第11話 放課後
……放課後になってしまった。
昼休みの時にあいつが言っていた通り、勇一は部活の会議でさっさと教室を出て行ってしまった。
「本当に悪い! 嶋田への説明と説得、頼むぞ!」
「マジでお前恨むからな」
勇一と今日、最後に交わした言葉である。
なんで俺が聖ちゃんと今、二人きりで話さないといけないんだよ……!
いや、聖ちゃんと二人きりで話すのはめちゃくちゃ嬉しいんだが、絶対に今じゃない!
聖ちゃんも俺も、昨日のことでめちゃくちゃ気まずくなってるんだから。
まあそれを勇一は知らないし、全く悪気はないんだろうけど。
気まずくなっているのはただ俺の責任だしな。
はぁ、行かないとダメか……聖ちゃんが一人で待っているだろうし。
少し憂鬱な気分になりながらも、俺は荷物を持って教室を出た。
学校を出て校門の前に行くと、聖ちゃんが一人で立っていた。
銀髪で長さはあまりないが、風に揺られて靡いているのが美しい。
校門前で立っているだけで、どうしてこうも見惚れてしまうのだろうか。
「……っ、あっ、ひ、久村か」
俺が近づいてきたことに気づいて、聖ちゃんが少しどもりながらそう言った。
昨日ぶりに名前を呼ばれたけど、やっぱり推しに名前を呼ばれるのは嬉しいな。
前の世界の俺も、久村司という名前でよかった。
「うっす……その、時間大丈夫か?」
「も、もちろんだ。この後は特に予定はないからな」
聖ちゃんは俺の方を見ているが目線は合わせず、ちょっとしたの方を見ていた。
「そ、その、重本はどうしたのだ?」
「あー、勇一のやつなんだが、部活があるらしくて、放課後は時間が取れなかったらしい」
「はっ? あいつが用があると言って呼んだのにか?」
「勇一が用があるって呼んだのに」
「何を考えているんだ、あいつは……」
「それは本当に同感だな」
「っ……つまり二人きりということに……」
「ん? 聖ちゃ……嶋田、なんか言った?」
「い、いや、別に何も」
危ない、聖ちゃんとまた呼びそうになってしまった。
この世界での久村は、聖ちゃんのことを普通に名字で呼んでいる。
ここが夢の中じゃないとしたら、俺が聖ちゃんを聖ちゃん呼びするのは、さすがにハードルがエベレスト級に高すぎる。
昨日のことは、まあ、もうやり直しがきかないから、どうしようもない。
聖ちゃんが忘れてくれることを祈るが……まあ無理か。
「そ、それで、重本が言っていた話とはなんなのだ? 確か日曜日の、あの二人の話のようだったが」
「そうだな。とりあえずここじゃなんだから、歩きながら話すか」
校門前なのでまだ他の生徒がいっぱいいる。
ここで男女が止まって話していたら、さすがに色々と目立ってしまうだろう。
ただでさえ聖ちゃんは可愛くて目が止まりやすいのだから。
「っ、わ、わかった……じゃあこの近くのカフェに向かわないか?」
「えっ?」
まさかそんな誘いを受けるとは思っておらず、思わず聞き返してしまった。
「い、いや、長い話になりそうだし、立ち話をするのもなんだろう。だから二人でゆっくり落ち着いて、というか、その……ダメか?」
「もちろん大丈夫です」
思わず敬語になってしまった。
そんな不安そうに俺のことを見上げて問いかけないで欲しい、そんなのなんでも聞いてしまう。
たとえ「死んで欲しい、ダメか?」と言われても、喜んで死んでしまうくらいには強力な上目遣いだ。
「そ、そうか。ではそちらに行こう」
聖ちゃんがそのカフェがある方向へ歩き出して、それに平行して歩く。
こ、これはまさか……放課後デートというやつでは!?
