第24話 監視デートの始まり


 カフェに入って俺はコーヒーを、聖ちゃんはアイスココアを頼んで席に着いた。

 席に着く時に店の中だからか、黒のブルゾンを脱いで上がセーターだけになる。


 白の長袖のセーターなのだが、やはり見てしまうのは丈が短くなっていてお腹が見えているところ。


 まさか聖ちゃんがそんな服を着てくるなんて思わなかったから、デート始まってすぐにいきなりノックアウトされた気分だ。


 聖ちゃんが俺の対面に座るのだが……もう可愛すぎて、見てられない。

 思わず両手で顔を覆って、ため息をついてしまう。


「どうしたんだ?」

「いや、ちょっと……聖ちゃんが可愛すぎてずっと見ちゃうから、物理的に視線を隠してる」

「なっ……!?」


 聖ちゃんの顔は見えないのでわからないが、驚いて声を上げたようだ。

「ちょっと本当にヤバい……聖ちゃんがそんな服を着るとは思ってなかったから、ビックリしたよ」

「そのまま喋るのか……ま、まあ確かに、あまり着ることはないが……特にこのセータは、そうだな」


 聖ちゃんはやはり着なれていないのか、セーターの裾を持って少し下に下げて、少しでもお腹が見えないようにしようとしている。


 だがそれをやることによって聖ちゃんの豊満な胸がより強調されてしまい……。


「お、お前、手の平の隙間から見てるだろ」

「あっ……」


 可愛すぎて見れない、とか言ってたけど、ガッツリ見ていた。


 いや、しかしこれはしょうがないと思う。

 だって可愛いから。


「その、似合わないか?」

「いや、似合いすぎてるよ。可愛すぎ、聖ちゃんのその格好を見ただけでも俺はもう、生まれてきてよかったと神に感謝するくらい」

「そ、それは言い過ぎだろ……!」


 恥ずかしそうにそう言う聖ちゃんだが、俺的には全く誇張なしで言ったつもりだ。

 この漫画の世界に連れてきてくれた……神様、ありがとう。


「久村の私服も初めて見たが……その、普通にカッコいいと思うぞ」

「マジで? ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」


 俺の格好は聖ちゃんよりもシンプルだ。


 黒のスキニーパンツに、白の長袖のTシャツ、その上にデニムジャケットだ。

 聖ちゃんとパンツとアウターの色が逆みたいになっているが、俺のデニムジャケットは少し濃い色だ。


 肩掛けの黒いバッグで、動きやすいように持ち物は少なめだ。


「お世辞じゃない。私はお世辞とかは言わないからな」


 聖ちゃんは軽く笑みを浮かべてそう言ってくれた。


「っ……そ、そっか、ありがと」


 今度は俺が聖ちゃんに照れさせられる番だった。

 くっ、聖ちゃんはこういうところがクールでカッコいい……。


 はぁ、そういうところも本当に好きだ。


「それで、久村は何時に着いたんだ?」

「ん? あー、聖ちゃんが来る直前とかに着いたけど」

「……本当は?」

「うっ……九時半です」

「約束の時間の一時間前じゃないか……」


 聖ちゃんにジト目見られて、正直に言ってしまった。


 だが静ちゃんのジト目も可愛かったから、よしとしよう。


「東條院の車が家の前に止まっているというRINEが来た時には、すでに家を出ていたのだな」

「そうです……」

「はぁ、なんでそんなに早くに……」

「それはその、聖ちゃんより後に来て待たせるわけにはいかないと思って」

「その心意気は嬉しいが、早く来るにしても限度があるだろう」

「あと、やっぱり聖ちゃんとのデートが楽しみすぎてというのもある」

「っ……べ、別にこれは、デートじゃないぞ。あくまでも、詩帆と重本のデートを見守り、東條院の邪魔を阻止するという目的があるんだ。それを忘れるなよ」

「それはもちろん」


 だけど聖ちゃんは、これをデートだと思ってくれてなかったのか……それは少し残念だ。


「ま、まあ私も、デートは初めてだし、遊園地に行くのも久しぶりだから、楽しみだったが」

「っ……」

「……な、何か言ってくれ、恥ずかしいだろ」

「いや、ちょっと本当に嬉しくて……聖ちゃんもデートと思ってくれてるのが……」

「なっ、そ、それは……目的は少し違うが、形だけで言えば遊園地デートで……」


 しかも今さっき、聖ちゃんは……「デートは初めて」と言っていた。

 まさか聖ちゃんの初デートを、こんな俺がもらえるとは……!


