第14話 土曜日の夜



 はぁ、金曜日の放課後はめちゃくちゃ楽しかったなぁ。


 俺は土曜の夜、金曜日から何回も考えていたことを、改めて思った。


 カフェで話したのはすごい楽しかったし、帰り道も最高だった。

 まあ帰り道はちょっとお互いに恥ずかしい思いをしたが……それでも最高に楽しかった。


 女子と二人きりで学校から帰る、なんてことは一度もしたことがなかったから実際は少し、いやかなり緊張していたけど。


 女子と、というよりは聖ちゃんと、というのが一番緊張した理由だな。


 だけど一番緊張していた理由でもあって、めちゃくちゃ楽しかった理由でもある。


 というか今思うと、あれはほぼ放課後デートだろ。


 はぁ、またしたいなぁ。

 聖ちゃんも楽しんでくれていたっぽいし。


 そんなことを考えていると、家の玄関のチャイムが鳴った。


 どうやら来たようだ。

 そう、今日は土曜日の夜、つまり勇一が俺の家に来る日だ。


 正確に言うと明日の藤瀬とのデートを東條院に邪魔されないように、俺の家へ避難しに来た。


 これで明日の朝、東條院に勇一は監視されずにデート場所へと行ける、ということだ。


 我ながらナイスな作戦である。

 まあこの作戦の良さに気づいたのは、聖ちゃんだけど。


 さすが聖ちゃんだ。


 玄関のドアを開け、勇一を迎え入れる。


「よっ、ようこそ我が家へ」

「おう……」

「まあまだ両親が帰ってないから、気楽に上がってくれ」

「わかった……」

「……なんだ、元気ねえな。どうしたんだよ」


 いつも明るい勇一だが、何やら元気がない。


「なんだ、今日のバスケの練習試合で負けでもしたか?」


 こいつはバスケのセンスはずば抜けていて、県の代表に選ばれているレベルだ。

 勇一がいて負けてしまうなんて、相手チームはよほど強かったのだろう。


「いや、それは勝ったが……聞いてくれ、非常事態だ」

「……聞きたくないなぁ、マジで。それ、明日のデートに関わること?」

「明日のデートにしか関わらないことだ」

「なおさら最悪だよ。絶対にお前、東條院さん関連だろ」

「そうだ……歌織に、今日お前の家に泊まりに行くことがバレた」

「最悪の中でも最悪なことだな、ほんと」


 はい、作戦が全部パーになりました。

 本当に何やってんだよ……。


「はぁ、なんでバレたん?」

「普通にお前の家に行こうとしてさっき家を出たんだが……目の前に、リムジンがあった」

「ほう……で、今俺の家の前に泊まっているリムジンは?」

「もちろん、歌織に送ってもらった」

「お前マジで終わってんな」


 なんで俺の家に内密に来るはずだったのに、その内密にしないといけない相手のリムジンに乗ってここまで来てんだよ。


「ご機嫌よう、久村くん」

「ご、ごきげんよー、東條院さん」


 外はもう夜なので暗く、街灯と俺の家の玄関の明かりだけが外を照らしている。

 そんな淡い光の中でも、東條院さんの美しい金髪は光を放っているのではないかというくらいに輝いている。


 いや、マジでなんで輝いてるんだ、漫画的な演出のためか?