めちゃくちゃ好きな推しキャラの聖ちゃんと、放課後デートなんて……俺はなんという幸せ者なのか。
勇一、サンキュー、お前がいなくてよかったよ。
そして俺と聖ちゃんはカフェへと向かったのだが……。
道中、めちゃくちゃ気まずい空気が流れていた。
別に少しの距離を黙って移動するくらいよくあると思うのだが、何か空気感が違う。
やはり俺も、それに聖ちゃんも何か気まずい雰囲気を感じていた。
「あー、これから行くカフェはよく藤瀬と一緒に行くのか?」
「あ、ああ、そうだな。詩帆はテニス部で少し忙しいが、重本のバスケ部ほど練習があるわけじゃない。だから詩帆と一緒に帰る日とかは、寄ったりするな」
「そうなのか。嶋田は部活には入ってないもんな」
「っ……そうだな。そういう久村も部活に入ってないが、入らんのか?」
「中学の部活がキツかったから、高校でくらいはゆっくりしたいなって思ってな」
「ふっ、久村らしいな」
聖ちゃんはそう言ってクスッと笑ってくれた。
なんか少し気まずい空気はなくなったみたいでよかった。
あのままだったらカフェに着いても、例の話が出来るかわからなかったからな。
ちなみに部活について、原作の久村も俺も、部活に入ってない理由は今言った通りだ。
そこも同じだったから、やっぱり俺は久村司に親近感を覚えていた。
むしろ俺のためにあったキャラといっても過言ではない、過言だな。
あとは聖ちゃんも部活に入っていないが、彼女は運動神経が抜群にいい。
主人公の重本勇一もバスケだけじゃなくて他のスポーツもなんでもこなすが、聖ちゃんはそれ以上。
どのスポーツでも本気でやれば、全国を狙えるのではないかというくらいの運動神経がある。
だからスポーツ系の部活に、聖ちゃんは引くほど誘われている。
団体スポーツでも聖ちゃんが入れば、県大会でいいところまで行くレベルだ。
だから時々聖ちゃんはそれぞれの部活とかの助っ人として呼ばれることが多い。
それでめちゃくちゃ結果を残すから、いろんな部活に「正式に部員に!」と誘われている。
なんかこういう運動神経がいいところは、漫画の設定みたいな感じだ。
現実世界でそんな奴いる? いろんな部活に助っ人で結果残して、入ってくれって頼まれる人。
俺は漫画の世界でしか見たことがないんだけど。
「嶋田は部活に入らないのか? いろんなところに誘われてるだろ?」
「まあありがたいことだが、私も久村同様、放課後はゆっくりしたい派なのでな。そこまでスポーツに熱が入らない、というのもある」
「ま、嶋田らしいな」
クールで運動神経がすごくよくてカッコいい、それでいて友達想いで優しい。
「はぁ……好きだなぁ」
「んっ!? い、今なんて……?」
「えっ、あっ……何も」
「いや、今……そ、そうか」
問い詰めようとしてきた聖ちゃんだったが、すぐに顔を赤くしてやめていた。
多分、問い詰めたところでお互いにダメージを負うだけだとわかったのだろう。
だけど今のはちょっと油断した、なんか漫画を読んでいて「はぁ、尊い」と独り言が漏れるような感じで言ってしまったのだ。
気をつけないとな、ここはもうすでに現実なのだ。
聖ちゃんとこうして話しているが夢心地すぎて、一瞬だけ忘れてしまっていた。
その後、俺と聖ちゃんはカフェに着くまで目線を合わせず、黙って歩いた。
聖ちゃんと藤瀬がいつも行っているというカフェは、よく駅前とかにある有名なチェーン店の『ムーンバックス』。
まあ、ここは漫画の世界だからな、現実世界にあるカフェの名前をもじったカフェだ。
ちなみに出しているメニューの代表の奴は、「フランチーノ」というので、現実世界にあるカフェにあるものとほぼ同じだろう。
店の中に入り店員に注文をする。
「俺はドリップコーヒーのトールを。嶋田は?」
「私は、そうだな……バニラクリームフランチーノのグランデでシロップはホワイトモカシロップに変更でキャラメルソースとホイップクリームを多めでお願いします」
それなんて呪文?
