第15話 デートの作戦立て
とりあえず勇一を家に上げてから、俺の部屋へと移動する。
二階の俺の部屋に入ろうとしたところ、隣の部屋のドアが開き、凛恵が出てきた。
「あっ、凛恵」
「お兄ちゃん……そっちの人が、今日泊まりに来た人?」
凛恵は俺の後ろにいる勇一を見てそう言った。
「そうだ。勇一、俺の可愛い自慢の妹、凛恵だ」
「っ、お兄ちゃん、そんなこと言わないでよ恥ずかしい」
「ははっ、仲良いな。どうも、司の友達の重本勇一です。よろしくね」
「……どうも、凛恵です」
勇一は笑みを浮かべ、凛恵は少し人見知りが発動して、ちょっと目線を逸らし気味に挨拶をした。
……んっ? ちょっと待てよ。
あれ、原作ではもうちょっと後で、勇一と凛恵は会うはずだったんじゃね?
そうだよ、まだこんな序盤で勇一と凛恵は会うはずじゃなかったんだ……!
もっと後で二人は運命的な出会いを……まあそこまでではないが、違う出会い方をするはずだったのに!
俺が勇一を家に呼んだばかりに、原作をまた変えてしまった……!
「ちょ、ちょっと待って、勇一、凛恵……お前ら、今日ここで会わなかったことにしない?」
「はっ? 意味わからんが」
「お兄ちゃん、何言ってるの?」
「だよなぁ……」
もちろんそんなことが出来るはずもなく、もう時は戻らない。
うわー、どうしよう。
もういいのか? 俺がこの世界に来てる時点で、原作なんて変わってるもんな。
特に久村司が聖ちゃんに告白する、なんてことはなかったし、おそらく原作がどれだけ続いても、そんな展開はなかっただろう。
もうこれからは、原作が変わってしまっても、もうしょうがないか。
色々ともうすでに変わっているだろうし。
「じゃあ、まあいいや。思う存分、仲良くなれよ!」
「なんでお前が偉そうに。というかそんなこと言われたら、仲良くしづらいわ」
「……お兄ちゃん、バカじゃないの」
「俺の親友と妹が辛辣すぎて辛い。妹はいいが、親友の方はもう明日のデート、協力してやんねえからな」
「ごめんなさい、肩揉みましょうか?」
「二時間コースで」
「長えよ、せめて三十分だろ」
「……私、リビング行っていい?」
俺と勇一がふざけたことを言っていたら、凛恵が冷めた目でこちらを見ながらそう言った。
「あ、ああ、もちろんどうぞ」
「ごめんね、お邪魔します」
「……ごゆっくりどうぞ」
凛恵はそう言って階段を降りてリビングへ行った。
俺達は部屋へ入って、くつろぎながら話す。
「お前の妹、凛恵ちゃん、可愛いけどなんか無愛想だな」
「失礼な奴だな、俺の可愛い可愛い妹をバカにしやがって、ぶっ飛ばすぞ」
「怖えよ。お前、シスコンかよ」
「違うが、お前には絶対に渡さんからな」
「シスコンじゃねえかよ」
聖ちゃんにも言われたが、シスコンではない。
というか本当に、ここで勇一と凛恵が出会ったら今後どうなるんだろう?