 一応ここは漫画の世界だから、ありえるな。


「今日は勇一とお泊まりなのね。とても楽しそうで羨ましいわ。私も混ざりたいくらい」

「い、いやー、男二人のところに、東條院さんみたいな女の子が来るのは、結構アレだぜ。なあ勇一」

「ああ、そうだな。歌織、だからマジで帰ってくれよ」


 言い方がきついぞ、お前。

 相手は幼馴染だとしても、世界でナンバーワンと言っても過言ではない企業の令嬢さんだぞ。


「あら、酷いわ勇一。せっかく私がこんな夜中にリムジンで送ってあげたのに、そんなことを言うなんて」

「ま、まあそれは助かったが……これから男同士、熱い話があるんだよ。なあ、司」

「ん? ああ、そうだな。いつも勇一が見てるアダルトビデオを一緒に見ようって誘ってくれたからな」

「ちょっと待て!? そんなこと一言も言ってないからな!」


 うん、言われてないな。


「ひ、酷いわ勇一! せっかく私が勇一のためだけに撮った私の写真集を、ベッドに下に潜り込ませたのに!」

「あれお前がやったのか!? 姉貴に見つかって、危うく家族会議だったわ!」


 うわー、あれね、原作で読んでいたからわかるけど、すごいことやるよなぁ、東條院さんも。

 アダルトビデオの代わりにおいたやつだから、なかなか過激な写真集だったからね。


「勇一もその写真集を見つけて捨てるの迷ってベッドの下に保管してたら、お姉さんに見つかって大変だったみたいだな」

「なんでお前がそれを知ってんだ!? それ誰にも言ってないはずなんだけど!? 墓場まで持っていく予定だったんだけど!?」


 あっ、やべ、つい原作知識を出しちった。


「まあ、そうなの勇一? 私もやりすぎたと思って恥ずかしかったけど、勇一が気に入ったのならもう一回写真集を作ろうかしら」

「いらないからな! マジで!」

「えっ、次はヌード写真集のつもりだったけど、本当にいらない?」

「…………いらねえよ!」

「今めちゃくちゃ悩んだだろお前」


 まあそれは男として悩むのはわかる。

 高校生とは思えないほどのボンキュッボンの身体を持っている東條院さんにそう言われたら、誰でも迷うに決まっている。


 ベッドの下に入っていた東條院さんの写真集をじっくり見てしまうのも、男としてわかるよ。


「残念、まあ私のヌードは……いつかのベッドの上で、ね?」

「くっ……た、耐えた……鼻血が出るのを……」

「あー、俺は聞いてませんー」


 両耳を何度も叩く仕草をしながら、俺は聞いてないアピールをしておいた。


 まあ聞こえた後にやっているのだが。


 しかしマジでこんなエッチな幼馴染がいたら、人生薔薇色だよなぁ。


 さらにはその幼馴染は引くほどの大金持ち、薔薇色だけじゃなく金色の人生でもあるということだ。


 まあそれらにつられない勇一の精神力もなかなかだが。

 俺が勇一の立場だったら確実に流されてしまうなぁ。


 だが今の俺には、俺の一生の推しである聖ちゃんがいるからな。


 聖ちゃんが今の東條院みたいなことを言ってきたとしたら……。



『わ、私のヌード写真集……いるか? い、いるなら頑張るが……』



「ブハッ!?」

「お前が鼻血吹くのかよ!?」


 想像だけで鼻血を吹き出してしまった、しかも結構な勢いで。


 と、というか、人生で初めてエロい妄想をして、鼻血を吹き出したぞ……。

 さすが漫画の世界、まさかこんなことが出来るなんて。


「あら、久村くん、もちろん貴方には私のヌード写真なんて見せるつもりはないわよ? まあその後に目玉をくり抜く覚悟があるのであれば、一秒くらいは見せてあげても……やっぱり嫌ね」

「別に見たいだなんて思わないけど、そこまでしても見れないのか」

「当然よ、だって私よ」

「そりゃそうだ」


 あの東條院グループの令嬢のヌード写真なんて、それこそ数億出してでも買いたいという富豪の人はいるだろう。


 それを勇一は「欲しい」というだけで貰えるのか……すげえな、それ。


「と、とにかくヌード写真集は……いらない! それと早くお前も帰れ! 夜遅くなったら、親御さんが心配するだろ!」


 っ、勇一、それは……。


「……ええ、そうね。わかった、そろそろ帰るわ」


 東條院さんはそう返事をしたが……先程よりもどう見ても、何か落ち込んでいるようだ。


 さっきまでは自信満々な笑みで美しかったのに、今はどこか儚い笑みを纏っている。

 勇一も幼馴染だからか、すぐにそれに気づいた。


「歌織、どうした?」

「いえ、なんでもないわ。そろそろ私は帰るわね」

「あ、ああ……気をつけて帰れよ」

「ふふっ、リムジンで来たから、運転手の方が気をつけてくれれば問題ないわね」


 そう言って東條院さんはリムジンに乗り込み、帰ってしまった。


「なんだ? 俺、何か悪いこと言ったか?」


 さすがにあれだけあからさまに落ち込んでいれば、鈍感主人公の勇一でもわかるか。


「……さあ、特に何も変なことは言ってなかったけどな」


 俺には、理由がわかる。

 もちろん原作知識のお陰だが。


 東條院歌織は、親と仲良くない。


 母親は彼女を産んだ時に亡くなってしまい、彼女の親は父親だけだ。

 その父親も東條院グループの社長だから、娘に関わっている時間はほとんどない。


 一ヶ月に一度、二人で豪華なレストランで食事をするくらいだ。


 その食事会もとても堅苦しいもので、近況報告をするだけの食事会みたいになってる。


 親子のような会話は一切なく、とても高級な料理を食べているはずなのに、東條院さんはいつもほとんど味を感じないくらい毎回緊張しているようだ。


 東條院歌織は、愛に飢えている。

 子供の頃から親の愛を知らずに育ってきたから、それは当然のことだろう。


 その愛をくれるのが重本勇一だと彼女は思っていて、勇一に依存するように執着し、周りの女を近づかせないようにしているのだ。


 だから東條院さんが家に帰っても……親御さんはいない。


 自分には帰りを心配してくれる親はいない、彼女はそう思っているのだ。


 さっきの勇一の言葉でそれを思い出してしまい、落ち込んでしまったのだろう。


 小学校から一緒である勇一ですらそれを知らない、というか勇一にすらそのことを隠している東條院さん。


 まだこの時期は、勇一がそれを知らないのか。

 一瞬だけ、それを教えようか迷ったが……ここで教えるべきではないと判断した。


 まあ普通に俺がそのことを勇一に教えたとしたら、「なんでお前がそんなこと知ってるんだ」ってなるしな。


 この話は後々、「おじょじゃま」での物語にすごい絡んでくる話だから……俺はそれを邪魔したくない。


 俺的に、めちゃくちゃ感動したストーリーがあるのだ。


 それを俺が邪魔したくないし、「おじょじゃま」の一ファンとしてそこは見たい、というのがある。


「とりあえずうちの家入れよ。ずっと玄関開きっぱなしだと虫が入るから」

「あ、ああ、お邪魔します」

「チッ、虫が入ってきた」

「おい、俺は虫じゃねえぞ」


 とりあえず、東條院さんの親の話は置いておこう。


 これからしないといけないのは……明日の勇一と藤瀬のデートのことだ。



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