俺の三倍か四倍くらいの長さで注文していたんだけど?
店員さんは慣れているのか「かしこまりましたー」と言って作り始めた。
今頼んだものがもう飲み物なのかすら、俺にはよくわからない。
「嶋田は、『ムンバ』にはよく来るのか?」
「ああ、詩帆と来ることが多いが、休みの日とかに時々一人で買いに出かけることもある」
「おー、結構好きなんだな」
知らなかった、というか原作ですらまだ出ていない情報だ。
原作通りなのかどうかわからないが、聖ちゃんの新たな一面が見れた。
「そ、その、似合わないか? 私が甘いものが好きだなんて……」
「いや、全然いいと思うぞ。尊い……じゃなかった、可愛いと思う」
「っ、そ、そうか、ありがとう……」
聖ちゃんはクールでカッコいいキャラとして作中では描かれているが、やっぱり普通の女子高生なのだから、甘い物が好きで何が悪いのか。
一瞬言い間違えてしまったが、可愛いし尊いと思う。
俺のドリップコーヒーはすぐに出てきて、聖ちゃんのなんたらフランチーノは少し経ってから出てきた。
俺のコーヒーよりもサイズもでかいし、なんかモリモリでクリームとかいっぱいあって、飲み物というよりはもうデザートに近い気がする。
そして俺と聖ちゃんは二人用の席に向かい合って座った。
俺はミルクとガムシロを入れて飲む、うん、普通のコーヒーの味だ、美味しい。
聖ちゃんはストローを口に咥えて飲むと、とても美味しいのか口角が少し上がり、嬉しそうな雰囲気になる。
あー、推しの笑顔がこんなに近くで見れるなんて、幸せかよ。
「美味しい? 聖ちゃん」
「んっ!?」
あっ、やべ、聖ちゃんって呼んでしまった。
俺の言葉に反応して目を見開かせ、驚いて一気に吸い込んでしまったのか、少しむせた。
「し、嶋田、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ……というか、久村。お前は、その、なぜ私のことをその呼び方で呼ぶのだ?」
聖ちゃんは落ちついてからそう言った。
だよな、やっぱり聞かれるよな。
「その……まあ昔から心の中でそう呼んでいたんだけど」
「そ、そうなのか」
「うん、それで昨日の告白の時にちょっと勢いでというか……」
昨日の告白と俺が言うと、聖ちゃんはさらに顔を赤くしてしまった。
「そ、そうか……」
「ごめん、今度からは普通に嶋田って呼ぶから」
「べ、別に、私は構わないぞ」
「えっ? いいの?」
「あ、ああ……だ、だけどその、恥ずかしいから、二人きりの時だけだ」
目線を逸らして恥ずかしそうにしながら、そう言った聖ちゃん。
えっ、だけどなんかそれって……えっ?
「それってその、遠回しなきな告白の了承ってこと……?」
「なっ!? なぜそんなことになるのだ!?」
「だって二人きりで聖ちゃんって呼んでいいっていうのは、そういう……」
「ち、ちがっ! ただ別にその名で呼んでいいと許可しただけで、告白を了承したわけじゃない!」
「わ、わかったわかった。だからそう怒らないでくれ、悪かったよ」
そこまで否定されると、さすがに落ち込んでしまう。
それほどムキになって否定するからには……やはり、昨日の告白の答えは、決まっているのだろう。
俺があからさまに落ち込んでしまったせいか、聖ちゃんは「あっ」と言って慌てて喋り出す。
「す、すまない、久村。違うんだ、告白を断ったわけじゃない、むしろ……まだ返事は決まってはないが、その、前向きに検討しているから……」
「えっ?」
「こ、この話はもういいだろう!」
「いや、だけど……」
「聖ちゃんと二人きりの時には呼んでもいい! わかったな!?」
「は、はい、わかりました!」
ということで俺は、二人きりの時は聖ちゃんと呼んでもいいという許可をもらった。
さっきの聖ちゃんの発言でめちゃくちゃ気になること、そして嬉しいことを言ってくれていたのだが、それについては聞けずに終わった。
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