俺の心臓はドンドンっと悲鳴の音を叩く。
お化け屋敷を出る頃には、俺達のライフはもうマイナスだった……。
いや、よく俺は生きていた……頑張った、俺の心臓。
お化け屋敷を出た俺と聖ちゃんは、近くのベンチで座って一休みをする。
今度はジェットコースターみたいに俺だけじゃなく、聖ちゃんもしっかり休んでいた。
「……怖かった」
「うん……だろうね」
聖ちゃんは俺のことを恨むように睨んでくるが、ちょっと俺は今それどころじゃない。
「死ぬかと思った……」
「そ、それは私のセリフじゃないのか? なんでお前がそんなに疲れているのだ? お前は別に怖がってはいなかっただろう」
「もうね、本当に、天国と地獄を一緒に味わった感じだったよ」
「どういうことだ……?」
天国が十割近いんだけどね。
あれを地獄と言ってたらもう、いろんな男に背後から刺される可能性があるが、あれはあれで地獄といえば地獄だった。
本当に、死ぬか死なないかの一歩手前だった気がする。
これが現実だったら絶対に死なないと思うんだけど、ここは一応漫画の世界だ。
エロいことを妄想しただけで鼻血が出るのだ、あんな経験をずっとしていたら、心臓が止まっても不思議ではない。
本当に危なかったぜ……だが最高の経験をした。
数十分前の俺、よくぞ聖ちゃんを口説いてお化け屋敷に一緒に入ったぞ。
だがすぐに天国と地獄を味わうことになるから、覚悟したほうがいい、数十分前の俺。
「早く、詩帆と重本のもとに向かわないと……」
「そう、だね……だけどあと数分待って」
「わかった。あと、なんでお前は鼻血が出ていたのだ? どこかぶつけたのか?」
「うーん、ぶつかったような挟まれたような」
「ん? どういうことだ?」
「いや、なんでもない」
さすがにこれを聖ちゃんに言えるほど、俺に度胸はない。
聖ちゃんもまだ回復しきれていないから、俺達はもうちょっとゆっくりしてから、あの二人を追うことにした。
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