凛恵はこれからどう勇一と絡んで、勇一のことを惚れて、サブヒロインの一人となるのか。
もしかしたらこのまま別に好きにならずに、ヒロインになることはないのかもしれない。
それならそれでいい、漫画を読んでいた頃は聖ちゃん一筋で聖ちゃんが幸せになればいいと思っていたが、今は凛恵も妹になって完全な身内だ。
そんな可愛い妹が、失恋が確定している恋に落ちるのは可哀想だからな。
「とりあえず、明日のことだ。まさかお前が東條院と一緒にうちの家に来るとは、夢にも思わなかったよ」
「それはすまん。俺もまさか家の前にリムジンがあるなんて、夢にも思わなかったんだよ」
そりゃ家の前にリムジンがあるなんて、普通だったらありえないからな。
さすが東條院歌織だよ。
「それで、本来の作戦は明日のデートに勇一が俺の家から行くから、東條院さんに追跡されずに済むという作戦だったが……俺の家から出発することがバレたら、追跡される可能性が高くなったな」
「あいつも追跡までするか? そこまでいったらストーカーだろ」
「お前、さっきの出来事思い出せよ。東條院さんがたまたまお前が出かける時に、リムジンでお前の家の前にいたって思うのか?」
「……そうだな。すでにあいつは、ストーカーの域だったわ」
漫画のヒロインだからこそ許される……というよりは、東條院グループの令嬢だからこそ許される行為だな。
それに勇一も面倒だとは思っても、心の底から嫌がっているわけじゃない。
もちろん警察沙汰にするつもりなんて毛頭ないだろう。
「だから明日、お前がデート場所に向かう時に追跡されるのは、ほぼ確定と言っていいだろう」
「マジか……それはまずいな。あいつに邪魔されたら、藤瀬に告白出来ねえ」
そう、こいつも明日のデートで藤瀬に告白をしようとしているのだ。
そして藤瀬も明日のデートで、告白しようと思っている。
もう完全に、お互いに両思いなのだ。
はぁ、爆発すればいいのに。
俺も聖ちゃんと早く両想いなりたい……なれるか知らんが。
「とりあえず、聖ちゃ……嶋田に連絡するか」
「ん? なんでだ?」
「お前がまたやらかして、東條院さんにデート場所まで追跡される可能性があるってことを伝えるためにだよ」
「すいません……」
というかマジで、ほとんど全部こいつの不注意から始まってるんだよなぁ。
リムジンが前にあった件については避けようがないが、学校の通学中に東條院さんにバレたのは完全にこいつのせいだ。
……まあ、バレてもバレなくても、どうせ邪魔される運命だったんだけどな。
とりあえず今回はその運命をぶち破ろう、というわけだ。
「よし、送信」
聖ちゃんに勇一がやらかして、東條院にバレたことを伝えた。
するとすぐに既読になって、数十秒後には返事が来た。
『何をやってるんだ、馬鹿者が』
「だってよ」
「すいません……」
正座をして頭を下げる勇一。
俺に向かってしたところで、聖ちゃんには全くその誠意は伝わらないが。
まあ勇一が謝っている、ということだけは伝えておこう。
「とりあえずお前の土下座なんてどうでもいいが」
「俺のなけなしのプライドを、どうでもいいとは何事か」
「なけなしのプライドなんてさらにどうでもいいな。そんなことよりも明日のデートのことだろ」
「そうです、俺のなけなしのプライドなんてどうでもいいので、明日のデートについては考えないといけないです」
本当にどうするか。
俺としてはぶっちゃけ……もう邪魔されてもいんじゃね? と思ってきた。
だって原作でも邪魔されてたし、もうこれ以上作戦を立てるのも難しい。
あとはこのまま邪魔されずにデートをしてどちらかが告白をしたら、そのまま二人が付き合ってしまう。
そうなるとこの「おじょじゃま」の漫画の展開が、もう全部パーになってしまう。
勇一と藤瀬には悪いが、俺的には東條院さんにも幸せになって欲しい。
このまま二人が付き合ってしまったら、東條院さんは救われずに物語が終わってしまう。
この後、あの子が救われる物語があるのだ。
勇一と藤瀬が付き合ってしまったら、東條院さんは救われないかもしれない。
実際、俺としては勇一が藤瀬か東條院のどちらと付き合うかは、そこまで興味がない……というと語弊があるな。
幸せになれるのであれば、どちらでも構わないのだ。
藤瀬がとても可愛らしくていい女の子なのも知っているし、東條院さんも勇一想いで素敵な女の子というのも知っている。
だから俺としては、そこまで藤瀬にも東條院さんにも、肩入れしたくないのだ。
勇一が二人をしっかりと知ってから、勇一なりの考えで選んで欲しい。
だけど今のままじゃ、ただただ東條院さんが悪者で邪魔をしている感じになってしまっていて……。
違うのだ、あの子にもあの子なりの考えがあって、邪魔をしているのだ。
