第22話 凛恵の気持ち


 久村司が家を出て行ってから、しばらく妹の凛恵はその場に立ち尽くした。

 数十秒後、ハッとしてリビングに戻る。


 席について呆然と考えながら残っている朝ご飯を食べていた。


「……お兄ちゃんが、デート……」


 ずっと頭の中で考えていたことを、思わず呟いてしまった。

 凛恵としては自分が、ここまで兄の司がデートに出かけたことに気持ちを乱されるとは思っていなかった。


(いや、別にお兄ちゃんも高校二年生だし……女の子とデートくらい、するお年頃で……)


 そんなことを考えながら食べていたら、すでにお皿の上にご飯はなくなっていた。

 それに気づき、自分の皿をキッチンに運び適当に水に浸けておく。


 兄の朝ご飯は先程言っていたように、まだ上にいる兄の友達の重本勇一に食べてもらうことにする。


 凛恵は二階に上がり、兄の部屋のドアをノックする。


 すぐにドアが開き、勇一が不思議そうに顔を覗かせる。


「ん? 凛恵ちゃん、どうしたの?」

「朝ご飯作ったんですけど食べますか?」

「えっ、俺に?」

「お兄ちゃんに作ったんですけど、お兄ちゃんが食べずに出ていっちゃったので」

「ああ、そういうことね。それならありがたくいただこうかな」

「じゃあ今持っていきますね」

「ああ、それなら俺がリビングに……いや、だけどあいつが部屋から出るなって言ってたな」

「……別にいいんじゃないですか? 多分ふざけてだと思いますし」

「そうかな? じゃあリビングで食べていいかな?」

「はい、大丈夫です」


 ということで凛恵と勇一でリビングに行く。


 勇一は席に座り、凛恵が作った朝ご飯を食べる。


「んっ! 美味いよ、凛恵ちゃん!」

「……ありがとうございます」


 凛恵は自分のお皿を洗いながら、少し適当にお礼を言った。


「……凛恵ちゃん、なんか元気ない?」

「えっ……?」


 凛恵の様子を見ていた勇一が朝ご飯を食べながら問いかける。


「大丈夫? なんかぼーっとしてるけど」

「いえ……その。勇一さんは、お兄ちゃんが誰と出かけるか知ってますか?」

「ああ、知ってるよ。同じクラスの嶋田聖っていう女の子だな」

「嶋田、聖……」


 どうやらお兄ちゃんは本当に、女の子とデートしているようだ。


「お兄ちゃんは……その人と、付き合ってるんですか?」


 その質問をするのに、凛恵はすごい躊躇い緊張したが、聞いてしまった。


「いや、付き合ってはないと思うよ、まだ」

「そ、そう……ん? まだ、ですか?」


 付き合ってないと聞いて安心しかけたが……まだ、という言葉がついていて、一気に心がざわついた。


「うん、司、その子に告白したらしいよ」

「こっ……!?」


 それを聞いた凛恵は目を見開いた。


「こ、告白って……本当ですか?」

「うん、司が自分で言ってたから、間違いないと思うよ」

「そ……そう、ですか……」


 まさか自分の兄が、司が女の子に告白しているなんて、思ってもいなかった。


「ご馳走さま。美味しかったよ、凛恵ちゃん。ありがとう」

「あっ……どうも。お皿は、こっちに」

「俺が皿洗うよ。凛恵ちゃん、さっきからぼーっとしてて皿落としちゃいそうだよ」

「……ありがとうございます」


 勇一が凛恵の代わりにキッチンのシンクの前に立ち、凛恵の分のお皿も洗っていく。


「俺がやっておくから、凛恵ちゃんは部屋で休んでもいいよ」

「……そうですね、じゃあお言葉に甘えて。終わったら、タオルで拭いてそこら辺に置いていてください」

「わかった」


 凛恵はそう言ってリビングを出て、二階へと上がっていった。


「……落ち込んじゃったみたいだなぁ、司に好きな人がいるって聞いて。どうやら司だけじゃなくて、凛恵ちゃんも相当ブラコンみたいだ」


 そんなことを一人で呟きながら、皿を洗う勇一だった。



 一方、上に行って自室に戻った凛恵は、自分のベッドに崩れるようにうつ伏せで倒れこんだ。

 顔は横を向いて壁の方向……司の部屋がある方を見ていた。


「……お兄ちゃんのバカ」


 ――私のこと、可愛いって言ってたのに。


 凛恵は顔を枕に埋めて「うぅー!」と唸った。



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