「聖ちゃんの初デート、絶対に楽しまさせるから……!」

「っ、あ、ああ、よろしく頼む」

「……とは言ったけど、俺も初デートだからちょっとハードルは低めでお願いします」


 俺がそう言って座ったまま頭を下げると、聖ちゃんは目をまん丸にしてから破顔する。


「ふふっ、そうか。じゃあ初めて同士、楽しめるといいな」

「はははっ、そうだね」


 そう言って俺達は顔を見合わせて笑った。


 はぁ……なんかこういう感じが、一番カップルっぽくて幸せかもしれない。


 その後、俺達は軽く雑談をして、勇一と藤瀬が待ち合わせする時間まで待った。

 聖ちゃんのことを一人で待つために早く来たが、聖ちゃんが俺が早く来てるかもしれないと思って、三十分も前に早く来てくれた。


 そのお陰でこうして楽しく話せているから、やはり早く出るのは大成功だったぜ。



 そして、勇一と藤瀬が約束している十一時よりも十分前くらい。


 俺と静ちゃんは二人が待ち合わせする場所の近くで、物陰に隠れて待機していた。

 すでに待ち合わせ場所には勇一が一人で立っている。


「さすが重本だな、余裕を持って到着している」

「俺が仕込んだんだよ。絶対に藤瀬を待たせるような真似するなよって。見本も見せてやったから」

「見本というのは一時間も前に着いていたことか? それはあまりいい見本とは言えないと思うが」

「早く着いたことによって相手の人も早く着けば、好きな人とより長くいられるという最高の状況にもなるから、いい見本でしょ」

「……そ、そうか」


 聖ちゃんはどうやら俺の「好きな人とより長く」という言葉で照れてしまったようだ。

 もうすでに告白してるから俺の気持ちを知っているのに、言葉にすると照れちゃう聖ちゃんが可愛い。


「……なんか馬鹿にしたか、今」

「いや何も思ってないよ。強いていうなら可愛い、って思っただけ」

「っ……誤魔化されてる気がするが、まあいい」


 そんな会話をしながら、俺達は勇一の方を見ていた。


 そして勇一の方向だけじゃなく、その周りにも視線を配らせていた。

 なぜならもうここで、東條院さんが邪魔しに来る可能性があるからだ。


「久村の家の近くにあった車はどういうものだったのだ?」

「遠くから見たら普通の黒い車だったんだけど、近くで見たら高級車って感じだったな」

「……ふむ、遊園地の駐車場を見たが、黒い車はいっぱいあったな」

「だろうね。まあそこは判断出来ないから、多分来てるって考えておかないとね」

「そうだな」


 まあ東條院さんのことだから、絶対に来てると思う。


 原作でも来てたしな。


 だけど原作ではまだここでは邪魔しに来ていなかった。


 原作では確か……まだ車の中にいるんだっけかな?

 ここでは東條院さんから見たら、普通に勇一が友達と遊園地に遊びに来ているかもしれない、と思っていたからな。


 だから車の中で待機していたけど、勇一が藤瀬と待ち合わせして二人で遊園地の中に入っていくところを見て、邪魔することを決めていた。


 原作通りのままなら、ここではまだ邪魔しに来ることはないだろう。

 だから俺はちょっと油断というか、そこまで気合いを入れずに周りを見渡していたのだが。


「おい、久村。しっかり周りを見てるか?」

「ん? ああ、大丈夫、見てるよ」

「ここでいきなり東條院に邪魔されたら、詩帆が可哀想だ。絶対に阻止するぞ」

「……そうだね」


 俺としてはここでは絶対に来ないとほぼ確信を得ているから、あまり熱が入らない。


 ただ聖ちゃんはそれを知らないので、待ち合わせの段階から本気で見張っている。

 ここでは東條院さんは来ないから、と伝えられないので、聖ちゃんと一緒に周りを見張ることにする。


 だけどやっぱり親友の藤瀬のために、ここまで本気でやっているというところが、聖ちゃんの友達想いの部分が如実に表れている。


 さすが聖ちゃんだ。


 そしてやはり原作通り、東條院さんはここでは出てこず……。


「あっ、詩帆が来たぞ!」

「本当だ」


 藤瀬が約束の五分前くらいに到着し、重本と合流していた。

 結構遠くにいるので話の内容までは聞こえないけど、二人は会ってすぐに笑顔で話していて、楽しそうにしている。


「……よかった、とりあえず二人は無事に合流出来たようだな」

「……そうだね」


 聖ちゃんの方を見ると、穏やかな笑みを浮かべて二人の様子を伺っている。

 だけど……聖ちゃんの本当の気持ちは、どうなんだろう。


 聖ちゃんもまだ、勇一のことが好きじゃないのだろうか。


 原作ではこの時期はまだ勇一のことを、少し気になる男子くらいの感じで見ていたが、二人がデートするのを少しモヤモヤする感じで見送っていたはずだ。


 今はもう、勇一への気持ちはどうなっているのか。


「聖ちゃんは……勇一と藤瀬の二人を見て、お似合いだと思ってるんだよね」

「ん? ああ、そうだな。詩帆はもちろんとてもいい子で、重本も関わっていく中で、まあ詩帆に釣り合うくらいいい奴だということを知ったからな」

「……こんなこと聞くとあれだけどさ。聖ちゃんは勇一のことが、好きだったんだよね?」

「っ……まあ、少し気になる程度だった男子、という感じだったな」

「今も、その気持ちは変わらない?」

「……それを、私に言わせるのか?」

「えっ?」


 俺が疑問の声を上げて聖ちゃんの方を見ると、身長は俺の方が大きいので、少し上目遣いで俺のことを見てくる聖ちゃんの姿があった。


「……今は、重本のことは気になってないさ。それ以上に……い、いや! なんでもない!」

「な、何? そこまで言ったら教えてよ」

「ま、まだ教えない! ほ、ほら、そろそろ重本と詩帆が遊園地の中に入っていくぞ!」


 聖ちゃんの言う通り、二人は遊園地の中へ入っていく。


「見失う前に、私達も入るぞ!」

「わ、わかった」


 聖ちゃんが足早に先に行こうとするので、俺も一緒についていく。


 どう見ても照れ隠しのようなので、本当ならもう少し問い詰めたいけど、この後もずっと一緒にいるから、機嫌を損ねちゃいけないだろう。


 というか、本当に一緒に遊園地デートをするのか……!


 今更ながら、また緊張してきたぞ。



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