いやまあ、ただただ勇一が好きという理由なのだが。
それをまだ、勇一は知らないのだ。
ただ恋人を作るのを邪魔してくる幼馴染としか思ってない。
このままだと勇一が東條院さんを全く見ることもなく、知ることもなく、藤瀬さんと付き合ってしまう。
それは一読者として、一ファンとして、なんとか防ぎたい。
勇一がしっかりと東條院さんのことを見てくれないと、話は始まらないのだ。
だが……勇一がこんな真面目に藤瀬のことを思い、告白したいと考えているのを間近で見て、それを応援したいと思っている。
これは読者とかファンとかじゃなく、勇一の親友である俺の偽りない気持ちだ。
「とりあえず邪魔されない方法を考えてみるが、出来うる限りだな」
「ああ、それでいい。ありがとう」
理想は……そうだな。
俺達が色々と本気で対策を考えるが、それをなす術なく東條院さんに邪魔されるのが、一番いいかもしれない。
だがやるからには、全力で阻止しにいくぞ。
「嶋田とも色々相談して決めるか」
「そうだ、俺いいことを思いついたんだよ」
「ほう、勇一がいいことを思いつくとは珍しいな」
「ふっ、俺を舐めすぎると……火傷するぜ!」
「お前そんなに熱持ってるの? 舌が火傷するくらいだから、お前の体温百度くらい?」
「沸騰してねえよ。まあ聞けよ」
「聞こう」
「俺と藤瀬がデートしてるだろ。そこにお前も来るんだよ」
「俺が一人で? なんで遊園地に男一人で行かないといけねえんだよ」
勇一と藤瀬は明日、遊園地に行くのだ。
「だから、嶋田も一緒に来て、お前ら二人で――」
「採用」
「決断早くねっ!?」
やべっ、俺と聖ちゃんが二人で遊園地に行くということだけで、採用って言っちゃった。
「まさか、お前……」
「っ……」
さすがに鈍感な勇一でも、今の俺の反応でバレたか。
まあしょうがない、親友のこいつだったら別に……。
「お前もあそこ行きたかったのか! やっぱりそうだよな! 遊園地行きたいよな!」
「よかったよ、お前がアホで」
「アホじゃねえよ! なんでだよ! 高校生でも遊園地に行きたくてもいいだろ!」
そこじゃないけどな、アホの部分は。
別に高校生が遊園地に行くというのは普通だと思うし。
まあこいつはこんな感じだから面白いんだよな。
「だけどさっきの提案、なんで俺と嶋田がお前らのデートについていく、っていう話になるんだ?」
「お前ら二人が来て、俺と藤瀬の周りを見張って、歌織が邪魔しに来たらそれを阻止する! という寸法だ!」
「めちゃくちゃ行き当たりばったりになりそうだが。それに俺と嶋田の負担がデカすぎるだろ」
「それはマジでごめん。だけどこれ以外にいい案が出てこないんだよ」
「……確かに」
実際、デートの場所がバレてしまったら、あとは東條院さんならどうにでも邪魔が出来るだろう。
ここでいくら作戦を立てても無駄な気がする。
それなら確かに、俺や聖ちゃんが直接そのデートする場所に行って、周りを監視していた方がいいかもしれない。
ただめちゃくちゃ本当に、俺と聖ちゃんの負担が大きいんだよなぁ。
「そんな面倒なことをお前、嶋田に頼むつもりなのか?」
「……ダ、ダメか? 嶋田もいい奴だから、やってくれると思ったんだけど」
「やってくれるとは思うが、さすがにそれは傲慢すぎるだろ。『俺のデートを守るために、一日中警護してくれ』って」
「うぅ……そう言われると、そうだな……」
勇一も親友の俺にならともかく、聖ちゃんにそこまで頼むのは無理のようだ。
ただ他に作戦がないのも確かなんだよなぁ。
「んっ? 嶋田からRINEが来た……マジか、あの子……」
「なんて来たんだ?」
「やっぱり嶋田は、いい子だなぁってことだ」
俺が嶋田からきたメッセージを、スマホを渡して見せる。
『阻止する方法を考えたのだが、やはり明日詩帆と重本がデートする場所に行って、東條院が来たらそれを阻止する方法しか思いつかない。だから最悪、私が一人で詩帆と重本のデートを追跡することになるが……重本はいいだろうか? と聞いてみてくれ』
「くっ……嶋田がいい人すぎて辛い……」
勇一が俺のスマホを持ったまま、懺悔するように正座したままスマホを上に掲げた。
まあ今のメッセージを見れば、そんなことをしたくなる理由もわかる。
まさか勇一が言った作戦を、聖ちゃんの方から提案してくれるとは。
やはり聖ちゃんはとてもいい子で、友達想いの優しい子だ。
「はぁ、マジで嶋田は優しいな……ん? えっ、あっ……!」
「どうした、てか早くスマホ返せよ」
「……ちょ、悪りぃ。多分さっきの懺悔した時に指が画面に触れたっぽくて、お前と嶋田のトーク履歴を遡っちまって……」
「……あっ」
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